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父、取り出す

 そうして特に何事もなく役場へと辿り着いたニックとトリセツ。応接室に通されたニックに、トリセツが仕事内容を説明していく。


「本番は一週間後の予定ですが、相手は船なので多少前後する場合もありますから、前後二日程度は遠出するような予定は避けてください。衣装などの備品もこちらが用意しますが、ニックさんの場合はちょっと大きさが合わなそうなので、手直しするためにも一度採寸をお願いします」


「うむ。わかった。ではこの後仕立屋の方にも顔を出すとしよう」


 出されたお茶を飲みながら、トリセツの言葉にニックが頷く。


「ありがとうございます。後は明日に他の参加者達と顔合わせ、その後はどんな風に演じるかなどの打ち合わせと練習なんかも予定しているんですが、そちらの方は大丈夫でしょうか?」


「ああ、問題ない。冒険者ギルドの方の依頼は余裕をもってこなしてあるからな」


「わかり……あ、そうだ! ならこれを指名依頼とさせていただきますね。そうすれば冒険者ギルドの方でも実績として認められますし」


「それはありがたいな。よろしく頼む」


 指名依頼は、その名の通り特定の冒険者個人を指名して依頼するものだ。名指しで依頼を出されるのは実績を積み重ね信頼を得た証であり、通常ならば銅級冒険者が指名依頼を出されることなどまず無い。


 それだけに指名依頼を受け、その後しっかりと達成すれば冒険者ギルドに高い功績として認められる。ニックの場合既に十分以上の実績があるが、それでも指名依頼を受けて悪いことなど何もないし、万が一また何か問題に巻き込まれて長期間通常の依頼を受けられない状況に陥った時でも、「指名依頼を受けていた」という体がとれれば問題にならないため、素直にありがたいことだった。


「最後に報酬ですが、もともと地元の漁師さんに依頼しているもののため、前金などはありません。全て終わった時点で銀貨一枚をお支払いすることになりますが……これで大丈夫ですか?」


 ニックの顔色をうかがうように、トリセツがそっと見上げる視線を送る。一般の漁師や銅級冒険者であれば何の危険も無く数日の拘束で銀貨一枚は破格の報酬だが、大岩を持ち上げたり謎の魔物の牙を持ち帰ったりするニックがその程度の報酬で満足するかというのは、トリセツにとって最大の懸念でもあった。


 だが、そんなトリセツの心配など何処吹く風で、ニックは笑顔で頷く。


「無論だ。精一杯やらせてもらおう」


 冒険者の矜持として、ニックは仕事に対する正当な対価を要求することを忘れない。自分が無償や異常に安い報酬で働いてしまえば、自分と同じ階級、だが自分よりずっと弱い通常の銅級冒険者が被害を被ってしまうからだ。


 だがそれはあくまで理不尽な要求をする相手にであって、自分から首を突っ込んだ場合や、納得できる理由があるなら報酬に拘ることはしない。そして今回は仕事内容からすれば十分に妥当な報酬額であったため、ニックが迷う余地は全く無かった。


「ありがとうございます! ああ、よかった……では説明はこのくらいですね。冒険者ギルドへの依頼は出しておきますので、明日以降にそちらに顔を出していただければと思います。何か質問はありますか?」


「いや、大丈夫だ。何かわからないことがあったら、その時は話を聞かせてもらうこともあるだろうが……」


「はい、全く問題ありません。わからないことをわからないままにされるよりよっぽどいいですからね。では、私はこれで。宜しくお願いします、ニックさん」


「うむ、任せておけ!」


 先に席を立ったトリセツを見送ると、ニックも用意されていたお茶を飲み干し役場を後にする。次に向かうのは当然仕立屋だ。


「むーん……お、ここか? 邪魔するぞ」


 そう声をかけつつニックがトリセツから教えられた店の中に入ると、すぐに鮮やかな青い前掛けをした店員がニックの側へとやってくる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう?」


「トリセツ殿に言われてな。海賊の船長の衣装合わせに来たのだが」


「ああ、貴方が! お話は伺っています。どうぞこちらへ。店長ー! トリセツさんの言ってたお客さんが来ましたよー!」


 店員に促されニックが店の奥へと入ると、すぐに品の良さそうな男性が服を持ってやってくる。


「お待たせ致しました。私が当店の店長、カリヌイと申します」


「儂は銅級冒険者のニックだ。よろしく頼む。トリセツ殿から話は聞いていると思うのだが」


「伺っております。では、まずこちらを体に当ててみていただけますか?」


 そう言ってトリセツに渡された服を、ニックは自分の体の前に広げて当ててみる。それを見て二人が浮かべたのは、なんとも言えない困り顔だ。


「これは……大分小さいな」


「予想はしておりましたが、ここまでサイズが違うとなると……軽い手直しというわけにはいきませんね。どうしたものか」


 用意されていた船長服は、祭りの際にニックが着るのを断念した薄衣と大体同じ大きさであった。つまりニックが無理矢理着るとどう考えても破れてしまう。


「ニック様の体に合わせるとなると、いっそ仕立て直した方が早いくらいですね。ですがそこまでの予算はいただいておりませんし……申し訳ありません、これは一度トリセツさんと話し合う必要がありそうです」


「そうか……いや、ちょっと待て。ならばこれに手を加えることはできるか?」


 言ってニックが魔法の鞄(ストレージバッグ)から取り出したのは、極めて上等な礼服。勇者パーティとして活動していた時に国王との謁見などの際に着ていたもので、当然ニックの体にピッタリとあうサイズだ。


「これは……!? え、これはニック様の私物なのですか!?」


 仕立屋だけあって、その服にどれだけの値がつくのかがカリヌイには即座に理解できる。だからこそその価値の高さに、受け取ったカリヌイの手は僅かに震えている。


「そうだぞ。昔はそこそこ着る機会もあったが、今となってはそんなこともないだろうからな。これに手を加えてそれっぽく見せることはできるか?」


「できます。できますが、こんな上等な服に手を加えてしまって本当によろしいのですか?」


「構わんよ。着ない服を死蔵するより、役立たせた方がいいからな。あー、海賊船長の服というなら、もっと光り物があった方がいいか? ならこいつを……」


 そんな事を呟きながら、ニックが魔法の鞄(ストレージバッグ)からいくつもの貴金属を取り出していく。大粒の宝石のはめられたブローチや黄金に輝く飾り鎖、はては遠い国の勲章まで飛び出してきたことで、カリヌイの混乱が限界を突破する。


「お、お待ちください! こんな、こんな高価な物をそんなに簡単に差し出されましても……」


「ん? ああ、確かにそれなりの金額にはなるだろうな。で、どうだ? この辺を飾り付ければいい具合に海賊っぽくならんだろうか?」


「それは、まあ、なる、かと、思い、ます、が…………」


「では頼む。もし加工に手数料が必要なら、適当な宝石でも換金してくれ。では、よろしく頼むぞ」


「かしこ、まり、ました……」


 片言の言葉を話すカリヌイに若干首を傾げつつも、ニックは店を後にした。それを見送ってなお体が固まったままのカリヌイだったが、なかなか自分が戻らないことを気にした店員がやってきたことでその硬直も終わる。


「何かあったんですか店長……って、うわ!? ちょっ、何ですかこれ!?」


「……はっ!? だ、駄目だ! 触るな! それに触ってはいけない!」


「頼まれたって触らないですよ。これ一個であたしの人生何回分って話ですし」


 ニックが無造作に置いていった金銀宝石の数々は、特に目利きというわけではないカリヌイが査定したとしても、ざっと金貨数千枚。この店をまるごと一〇〇軒買い取ってもまだ余るほどの大金であり、そのまばゆさに文字通り目が眩む。


「は、はは。今日は何て日だ……いや、しかし、これは職人としての私の腕が試されていると思うべきか……?


 よし、すぐに仕事にかかるぞ! 君はいつもの工房に声をかけて、宝飾品の細工ができる職人さんを呼んできてください。私はここを離れるわけにはいきませんから」


「わっかりました……って、お店はどうします?」


「そんなもの、臨時休業に決まっているでしょう!」


 人手が足りないというのも勿論あるが、こんな財宝がある場所に余人を入れるのは怖くて仕方が無いというのがカリヌイの本音だ。


「ですよねー。じゃ、すぐに行ってきます!」


 そしてそれは店員にしても同じで、もしこれがひとつでも無くなり、自分に嫌疑がかかれば一族郎党奴隷制のある異国に売り飛ばされたとしてもとても賄えるものではない。ならばこそ店員は一目散に店を出て行き、それを確認したカリヌイは入り口の施錠を一〇回以上確認する。


「やる。やってやるぞ! 今日この時こそ、私が今まで積み重ねてきた職人としての集大成を見せる時! 絶対に素晴らしいものを仕上げてみせる!」


 自分しかいない店内で、カリヌイは一人静かに闘志を燃やす。祭りの余波は収まることなく、こうしてここにまた一人『漢』が生まれた。

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