父、選ばれる
「はーい、皆さん集まってくれましたかー? 集まってなくても発表を始めちゃいますよー?」
アナリスの軽快な物言いに、会場から笑いが漏れる。実際競技そのものは既に終了しているので、結果には興味が無いとこの場に姿を現さない人物もいないわけではないが、それでも多くの参加者達が「せっかくなら最後まで楽しみたい」ということでこの場に集まっている。
なお、当然全員服は着ている。姿が変わっていないのは最初から最後まで露出度の高い鎧姿で通したマチョリカくらいだ。
「それじゃ、まずは第三競技『漢の稼ぎ比べ』の結果から発表しまーす! 第三競技の勝者は…………なーんと、地元の漁師さんである、マケカクさんでーす!」
「「「ウォォォォォォォォ」」」
アナリスの発表に、会場から声があがる。だが純粋な賞賛は半分程度で、残りは疑問のざわめきだ。
「はーい、お静かに! 皆さんの疑問はよーくわかります! わかりますので……トリセツさん、説明お願いします」
「はい、お願いされました。えー、まずマケカクさんの稼ぎが素晴らしかったこと自体は、特に疑問はないと思います。この町の住人は元より、外から参加していただいた方も、お昼に食事をしていただいていればマケカクさんの持ってきた魚の価値がわかっていただけたと思いますからね。
で、問題のニックさんの持ってきた例のアレですが……あれの査定金額は、ゼロです」
トリセツのこの言葉に、会場に一層のざわめきが起こる。だがそれもすぐに静まり、続くトリセツの言葉を皆が待ちわびる。
「これはですね、あの牙の価値が現状全くわからないからです。基本的にこの『漢の稼ぎ比べ』での魚の価値は、その時点での時価となっています。そうしておかないと『漁獲方法が確立されて今は安価になったけど、昔は高級だった魚』などの扱いにいちいちもめることになっちゃいますからね。
で、ニックさんの牙ですが……何とか人を集めて冒険者ギルドまで運ぶことはできましたが、その査定はまだ始まってすらいません。あれにどんな使い道があるのかを調べるだけでも最低数ヶ月、おそらくは半年程度はかかることでしょう。
それらを解明し、あとは今後もあの牙を持つ魔物……ですよね? 多分魔物を仕留めることができるのかとか、様々なことが判明して始めて値段というのがつくわけです。
なので、あの牙には価値がないのではなく、今は全く値がつけられないということになりました。もし万が一何の効果もなく加工もできないとなれば、石ころとかわらない値段になる可能性すらあるわけですからね」
「うーん。無情ですねぇ。まあ確かに私も、今の段階であの牙をお金を出して買うかと言われたら買わないですけど。置き場所とかないですし」
「ははは。まあそんなわけなので、残念ながらニックさんは『漢の稼ぎ比べ』に関しては同率最下位ということになりました。あ、勿論あの牙の正確な価値に関しては、査定が終わり次第きちんとニックさんに報酬をお渡ししますので、そちらはご安心ください」
「だってさ。残念だったねおっちゃん?」
「ん? まあそういうことなら仕方あるまい。別に金に困っているわけでもないから、払いが遅れることなど特に気にもならんしな」
「うわぁ、お金持ちの余裕? まああんなの捕ってこられるなら、確かにお金には困らないだろうけどさ。その鎧とか剣とかもめっちゃ高そうだし」
「ははは。まあ、それなりにな」
トリセツの話を浜辺で聞くニック達。からかうようなマチョリカの言葉に、ニックは正しく余裕のある笑顔で答えた。そしてそんなニック達のすぐ側では、マケカクが一人小さく拳を握る。
(よしっ! よし、よし、よし! どうなることかと思ったけど、まずは勝った! これならまだ、望みはあるはず……っ!)
運営側のこの判断は、マケカクからすれば予想のできない博打のようなものだった。実際今の判断にほとんどの者が納得している反面、もしあの牙に金貨の値がついていたとしても誰も異論は唱えなかっただろう。
だが、運営の判断はマケカクに微笑んでくれた。外からやってきた筋肉親父の規格外の獲物は、規格外故に価値がわからないと裁定が下った。首の皮一枚繋がったのなら、目指す目標は揺るがない。
「さあ、それではいよいよ、『海の漢祭り』の最終結果の発表です! 今年『町一番の海漢』に選ばれた漢はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
アナリスが溜める。これでもかというくらい溜める。声を増幅して周囲に聞かせる小さな魔法道具を手に、その背を思い切りのけぞらせて天を仰ぎ……そして遂に。
「第三競技の勝者にして、この町の漁師! 長年お兄さんの影に隠れ続けてきた耐え忍ぶ実力者! マケカクさんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」
アナリスの発表に、会場が地響きのような歓声に包まれる。
「トリセツさん一押しのマケカクさんが選ばれましたよ! どうですかトリセツさん!」
「いやいや、順当な結果ですよ。皆さんニックさんの型破りな結果ばかりが印象に残っていると思いますけど、マケカクさんは腕比べでも大の『漢石』をあげてますし、我慢比べでもこの祭りでは久しぶりとなる記録更新で二番手になっています。
つまり、彼は普通に凄いんです。去年まではお兄さんであるカチカクさんの影に隠れてましたし、今年はニックさんに目立つところを全部持って行かれた感じではありましたが、その実力は本物だということですよ」
「なるほどー! となると、ニックさんの敗因は?」
「やはり第三競技で最下位になってしまったのが痛いですね。運営側の対応力の限界という問題でもあるので、そのため今年はもう一つ称号を用意しました。マケカクさんには従来通り『町一番の海漢』の称号を、そしてニックさんには、今回特別に『漢の中の漢』の称号を授与したいと思います」
「何ということでしょう! この『海の漢祭り』始まって以来の快挙! 伝統を受け継ぐ漢と、新たな時代をもたらした漢! 二人の『漢』に、皆さん心からの祝福をお願い致します!」
「「「ワァァァァァァァァ!!!」」」
会場中から拍手が巻き起こる。別に表彰式のようなものもなければ、記念品の授与もない。元が町の漁師達が始めた祭りだからこそ、そんな大仰なものは何もないのだ。
だが、名誉がある。尊敬がある。羨望がある。笑顔がある。マケカクとニックの二人には、そこにいる全ての人々からの惜しみない賞賛の声が浴び去られていく。
「すげーぞマケカク! 見直したぜ!」
「マケカクは元々やる奴だったぜ? カチカクさんがいたからあんま話題にならなかったってだけで」
「おめでとう!」
「勝った……のか? 俺が、俺が『町一番の海漢』に…………?」
「おめでとーマケカク君。やったじゃん!」
最後はあまりにもあっさりと手に入ってしまった『町一番の海漢』の称号になかなか実感の湧かないマケカク。だがそんな彼の背を、マチョリカがバシンと力を込めて叩く。
「痛ぇ!? 何すんだよマチョリカ!?」
「ふふーん。痛い? 痛いってことは夢じゃないってことだよ?」
「そうだぞマケカク。儂が見込んだ通り、お主は実にいい『漢』であった」
「マチョリカ……オッサン……俺、俺は……」
「おーい、マケカクー!」
ニック達の言葉に答えようとしたところで、マケカクの背から馴染みのある声が聞こえた。物心ついた時からずっと一緒に過ごしてきた、幼なじみの呼び声だ。
「オサナ! 兄貴!」
「やったじゃないマケカク! 格好良かったわよ!」
「やったなマケカク。流石俺の自慢の弟だ……っと、今年は立場が逆か?」
「やった。やったぜオサナ! 俺、俺ついに……」
「うんうん。そうだね。マケカクはずっと『町一番の海漢』になりたいって言ってたもんね。よかったねマケカク」
「ああ……ああ、そうだ。なあオサナ。聞いてくれ。今ならやっと言える! 俺は、俺はずっとお前の事が……」
「え? マケカク? ちょっと待って――」
「俺はお前の事が好きだ!」
ずっとずっと言えずにいた、マケカクの秘めた本心。その告白を受けたオサナに浮かんだ表情は……深い苦悩であった。