父、放棄する
本日より「威圧感◎」の番外編の投稿を始めました! 興味のある方はそちらも読んでいただけると嬉しいです。
「きょ、キョードーさん!?」
入ってきた男を見て、カマッセの口から驚きの声が漏れる。カマッセは向上心……というより自身が周囲から喝采を浴びることに執心しており、そのための邪魔者、あるいは足がかりとなりそうな人物の情報は余すことなく収集する男だった。
「どうしてキョードーさんがこんなところに……道場はどうしたんだよ!?」
「アン? そりゃあ――」
「俺が無理言って来てもらったのさ。この町の危機となりゃ、キョードーさんより頼りになる人なんていないからな」
キョードーの背後からヌッと顔を出したのは、この町の冒険者では上位に位置する銀級冒険者のシドウだ。この二人の師弟関係は有名であり、強者との戦いを求めるキョードーにしても、意外と面倒見のいいシドウにしても、この状況でここにいるのは当然だ。当然だが……それはカマッセにとって最悪の流れでもあった。
(マズい。これはマズい流れだぞ……)
「で、どうだアンちゃん。見たところ大分強そうだが……つまらねぇ戯言を蹴散らすなら、いっちょその強さを見せつけてみるってのはどうだ?」
「ん? それは儂とお主が戦うということか?」
「ほぅ? 他の誰かじゃなく、俺と戦いたいってか! カーッ、嬉しいねぇ! 最近は若いのを鍛えるばっかりで、俺に本気で向かってくる奴なんててんでいなくなっちまったんだ!」
「ふむ。確かにお主はまあまあ強そうだが……」
「まあまあ!? カッ! カッカッカ! いいぜいいぜ! それでこそシドウの坊主が見込んだ男だ!」
場の流れはどう考えてもキョードーとこのニックとかいう新人が戦う空気になっている。カマッセにとって自分よりちょっとだけ、あくまでちょっとだけ強いと思っているシドウまでもがこの男を見込んでいる事実から、これはいい勝負になるんじゃないかと思われた。
だが、それでは駄目なのだ。この筋肉親父がボロボロに負けてキョードーに失望されるというならいい。でもこの状況でそれはない。そうなると自分は単なる噛ませ犬で終わってしまう……それはカマッセにとって絶対に許容できない事実だ。
故に考える。カマッセは酒場の女に自分の英雄嘆を八割増しで盛って聞かせる時よりも頭を働かせ、そして遂にその答えにたどり着いた。
「ま、待った!」
「あー? 誰だテメェ? 俺の楽しみを邪魔するたぁ――」
「ま、待ってくれキョードーさん! 違うんだ、コイツがこの依頼に参加するのに反対なのは、コイツが強いかどうかが問題じゃねーんだよ!」
ギロリとキョードーに睨まれ、しかも自分の名前を知られていなかったことにカマッセはひるむ。が、ここで押し巻けたら全てが終わりだ。カマッセは生涯で一番の気合いを入れて、何とか次の言葉を発した。
「こんな、最近登録したばっかりの奴に背中を任せて戦うなんて無理だろ。ましてや今回は混戦になるんだぜ!? 熟練の冒険者同士なら初対面だってある程度戦えるだろうけど、コイツは仮に強かったとしても新人なんだぞ!? 自分の背後でただ強いだけの奴が武器を振り回すなんて、安心できるわけねーじゃねーか!」
「うーん。そう言われるといくら強くても実績なしじゃ連携は厳しいよな」
「でも、それも含めて冒険者のやり方ってやつだろ? それなら――」
「いや、新人にそこまでは期待できないだろ。だとすると確かに怖いな」
必死にカマッセがでっち上げた理由に、その場にいた冒険者達の意見も割れた。ニックの強さではなく、経験の浅さに焦点をすり替えることで何とかカマッセは「自分がしたのは的外れの言いがかりではない」ということの証明に成功したのだ。
「な! な!? そうだよな! ほれみろ! 俺の言った通りじゃねーか!」
「チッ。何だこの糞みてーな流れは……だがまあ間違ってもいねぇしなぁ。なあアンちゃん。ならアンちゃんは俺と組むか? 俺とアンちゃんで先陣切るなら、誰にも迷惑はかからねーだろ?」
「そ、それは!?」
「何なんだテメェさっきから! まだ何か文句があるのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
さっきとは比較にならない、軽くとは言え敵意すら籠もった視線をキョードーに向けられ、カマッセは完全に口ごもる。
(ぐぅぅ、こんな調子で戦われたら、俺が目立てない。俺が浴びるはずの喝采が遠くなる……いや、まて? なら俺もここに参加するか? そうすりゃ手柄は三等分。俺も十分喝采を浴びられるはず……おお、これはイケてるぜ!)
起死回生の名案。突如舞い降りた素晴らしい閃きに、カマッセの瞳が輝く。トゲトゲ鎧に身を包む平凡な顔立ちの男の突然の満面の笑みなど周囲の者からすれば若干キモいまであったが、そんな事はカマッセ自身には関係ない。
「よ、よーしわかった! なら俺も――」
「ふむ。わかった。そういうことなら儂は参加を見合わせることにしよう」
「一緒に……え?」
勝利の方程式、栄光への道に乗っかろうとしたカマッセを、ニックの言葉が一気に地獄に突き落とした。
「では、邪魔したな」
サッと手を上げ一言残すと、ニックはスタスタと冒険者ギルドの外へと出ていく。そうして残されたのは状況について行けない大多数の冒険者と、苦り切った顔をするキョードー、そして……
「…………え?」
ただ呆然とニックの背中を見送るカマッセの姿だった。
『おい貴様、何のつもりだ?』
冒険者ギルドから出たニックに、すかさずオーゼンが話しかける。
「何とは?」
『決まっている! 何故依頼を受けなかったのだ? まさかあの程度のやりとりに辟易してこの町を見捨てるつもりか!?』
「ハッハッハ。わかっておらんなオーゼンよ」
責めるような口調のオーゼンに、しかしニックは朗らかに笑う。
「なあオーゼン。何故儂があの依頼を受けようと思ったか、わかるか?」
『何故? それは勿論、この町を守るためであろう?』
「違うな」
当然とばかりに答えるオーゼンに、しかしニックは短く否定を返す。
「儂が依頼を受けようとしたのは、この町の冒険者の取り分を邪魔しないためだ。しばらくはここで過ごそうと思っていたから、町の冒険者達との関係は良い方がいいに決まっているからな。だが、既に面倒な事に巻き込まれているなら……」
『貴様、何を……まさか!?』
言葉の先を予想し驚愕の声をあげるオーゼンに、ニックはニヤリと笑って答える。
「フッフッフ。儂が単独でワイバーンを群れを殲滅したら、痛快だとは思わんか?」
それはまるでとっておきの悪戯を思いついた子供のような顔だった。もっと憤慨している様子であれば「そんな器の小さいことを言うな」と忠告するつもりだったオーゼンも、この表情を見ては何も言えない。
『貴様と言う奴は……一応確認するが、可能なのだな?』
「フッ。たかだか空を飛ぶだけのトカゲなど万の数が揃おうとも敵ではないわ」
『そうか。うむ。貴様はそうだな。そういう奴だったな……』
町に住む者達が一致団結して挑む敵を、こともなげに倒せると答えるニック。その様子にオーゼンはただ呆れた声を返すことしかできなかった。
「そういうことだ! 奴らにしても儲ける機会を失うとはいえ怪我をすることも無くなるのだから、そう恨まれることもあるまい。さっさと行って片付けてこようではないか」
『恨まれる……我は感謝しかされぬと思うのだが……』
「ガッハッハ! 細かい事は気にするな! さ、行くぞオーゼン!」
『まあ好きにせよ。貴様が失敗しても大局に影響はないだろうしな』
もしもニックの強さがワイバーンの群れに及ばなかったとしても、愚かな新人冒険者が一人死ぬだけだ。最初から当てにされていない戦力が消えるだけで、この町の防衛計画に何ら影響はない。
その時は己の王を見極める目が曇っていたと認めるだけだとオーゼンは覚悟を決める。もっとも、本当にそうなるとは微塵も思っていないのだが。
ニックは弾むような足取りで避難が進み人気のなくなった道を走り抜け、さっき出たばかりの門を抜ける。軽く赤みがかってきた空には未だワイバーンの影は見えないが、それでも何となく空気のざわめきのようなものは感じられる。
「こっちだな。暗くなる前に到着するぞ!」
『そうだな。急いだ方が……おぉぉぉぉ!?』
こうして厳戒態勢の町を背に、その全ての準備を無駄にする最強無敵の筋肉親父は、弾丸のような速度で脅威を殲滅するべくその場から飛び出していった。





