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父、浮上する

「おおーっと、これは凄い! 量もさることながら、ちらほらと高級魚も混じっているぞ!? 一体何処で捕ってきたのか? 是非とも私に教えていただきたい! そして焼いて食べたい!」


「この短時間でよくぞこれだけ、と思いますね。現役の漁師さんは何人も参加していますが、その中でもマケカクさんの稼ぎは頭一つ抜けている感じです」


 制限時間も間近に迫り、大量の魚の詰まった背負い籠を提出したマケカクに対し、アナリスとトリセツが口々に褒め称える。


「マケカク凄ーい! 本当に漁師さんだったんだねー」


「本当にって何だよ!? まあ確かに今回はかなり気合い入れたけどな」


 一足先に浜に上がっていたマチョリカが、マケカクの成果に感心した声を出す。


「ううー、あたしなんて三匹しか仕留められなかったよ。海の中って予想以上に動きづらいね」


「そりゃまあ、慣れてない奴にはそうだろうな」


 単純に二人が陸上で戦うならば、マケカクにはほぼ勝ち目がない。だが水中という特殊な環境で、しかも狙うのが魚となれば話は別だ。それでも冒険者としての腕を使って泳ぐ魚を仕留められたマチョリカは十分に健闘した方であり、中には一匹も魚を仕留められなかった参加者も存在していたりする。


「にしても、これは本当に凄いですよ。たった二時間で銀貨を稼ぎ出せるなら、一年もあれば家が建ちますからね」


「と言うことは、玉の輿!? マケカクさん! ここにも活きのいい独身女性がいますよ! どうですかマケカクさん!」


「だって。どうなのマケカク君?」


「どうって言われてもなぁ。言っとくけど、こんなに稼げるのは今回だけだぜ?」


 からかうようなマチョリカの言葉に、マケカクは頭を掻いて苦笑する。これだけの稼ぎが出せたのは半年以上前から入念に計画していたからであり、二度と同じ事ができるわけではない。漁場を枯らし尽くす勢いで捕ればもう一度くらいはいけるが、そんな自分の首を絞めるようなことをまともな漁師がするはずもない。


「そっかー。あたしも銀級まで上がれればそのくらいは稼げるようになるんだけどなー」


「え、冒険者ってそんなに稼げるのか!?」


「上の方の人は、銀貨どころか金貨を稼ぐ人だっているよ? 白金級とかなら一匹魔物を狩るだけで金貨何千枚とかになったりもするし。


 まあ、そんなところに行けるのは本当にごく一部の人だけだけどね」


「へー。なんてーか、冒険者もすげーんだな」


「まあねー」


 感心するマケカクに、何故か得意げな顔でマチョリカが言う。ちなみに彼女は鉄級冒険者のため、必要経費を除けば一日の稼ぎは精々銅貨一五枚程度であった。


「それにしても、おっちゃんはまだ戻ってこないんだね?」


「ん? ああ、そうだな……」


 不意に話題を変え心配そうに海の方を見るマチョリカに、マケカクも釣られて視線を動かす。もうすぐ二時間が経とうというのに、一番の強敵と思っていた筋肉親父は未だに海からあがってきていない。


「そもそもずっと前に海に潜って、それ以後誰も姿を見てないんだよね? 大丈夫かな?」


「あのオッサンがどうにかなるとは思えねーけど……どうだろうな」


 この町で生まれ漁師の一家に育ったマケカクは、海の怖さを嫌と言うほど理解している。殺しても死なないような人物がある日あっさり海から戻らなくなったことなど幾度もあり、そこにはいつだって例外なんて存在していなかった。


(まさか……な。そんな勝ち方じゃ俺は納得できないぜ?)


「お、おい! アレを見ろ!」


 じっと海を見つめるカチカクの耳に、突然そんな声が届く。それと同時に目の前の水面が盛り上がっていき……そして次の瞬間。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 捕ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 とてつもなく巨大な水柱を立てて、筋肉親父が海から飛び出してくる。しかもその手にはただでさえでかい筋肉親父の身長より更に倍はあろうかという超巨大な何かを携えている。


「よっと。間に合ったか!?」


「お、おっちゃん!?」


「おせーぞオッサン! てか、何だそりゃ!?」


 そのまま数百メートルは離れていたであろう浜辺に着地したニックの姿に誰もが絶句するなか、気軽に話せる間柄になっていたマチョリカとマケカクが声をかける。


「これか? これは……あー……何かの……多分牙だ」


「いや、それ情報がほとんど増えてねーよ!」


「仕方あるまい。儂にもこれが何だかはよくわからんのだ! っと、ちょっと通してくれ。悪いな、通してくれ」


 猛烈に突っ込むマケカクを余所に、ニックは収穫物を査定している係員の元へと歩み寄っていく。


「これはここに置けばいいのか?」


「…………はっ!? あ、はい。そうです。ゆ、ゆっくり! ゆっくりそーっと、お願いしますね」


「うむ」


 馬鹿でかい牙を片手で持っていたニックが、そっとそれを砂浜に横たえる。見た目は大きくても実は軽いのか? と思った係員の一人がそれを持ち上げようとしてみたが、当然ながらびくともしない。


「お、お、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!? ニックさんが、またしてもとんでもないものを持ってきたぁ! トリセツさん、あれは一体!?」


「あー、何でしょう。ちょっとわからないというか、想像もつかないですね。形状的には牙のような形ですが……あの大きさの牙が生えている生物がどれほどの巨体となるのか……まずは係員の人達の鑑定を待ちましょう」


「トリセツさんも知らない謎の巨大な牙! これは大番狂わせもあり得るかぁ!?」


「「「ワァァァァァァァァ」」」


 牙の存在感に静まりかえっていた会場が、火がついたように沸き上がる。誰もがその牙を一目見ようと近寄ってくるなか、そこから退いた場所に落ち着いたニックに、マケカクとマチョリカが寄ってきた。


「おっちゃん、何あれ!? あたしあんなの見たことないんだけど!?」


「マチョリカか。さっきも言ったが、何と言われても儂にもわからん。海のずっと深いところ……それこそ光も届かぬような場所で出会った相手の牙だからな」


 マチョリカの問いにニックが答える。ちなみに牙だけなのは、そこまで巨大な生物だと下手に倒すと環境に大きな影響が出そうだったことと、そもそもそんなでかい獲物を持ってきても係の者が困るだろうというニックなりの配慮の結果だ。


「海の……底!? 光も届かないような……? ど、どうやってそんなところまで行ったんだよ!」


「どうと言われても、普通に潜ったのだが?」


「潜ったって…………」


 平然と答えるニックに、マケカクは今度こそ絶句する。海に深く潜れば潜るほど体の自由が失われることは漁師なら常識であり、たとえ水中呼吸の魔法などを用いたとしても光が届かないほど深くまでは潜れない。


「は、ははは。なんで、何で今年だったんだよ……」


「む? どうしたマケカク?」


「ああ、悪い。何でもねーよ。ただちょっと、俺の巡り合わせの悪さを愚痴ってただけさ……」


 顔に手を当て天を仰ぎ見るマケカク。だがその仕草とは裏腹に、まだ心は死んでいない。


(あんなモノにどれだけの価値があるのか、俺には全然わからねー。でも俺は俺にできる最高の仕事をした。なら後は……待つだけだ)


「なあ、オッサン」


「何だ?」


 小さく息を吐いてから、マケカクがニックに声をかける。


「さっきはああ言ったけどよ……でも、オッサンと戦えてよかったって思うぜ」


 兄の出場しない『海の漢祭り』は、ともすれば楽勝だと思っていた。だが同時にその条件で『町一番の海漢』に選ばれたとして、本当に勝ったと言えるのか? ずっとくすぶっていたその想いも、今はもう遙か彼方。


「オッサンに勝ったなら、俺は胸を張って『町一番の海漢』だって言える。もう結果は出てるのかも知れねーけど……でもあえて言うぜ? 俺は負けねー! 勝つのはこの俺、マケカクだ!」


「ははは。最初に会ったときからお主の意気には感心していたものだ。ならばこそ儂もこう答えよう。勝つのはこの儂だ、とな」


 お互いの拳をゴツンとぶつけて、顔を見合わせニヤリと笑う。そのまま無言で背を向け合うと、一旦その場を離れ、ニックは遅めの昼食を食べるべく近くの屋台を回っていく。そうして待つことしばし――


「全参加者の稼ぎの計算が終わりました! ただいまより『海の漢祭り』の最終結果を発表致しまーす!」


 会場に響くアナリスの声に導かれ、『漢』を目指した者達が続々と浜辺へと集まっていった。

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