父、若者達と交流する
「オサナに、兄貴……二人とも来てたのか」
石を持ち上げ終わったマケカクが、会場にいた二人の元に歩み寄る。
「どうしたんだよ? 今年は来ないんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、オサナがどうしても来たいって言ってな」
「いいじゃない。せっかくだし、弟の活躍を見てみようと思ったの」
「誰が弟だよ! 俺達同い年だろ!」
「いーえ! 私の方が三ヶ月も早く産まれてるんだから、私がお姉さんに決まってるでしょ!」
「チッ」
ニヤニヤと笑って言うオサナに、マケカクは思わず舌打ちをする。何をやっても自分より優秀だった兄とはまた違った意味で、この幼なじみにはどうやっても勝てる気がしない。
「それより、さっきはどうしたんだ? ひょっとして体調でも悪いのか?」
「うっ、それは……」
カチカクの問いに、マケカクは一瞬言葉に詰まる。自分でも馬鹿なことをしたと思っているだけに、本当のことはなんとなく言いづらい。
「えっ、まさか本当に調子が悪いの? それとも怪我したとか!? た、大変! すぐに手当を――」
「違うって! そうじゃなくて、その……」
心配して慌て始めるオサナに、マケカクは意を決して真実を告げる。
「実は、最初にあの岩を持ち上げようとして失敗したんだよ」
「……は? マケカク、あんた馬鹿なの? あんなの持ち上がるわけないじゃない」
返ってきたのは、当然の呆れ声。もし自分が逆の立場でも同じ反応をしただろうけれど、だからといってそれを素直に受け入れることなどできるはずもない。
「いや、違うんだって! 俺の前にあれを持ち上げた奴がいるんだよ!」
「またまたー! そんなわけないじゃん! カチカクさんだってそう思うでしょ?」
「ん? そうだなぁ。あれを動かそうとしたら二〇人、いやもっといるか? 今さっき来たところだから見てなかったけど、今年からそういうのもやったのか?」
「違うんだよ兄貴! あれを一人で持ち上げたオッサンがいたんだって!」
「えぇぇ……」
懐疑的な声を出すオサナに、マケカクは必死に説明する。そんな彼の視界の端に、ややしょぼくれた表情の筋肉親父の姿が映った――
「ふぅ、やっと解放されたか」
『完全に貴様の自業自得だがな。我であれば貴様が周囲に気を配ってあれを持ち上げたのがわかるが、この会場の者にそれを理解せよと言うのは流石に無茶であろう』
「わかったわかった。反省しておるからもう許してくれ」
オーゼンの苦言を耳に、苦笑しながらニックが腰の鞄を叩く。娘のことならいくらでも気が回るニックだったが、こういう「楽しくなってしまうこと」の時には割とポンコツであった。
「おーい、オッサン!」
「む?」
そんなニックに、不意に誰かの呼ぶ声が届く。声の方に顔を向ければ、そこには数日前に飯屋で声をかけてきた若者の姿があった。
「おお! お主は確か……マシカクだったか?」
「マケカクだよ! いや、そんなことよりオッサン! ちょっと一緒に来てくれ!」
「おぉぅ? どうしたのだ?」
マケカクにぐいぐいと腕を引かれて行けば、そこにいたのはマケカクと同じくらいの年頃の娘に、マケカクによく似た、だが少し年上の男性の二人。
「紹介するぜオッサン! こいつは俺の子供の時から腐れ縁のオサナと、兄貴のカチカクだ」
「初めまして。自分はマケカクの兄で、カチカクといいます」
「誰が腐れ縁よ! って、私はオサナです。宜しくお願いします」
「うむ。儂は銅級冒険者のニックだ」
「二人とも聞いてくれ! このオッサンがあの岩を持ち上げたんだよ!」
自己紹介を終えたニックとカチカク達に、マケカクがそう口にする。だがそれに対するカチカク達の反応はなんとも微妙なものだ。
「マケカク、そんなに必死にならなくても……」
「そうよ。あの、すみませんニックさん。この馬鹿が変な事を言い出して……」
「うむん? いや、確かに儂はあの岩を持ち上げたが?」
状況が今一つ飲み込めず、それでも本当のことを告げたニックに対し、オサナがキッと眉を釣り上げてマケカクの方を向く。
「ハァ……マケカク、あんたこんな見ず知らずの人にここまで気を遣わせるとか、どういうつもり? いくら何でも――」
「あーっ! ここにいたー!」
と、そこに声をかけてきたのはこの場の誰もが初対面の相手、大胆な鎧姿のマチョリカだ。
「やーっと見つけた! もーっ、会場中探しちゃったよー!」
「ん? 儂を探していたのか?」
「そうだよ! あんなでっかい岩を持ち上げる人がどんな人か興味があったから、話してみたいなーって思って!」
「あ、あ、あ、アンタァ!」
明るい笑顔でニックに話しかけるマチョリカに、しかし横からオサナが叫ぶような声をあげる。
「ほよ? アタシに何か用?」
「用じゃないわよ! 何その格好! ほとんど裸じゃないのよ!」
「裸じゃないよ! ちゃんと隠すところは隠してるでしょ?」
「裸よそんなの! あんたそれで恥ずかしくないわけ!?」
「別に? せっかく鍛えた体なんだから、色んな人に見てもらって褒められた方が嬉しいでしょ?」
「そんな、そんな価値観があるなんて……あっ!? カチカクさんは見ちゃ駄目です! あとそこの馬鹿! 鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ!」
無邪気に笑うマチョリカを前に、オサナが必死にジャンプしてカチカクの目を両手で覆いつつ、隣にいたマケカクに雑に蹴りを入れていく。
「はは、相変わらずだなぁオサナは。大丈夫だって」
「誰が馬鹿だよ! あと兄貴と扱いが違いすぎるだろ!」
「カチカクさんとマケカクが同じ扱いのわけないでしょ!」
いつの間にやらニック達を放りだしてじゃれ合いを始めてしまったマケカク達。そんな三人を前に、ニックとマチョリカは思わず微笑む。
「うわぁ、仲いいなぁ」
「うむ。兄弟に幼なじみか……儂に兄弟はおらんが、あのやりとりは妻との事を思い出すな」
「あ、おっちゃんは結婚してるんだ?」
「うん? ああ、しているぞ。娘も一人いる」
「へー。奥さん美人?」
「当然だ! 世界最高の美人だぞ!」
下から顔を覗き込んでくるマチョリカの問いに、ニックは輝く笑顔を浮かべて答える。ちなみに世界一でないのは、娘が同率一位だからだ。
「いいなぁ。アタシもそのくらい愛してくれる旦那様が欲しいなぁ。まあそう言う相手を探したくてお祭りに参加してるってのもあるけど」
「ほぅ、そうなのか。で、見つかりそうか?」
「うーん。今のところは微妙かな? よさそうかなって思った人は奥さん一筋って感じだし」
そう言ってマチョリカがジト目をニックに向けてくる。若い男ならそれだけで心が沸き立ちそうなものだが、ニックが動じる様子はない。。
「はは、それは残念なことだな。だがまあこれだけ人がいればそれだけ出会いもある。お主がよい相手に巡り会えるよう祈っていこう」
「ありがとおっちゃん! やっぱり力持ちは優しくていい人が多いね! アタシももっともっと頑張って体を鍛えて、女子力を身につけなきゃ!」
「おう、頑張れ!」
ニッコリと笑って力こぶを作って見せるマチョリカに、ニックも親指を立てて笑顔を返す。
『我の考える女子力と筋力の因果関係が想像できぬのだが、これは我が未だこの世界の常識に疎いだけか? それとも女子力とは我の想像も及ばぬ何かなのであろうか……?』
そんな二人の筋肉自慢のやりとりに対し、オーゼンだけは『女子力とは?』という難題に静かに頭を悩ませるのだった。