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父、見送る

「さて、それじゃ俺達はそろそろ家に戻るよ」


 ひとしきり話をした後、カチカクがそう口にする。


「あれ、もう帰るの? こんな風に話すの久しぶりだし、私はもうちょっと話しててもいいんだけど」


「はは。それは俺もそう思うけど、でもオサナがあんまり体を冷やすのはよくないだろ? 祭り会場ならまだしも、ここは大分寒いし」


「もう、大げさねぇ。まだそんな段階じゃないわよ? でも、ありがと」


 正しく夫婦の会話をするカチカクとオサナに、マケカクは思わず苦笑する。だがその顔に負の色はなく、単にのろけに当てられているだけだ。


「そっか。なら俺はもうちょっとここで頭を冷やしてから祭りの会場に戻ることにするぜ」


「それがいいな。せっかくの『町一番の海漢』がいつまでも不在じゃ、祭りも盛り上がらないだろうしな」


「そう? みんな適当な理由をつけて騒ぎたい人ばっかりなんだから、マケカクがいなくたって勝手にお酒を飲んで羽目を外してそうだけど」


「違いねぇ!」


 オサナの言葉に、マケカクが豪快に笑う。だがそれをきっかけとしたように、カチカクがスッとオサナの肩を抱き寄せた。


「それじゃ行くよ。『町一番の海漢』、おめでとうマケカク」


「ありがとな兄貴。兄貴達も気をつけて帰れよ?」


「わかってるさ。じゃあまたな」


「またねマケカク。ニックさんも、また後で是非家に寄ってください。きちんとお礼をしますから」


「儂のことなな気にせずともいいのだが……ま、そう言ってくれるのであれば機会があれば寄らせてもらおう」


「お待ちしています」


 そう言ってカチカクとオサナが頭を下げると、そのまま歩いてその場を立ち去っていった。その背が見えなくなるまで見送ると、マケカクが大きく息を吐く。


「ハァー……悪かったなオッサン、随分と世話になっちまった」


「繰り返すが、気にするな。儂は儂のしたいようにしただけだからな」


「そっか。それでもありがとよ。こんなにスッキリした気持ちになれたのは、きっとオッサンのおかげだからさ」


「うむ」


 そう言って海を眺めるマケカクの隣に、ニックの巨体が並び立つ。そのまま言葉を交わすことなく二人の「漢」が海を眺めていると……


「あーっ! いた! やっと見つけたー!」


「あん? マチョリカ? どうしたんだ?」


「なんだ、随分遅かったではないか」


 二人の男のとぼけた言葉に、マチョリカの怒りが爆発する。その場で大きく地団駄を踏むと、想いのままにその顔をマケカクの眼前に突きつけた。


「『どうしたんだ?』じゃないでしょー! あんたがいきなり走り出したから、あたし今まで必死に探し回ってたのに、全然見つからないし! 何でこんなところにいるのよ!」


「何でって言われてもなぁ……」


 そんなマチョリカの抗議の言葉に、マケカクは困った顔でそう返す。実際オサナの案内があったからこそニックは迷わずここに辿り着いたが、土地勘の無いマチョリカがここに辿り着くにはかなりの紆余曲折があった。


「すっごい色んな人に聞いて回ったんだから! ってか、何? なんか普通に元気っぽいけど……え、まさか!? ひょっとして!?」


「あー、うん。悪い。何て言うか……全部終わっちまった」


「なーにーそーれー!」


 自棄になって振り回されるマチョリカの拳を、マケカクは甘んじて受け入れる。こういうやりとりやこの手の状況の対応はオサナとの間で嫌と言うほど経験しており、下手な反論は更なる地獄を生むとマケカクは理解していた。


「痛い! 痛いから! ちょっ、待てよマチョリカ!」


「待たないの! マケカク君が待たなかったからあたしが苦労したのにー! 説明! 説明を要求する!」


「わかった、わかったから! うぅ、あんまり言いたくねぇなぁ……」


「んー?」


「するから! 説明するから!」


 拳を振り上げて威嚇するマチョリカに、マケカクはもう一度今までの経緯を話していく。改めて言葉にすると情けなさや恥ずかしさが目立ってどんどんやるせない気持ちになっていくが、かといって自分を心配して捜し回ってくれた相手に半端なことはしたくない。


 結局最後まで余すこと無く話し終えたところで、マケカクはようやくその場に腰を下ろして一休みした。


「とまあ、こんなわけだ。どうだ? わかったか?」


「マケカク君……」


「な、何だよ? チッ、笑うなら笑えばいいだろ! どうせ俺は――っ!?」


 ふてくされたようにそっぽを向いたマケカクの頭を、マチョリカが胸に抱きしめる。金属鎧の硬さと冷たさ、露出した肌の柔らかさと温かさの両方に包まれて、マケカクの頭が一瞬真っ白になる。


「なっ!? えっ!? 何を」


「頑張ったね」


 すぐに状況を把握して暴れ出したマケカクだったが、マチョリカのその言葉に動きがとまる。


「うん。マケカク君は頑張った。自分がフられるためにそこまで頑張れる子なんて、なかなかいないよ? うんうん、格好いい格好いい!」


「何だよそれ! 馬鹿にしてんのか!?」


「してないってー! それどころか……ふふ」


「何だよその顔。何かスゲー怖いんだけど……」


 マチョリカの目が怪しく光り、マケカクは思わず逃げだそうとする。だがガッシリと自分の頭を抱え込んだマチョリカの腕は予想以上に力強く、その拘束から逃れることはできない。


「あたしねー、頑張った子にはご褒美が必要だなって思うんだよね。と言うことで、この辺に人が来ない岩陰とか、そういうの無い?」


「無くはないけど……いや、違う! そうじゃなくて! ほ、ほら! 俺『町一番の海漢』に選ばれたから! 祭りの主役がいつまでも戻らないわけにはいかないだろ!」


 獲物を捕らえた肉食獣のまなざしに、マケカクは必死に抗う。だがマケカクがあがけばあがくほどマチョリカの笑みが深くなり、腕に込めた力がより一層強くなる。


「それは大丈夫だよ。だって今回のお祭りは、主役が二人(・・)もいるんだもん! ねーおっちゃん、そこそこ騒ぎっていうか探してる人もいたから、先にお祭りの会場に戻っててくれない?」


「ん? ああ、そうだな。では儂もそろそろ行かせてもらうとしよう」


「ま、待てオッサン! 俺を置いて……むぐっ!?」


「まーまーマケカク君。おっちゃんが戻ればマケカク君はまだ二時間くらいは平気だって! おねーさんが一杯慰めてあげちゃうよ?」


 マケカクの顔が、マチョリカの胸に埋まっていく。汗を掻いたマチョリカの体から立ち上る女の匂いにむせそうになりつつも、金属鎧が鼻の頭に当たる感触にかろうじて理性を保つ。


「もう立ち直ってるから! 大丈夫だから!」


「またまたー! 凄く格好いいことをした男の子がそんな風に情けなく暴れたりすると、おねーさんお腹の辺りがキュンキュンしちゃうなー。


 それに、マケカク君だってそういうの興味ないわけじゃないんでしょ?」


「そ、それはまあ……いや、でもまさかこんな日にこんな形でとか想像もしてなかったし、マチョリカ……さんにだって今日会ったばっかりだし……」


「時間とか関係ないの! あたしをその気にさせたんだから、マケカク君にはしっかり責任とってもらわないとね! じゃあおっちゃん、また後でね!」


「おぉう!? いや、ホント待って! 心の準備が――」


 町一番の海漢も、陸の上でははねるだけ。鉄級冒険者として確かな実力を持つマチョリカによって、マケカクがズルズルと引きずられていく。


『おい貴様よ、あれは放っておいていいのか?』


「構わんだろう? 二人ともいい大人なのだし、マケカクとて本気で嫌がっているわけではないだろうからな」


『そうなのか?』


「当たり前だ。完全に捕縛されているわけでもない状況で、マケカクがマチョリカから逃げられぬはずがないではないか。彼奴はこの祭りにおいて、儂の次に強い漢なのだぞ?」


『……言われてみればそうだな』


 ニックの言葉に、オーゼンが納得を返す。無論マケカクは常識の範囲内での強さではあったが、それでもあれだけマチョリカとの力の差があって抜け出せないのは、暗に本人が負け(・・)を望んでいるからだろう。


「マケカクが走り去った時に最初に追おうとしたのはマチョリカであったし、こういう出会いには本当に時間など関係ないからな。ふふ、儂もマインと初めて会った時のことを思い出すわい」


『そう言えば、以前に聞いた貴様と奥方との出会いの話もなかなかに衝撃的であったな』


「そういうことだ。さて、では儂等は祭りの会場に戻ろうではないか。若者達の門出がこうも重なるとは、今日の酒は最高に旨いぞ!」


 満面の笑みを浮かべながら、ニックが会場へと戻っていく。するとずっと姿の消えていた主役の帰還に祭りの会場は大いに盛り上がり、数時間後に戻ってきたもう一人の主役にその盛り上がりは最高潮に達する。


「新たな()の誕生に!」


「「「乾杯!」」」


「か、乾杯! あはははははははは……」


 もう何度目かもわからない乾杯の言葉に皆が木製のジョッキを打ち付け合うなか、妙に疲れた様子の『町一番の海漢』だけは何故か引きつった笑みを浮かべるのだった。

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