父、叱られる
『貴様という奴は! 貴様という奴は! 本当に貴様という奴は!!! 何故何処に行っても騒動を起こさずにはいられないのだ!』
「そりゃ確かに自由なお祭りですけどね? でもそこはきちんと安全を考慮した決まりがあるというか、常識的な対応が――」
「ぬぅ、すまぬ……」
規格外のニックの剛力に会場中が盛り上がり、多数の参加者が記念するように『岩』に手を触れては「こりゃ無理だわ」と笑ったりしているなか、その偉業を成し遂げたニックは会場たる砂浜の隅で正座をして怒られていた。
「そもそも何であの岩を持ち上げようとしたんですか? ちゃんと事前説明で『漢石』の事は説明しましたよね?」
人員整理をしていた役場職員の問いかけに、ニックはそっと顔を背けながら答える。
「いや、それは聞いていたのだが……まさか手前のあんな小さな小石が持ち上げる対象だとは思わなかったのだ」
「小石って……」
『だから貴様は駄目なのだ! 何故常に自分の基準で考えるのだ! この三日で貴様が身につけるべきは筋肉では無く常識だったのだ!』
「ぐぅぅ……」
職員とオーゼンの二人から責められ、ニックは肩身を狭くする。そしてそんな彼とは関係なく、祭りは着々と進んでいく。
「さあ、続いての登場はトリセツさん一押しの女性! マチョリカさんの登場です!」
「頑張って欲しいですね」
アナリスの紹介を受けて、下着のような鎧を身につけた筋肉質の女性が歩み出てくる。そのまま中の『漢石』の前までいくと、グッと力を込めてそれを持ち上げていく。
「いっ……やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おおーっと、これは凄い! 中の『漢石』を持ち上げた女性は今回では彼女が初めてです!」
「凄いですね。中となると男性でもしっかり鍛えてなければ持ち上がらないですから、これは本当に凄いですよ!」
「ぐぅぅぅぅ……はふぅ」
そのまま腰の辺りまで持ち上げたところで一瞬動きをとめ、そのままゆっくりとマチョリカは石を降ろして息を吐いた。
「へっへー! どう? このアタシの女子力!」
「可愛いですマチョリカさん!」
「すげーぞ姉ちゃん!」
「素敵ー!」
肩口辺りで切りそろえた赤茶色の短髪を揺らすマチョリカの笑顔に、会場から歓声があがる。それまでの女性参加者は小の石を持ち上げるのが精一杯だっただけに、これもなかなかの衝撃だ。
「はい! マチョリカさん大健闘でした!」
「女性であれは十分に凄いですよ。特に最後、ドスンと落としたりせずにゆっくり降ろしたでしょう? 勢いをつけて持ち上げるんじゃなく、ちゃんと全身の筋肉の力を余すことなく活用した証拠です。実に見事な『腕比べ』でした」
「うわ、トリセツさんべた褒めですね。ちなみに大岩を持ち上げたニックさんに関しては?」
「彼は何というか……何なんでしょうね? 正直魔法による身体強化を重ねがけしてもあそこまで出来るとは思えないんですけど……」
「うーん、説明できない凄さということですね! では次の人、いってみましょー!」
ちなみにだが、この祭りにおいては魔法による身体強化は一応禁止されている。とは言え厳密に調べているわけではないのでやろうと思えば抜け道はいくらでもあるが、過去それをした参加者は今のところ一人もいない。
実利があるわけでもない祭りでそんな反則をしてもしらけるだけだし、何よりもしばれた場合は参加者のみならず町中の人々から白い目で見られることになる。ちやほやされるのはこの町に滞在している間だけなのに、この町に滞在していればその力を見せる機会だってあるだろう。
要はリスクに対するリターンが少なすぎるので、すぐに立ち去る冒険者が一時の虚栄心を満たすためくらいにしか魔法を使って反則する理由がないのだ。そしてそんな魔法が使える冒険者は、こんなところで祭りを荒らして悦に入ったりしない。それだけの事ができるなら、普通に冒険者として仕事をすれば十分に尊敬を集められるのだから。
「はーい、どうもー! では次は……あ、この人も注目ですね! 毎年このお祭りに参加している常連さん! 町の漁師のマケカクさんです!」
(遂に来たか……)
周囲から拍手で迎えられるなか、雑念を捨て去るためにひたすら己の筋肉と向き合ってきたマケカクが『漢石』の前へと歩いて行く。
(やれる。俺ならやれる……そのために今日までずっと頑張ってきたんだ……)
小の石、中の石の前をマケカクは素通りする。そこまでは当初の予定通りであり、去年も通った道だ。
(……………………)
その足は、大の石の前でとまる。ほんの少し前までなら、それで何の問題も無い。大の『漢石』を持ち上げられる者はほとんどいない。ましてや今年は最大のライバルである兄のカチカクがいないのだ。これをあげれば『町一番の海漢』の座は揺るがない……はずだった。
「おおっと、これはまさか!? マケカクさんが大の『漢石』を通り過ぎて、隣の岩のところまで行ったぞ!?」
「いやいやいや、無理ですよ。あれは人に持ち上げられるものじゃないですって」
「でも、ニックさんは持ち上げてましたよね?」
「まあそれはそうなんですが……本当に何なんですかねあの人」
アナリスとトリセツの掛け合いなど、マケカクの耳には入っていない。ただ目の前で圧倒的な威容を放つ岩を見つめ、己の筋肉に問いかける。
(できる。できるさ! あのオッサンにできたなら、俺にだってできるはず! やる前から諦めるな! 俺は今日こそ……勝者になってみせる!)
「ぐっ……ぐぅぅぅぅ……」
「うわ、マケカクさん、本当に岩を持ち上げ始めた!? これはひょっとしてひょっとするのか!?」
「うぅ……うぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
マケカクの腕の筋肉がピクピクと蠢き、太い血管が浮き上がってくる。いや、腕だけではない。足も腰も、全身の筋肉という筋肉を総動員し、マケカクにとって掛け値無し、全身全霊の力が発揮され――
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「……………………あがらないですね」
「ですよね。いや、そりゃそうですよ」
岩は、ピクリとも動かなかった。その当たり前で常識的な光景に、会場に何処かホッとしたような、それでいて残念そうな気持ちが溢れる。だがそんな反応に、マケカクは内心歯噛みする。
(くそぉ! 駄目なのか。俺には……っ!)
浜辺の隅で正座しているニックの姿をキッと睨んでから、マケカクは大の『漢石』の前まで移動し、それを持ち上げるべく力を込める。だが先ほど力を使い果たしてしまったために、去年は僅かとは言え持ち上げられた大の『漢石』が今年は持ち上がらない。
「ちょっと、どうしたのよマケカク? 情けないわよー?」
ふと、そんなマケカクの耳に知っている声が届いた。マケカクが顔を向けた先にいたのは、何をやっても自分より上を行く自慢にして不満の兄、カチカク。そしてその隣には――
「オサナ」
「去年は持ち上げられてたでしょ? ならもうちょっと頑張りなさい!」
「うっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
小さい頃から共に育った幼なじみの女性の応援に、マケカクの萎えかけていた心に熱い火が灯る。既に全力を出し尽くしたはずの筋肉が、限界を超えて震えていく。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ! しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おおお!? マケカクさん、遂に大の『漢石』を持ち上げました! これは見事な腕っ節です!」
「いやぁ、若いっていいですねぇ」
気合いの雄叫びと共に胸の高さまで持ち上げた『漢石』を放り出したマケカクに、会場からは惜しみない拍手が送られた。