父、問答する
10/12 00:44 内容の後半に大幅な改変を加えました。お手数ですがもう一度読み直していただければと思います。
同 6:30 冒険者への依頼関連の矛盾を修正しました。
「近いな」
静謐な夜の空気に、獣の匂いが混じり始める。一旦足を止めたニックは、しばし集中して周囲の音に耳を傾ける。
『そ、そうか。近いか。近いなら……もうちょっとゆっくり移動してもいいのではないか?』
そんなニックに、オーゼンは息も絶え絶えに言う。勿論メダリオンであるオーゼンが息をしているわけではないが、周囲の魔力が猛烈な勢いで流れていく様はなまじ人のような意識を持つオーゼンだけに恐怖を覚えずにはいられなかったのだ。
だが、そんなオーゼンの言葉は集中するニックには届かない。遙か遠方の蝶の羽ばたきすら聞き逃さないとばかりに耳をこらしていたニックだったが、不意にその顔を一点に向ける。
「ふむ、僅かに方向がずれていたようだが……向こうか。よし、行くぞオーゼン!」
『お、おう。だが我としてはもう少しゆっくり……いや、何でもない』
言いたいことを飲み込み、オーゼンは覚悟を決める。一応町の危機であり、ここで弱音を吐くのはオーゼンのプライドが許さなかったのだ。
「ならば……一足飛びだ!」
『ふぉぉぉぉっ!?』
ただし、やせ我慢である。亀裂が入るほど力強く大地を踏みしめ、正しく「一足飛び」で宙を駆けるニックにオーゼンは情けない悲鳴をあげてしまう。だがそれも一瞬のことだ。
「む? あの馬車は……」
ニック達の進行方向に、町にやってきた際に盗賊に襲われていた馬車が現れた。何かに襲われているという状況は同じだが、今回は相手が違う。上空から次々と飛来するワイバーンに対し、護衛の戦士達はあからさまに劣勢だ。
『襲われているのか? おいニック!』
「無論、助けるぞ! ふんっ!」
「な、何だ!?」
大地を蹴って射出されたニックの巨体が、今正に馬車に爪を立てようとしていたワイバーンの体を吹き飛ばす。爆音と共に弾き飛ばされたワイバーンに戦士達が思わず視線を向ければ、そこには馬車の屋根にて仁王立ちになるニックの姿があった。
「あ、貴方はあの時の!?」
「久しいな。かようなところで会うとは、これもまた縁か」
ニックの体から溢れる闘志に当てられ、戦士達を襲っていたワイバーンが一旦上空へと退避してく。そこでは無数のワイバーンの群れがニックを警戒するようにグルグルと円を描いて飛び続けていた。
「す、すまない! 事情は明かせないが、どうか助けてもらえないだろうか? 無論報酬は十分に払う!」
突然の予期せぬ助っ人、それも強いとわかっている相手だけに、戦士はその幸運に一も二も無く飛びつこうとした。だが当のニックは即答はせず、しばし考えるそぶりを見せる。
「ふむ……お主達、ワイバーンの卵を持っているな?」
「なっ!?」
『おい貴様、卵とはどういうことだ?』
「ワイバーンは巣から卵を持ち出されると、その持ち主を執拗に追いかけ回す。なる程大量のワイバーンが町に向かっていると聞いたが……その実は町に向かっているのではなく、町に向かうお主等を追いかけていただけ、ということか」
『何だと!? ではこの騒ぎの元凶はこやつ等だということか!?』
オーゼンに聞かせるためにあえて説明して見せたニックに、護衛の戦士は苦り切った顔を見せる。実際の目的がどうであれ、彼らのしたことは町に対する破壊工作そのものであり、普通なら一族郎党が斬首刑に処されるほどの重罪なのだ。
「それは……今はそんな場合ではないだろう!?」
「いいや、そんな場合だ。如何に縁があろうとも、単なる犯罪者を助けてやるほど儂はお人好しではないぞ?」
「犯……っ! くっ…………」
反論の声を、戦士達はあげない。これほどの装備を身につけたものがその程度の道理を理解していないはずがないからだ。だがだからこそ疑問が生じる。
「何故だ? 何故そんなことをした? あれだけのワイバーンに追い立てられ、群がられて尚卵を捨てていないということは、よもや小遣い稼ぎなどということはあるまい?」
「それは……」
「私からお話し致します」
馬車の中から響く、凜とした声。だが初めて聞いた時とは違い、そこに若干の震えが感じられる。
「今回の騒ぎの責任は全てこの私にあります。ですがどうしても……どうしてもワイバーンの卵が必要だったのです」
「理由を聞こう」
「私の……弟が病気なのです。その治療にどうしてもワイバーンの卵が……正確には一定以上の魔力を宿した魔物の卵が必要だと言われまして」
「ふむん? ならば何故冒険者ギルドの依頼を出さなかった? 確かにワイバーンの卵の入手は面倒ではあるが、相応の依頼料を出せば受ける者はいたであろう?」
「それは……」
ニックの問いかけに、馬車の中の声が言いよどむ。そうしてほんの僅かの沈黙を経て、その言葉が続けられた。
「私や護衛の者が直接依頼を出すのは、ちょっとだけ問題があるのです。かといって偽名や匿名で高額の依頼を出すとなると……」
「ああ、それは誰も受けぬであろうなぁ」
通常、冒険者ギルドは依頼主のこともある程度調べる。これは冒険者が犯罪などに利用されないための措置であり、それを回避するような手段で依頼を出すのは後ろ暗いことがあると喧伝しているようなものだ。しかもそれが相場より高い報酬を約束しているとなれば、まともな冒険者なら絶対に受けない。
「はい。誰にも依頼を受けていただけませんでした……ですが、そうしている間にも弟の容態は悪化の一途を辿っておりまして、どうしても我慢できなくて……」
「なるほどなぁ」
馬車の中からの説明の言葉に、ニックはある程度の納得の返事を返した。まだいくつか聞きたいことはあったが、それは大した問題ではない。なのでニックは最も重要な……彼らをどうするかを左右する質問を投げかける。
「ならばこの結果は覚悟のうえか? 必要であれば町も人も……そして助けに入った儂すらも見捨てて進む。それだけの覚悟をもっていると?」
「…………こんなはずではなかったんです!」
馬車の中から聞こえてきたのは、悲鳴にも似た叫び。そのままニックが黙っていると、その声は更に続いていく。
「ワイバーンの卵を持ち出せば、追いかけられるというのは話で聞いていました。でも精々五匹程度だと……だからこそ私の動かせる護衛だけでも何とかなると思ってやってきたのです。なのにどういうわけかこんなに沢山のワイバーンに追われて……私達にしても、こんなこと予想外なのです!」
「ふむ? 大量の卵を運んでいるわけではないのか?」
「いえ、私が取ったのはひとつだけです」
馬車の中から聞こえた声に、ニックは思わず首を捻る。であれば確かにこれほどのワイバーンに追い回されるのは不自然だ。認識が甘かったというのとも違うだろう。
『この娘が嘘をついている可能性はないのか?』
(無いな。この数に襲われることを想定していたのにこれしか護衛を連れていないのなら、そんなものただの自殺だぞ?)
オーゼンの問いにニックが答える。実際ニックが助けに入らなければ、程なくして馬車は破壊されていただろう。そうなれば誰も助からなかっただろうし、ましてやそれを利用して意図的に町を襲うなどということも出来はしない。
「ふーむ、そうか。まあそういうことなら仕方あるまい」
そう言うと、ニックはヒョイと馬車の前方を塞ぐように飛び降りる。それはまるで馬車を……ワイバーンの餌を逃がさないと言わんばかりの行動に見え、護衛達の体に緊張が走る。
「……やはりそうですか。十分な報酬をお渡ししますから、この卵を城に運んで欲しい、というお願いを聞いてもらうことは……?」
「無理だな。今それを持って行けば儂がワイバーンに追い回されることになってしまう」
「…………そう、ですね。仕方ありません。ではせめて貴方だけでも逃げて――」
「と言うことで、ワイバーンはここで全滅させることにしよう!」
「ください……え?」
馬車の中から聞こえる声に、明らかな戸惑いが生まれる。それと同時に護衛の者達にも「何言ってんだコイツ」という視線を向けられるが、当然ニックは動じない。輝く笑顔で親指を立てると、胸を張って堂々と宣言する。
「お主達は卵を運びたい。だが卵があればワイバーン共が町までやってくる。ならここで全滅させてしまえば万事解決ではないか! そもそも儂はそのためにここにやってきたのだしな!」
「ぜ、全滅!? そんな、貴方は一体……!?」
「儂はニック! 町の奴らをちょいと驚かしてやろうとワイバーンを殴り飛ばしにきた、今日初心者講習を終えたばかりの銅級冒険者だ!」
「え? えぇぇぇぇ!?」
堂々たるニックの名乗りに、しかし返ってきたのは間の抜けた悲鳴のような疑問の声だけだった。





