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父、持ち上げる

「お待たせ致しました! それではこれより、毎年恒例『海の漢祭り』を開始致します!」


「「「ワァァー!!!」」」


 ニックがこの町にやってきて三日後の朝。冬の海辺といういかにも寒そうな場所には大量の人が集まり、その熱気は湯気が立ちそうなほどだった。


「いやー、今年も凄い熱気ですね! もう冬だっていうのに、こっちまで熱くなってきそうです!」


「そうですね。こうして見る限り、今年の参加者もかなりの粒ぞろいな感じですし、これは競技の開始が楽しみです」


 浜辺に設置された解説席に座り、若い女性と壮年の男性が周囲に音を拡散する魔法道具を用いてそんな会話を繰り広げる。


「と言うことで、昨年に引き続き今年も司会進行はこの私、冒険者ギルドに咲いた一輪の花、噂話大好きのアナリスと!」


「えー、役場職員のトリセツでお送り致します」


「「宜しくお願いします」」


「「「ワァァー!!!」」」


 二人の挨拶に、会場が再び沸く。ちなみにアナリスはニックが冒険者ギルドで出会った受付嬢で、トリセツはニックに祭りの説明をしてくれた男であった。


「それでは早速最初の競技を始めていきましょう! まずはこれ! 漢たるもの力持ちでなければならない! その逞しさで観客席を魅了しろ! 強い男はモテる! 強い女はもっとモテる! その名も『漢の腕比べ』だぁぁぁぁ!!!」


「えー、『漢の腕比べ』ですが、こちらで用意しました大中小の三つの『漢石』を持ち上げてもらうことで力比べとする競技になります。毎年無理をして腰を痛める方が出ますので、絶対に無理だけはしないようにしてください。腰は大事ですからね、はい」


「はーい、トリセツさんからの実感のこもった注意も聞いたところで、早速参加者の皆さんを紹介しましょう!」


 冷静に説明をするトリセツに対し、ノリと勢いで押していくアナリスの軽快な掛け合いのなか、参加者の紹介が進んでいく。無論そこにはニックの姿もあり、ニックに声をかけてきたマケカクの姿も勿論ある。


「いやー、どうですかトリセツさん。みんながみんな注目株という感じですが、特に気になる参加者とかおられました?」


「そうですね。個人的に気になるのは、マケカク君でしょうか。昨年まで五年連続で『町一番の海漢』に選ばれていたお兄さんのカチカクさんが今年は参加しないとのことで、今年こそ選ばれたいとかなり気合いの入った訓練を積んでいたと聞いています」


「ほほー! それは確かに楽しみですね!」


「他には、やはり町の外からきた冒険者の方ですかね。顔見知りのような猟師の人達と違い、彼らの力は完全な未知数です。特に気になるのは、あの女性ですか」


「女性! やっぱりトリセツさんも男なんですね。奥さんに怒られたりしませんか?」


「あの、それ系は本当に勘弁してください。これ以上髪が薄くなったら、父親としての威厳が……」


 アナリスの言葉に、トリセツが困り果てた顔で答える。その頭頂部では海風を受けて髪が靡いているが、その量はいかにも心許ない。


「はーい。冗談はともかく、女性の冒険者というとマチョリカさんですか?」


 アナリスに名を出され、会場にいたマチョリカが笑顔で周囲に手を振り始める。二〇代と思われる若い女性であり、その肉体は女性特有の丸みや柔らかさを残しつつその裏には確かな筋肉が育っている。


「ええ。一般的には女性の方が男性より筋肉はつきづらいという話がありますが、実は持久力に関しては女性の方が上だという話もあるようなんです。なので女性らしさを残した体つきのマチョリカさんは、むしろゴリゴリに鍛え上げた女性よりも可能性があるんじゃないかと」


「へぇ、そうなんですね。他には注目の参加者はいますか?」


「うーん。後は特には……」


「そうですか。では注目された人もされなかった人も、是非とも全力を尽くして『漢』を目指してみてください! それでは『漢の腕比べ』、開始します!」


「「「ワァァー!!!」」」


 最後にひときわ会場が沸くと、遂に海の漢祭りが始まった。


『ふむ。貴様は注目の参加者とやらにあげられなかったな。我としてはかなり意外なのだが』


「はは。これだけ力自慢が集まれば、儂とてそう目立ちはせんのだろう。特に今は鎧を着込んでいるからな」


 オーゼンの漏らした疑問に、ニックは動じること無くそう答える。実際吹き付ける海風はかなり冷たいと言うのに、祭りの参加者の三割くらいは己の筋肉を誇示するような露出の多い格好をしていた。


 ニックの体は確かに頭一つ抜けて大きかったが、ごつい金属鎧を着ていることでその筋肉が目に入ることはなく、結果として特別に注目されるほどではなかったのだ。


『確かに目立つというなら、あの女は目立っているな……よくあんな格好でいられるものだ』


「寒さなど気合いでどうにでもなるであろう? あるいはイーネンにあった耐寒ポーションのようなものを使っているのかも知れんが」


『ああ、そういう可能性もあるのか。言われてみれば納得だ』


 注目の参加者と言われたマチョリカは、胸と臀部のみを覆うやたら表面積の少ない鎧に身を包んでいる。腕や足どころか腹まで丸出しのその姿はとても防御力や耐寒能力に優れているとは思えないが、魔法的な加工がなされていれば話は別だ。


「そういう発想はお主の方こそ持ちそうなものなのになぁ」


『くっ……貴様のような常識外れの存在と共に過ごすことで、我の常識が失われていっているということか……』


「ニックさーん! 冒険者のニックさんはいらっしゃいますかー?」


 悔しげな声をあげるオーゼンにニックが言い返すより早く、会場からニックを呼ぶ声が聞こえてくる。


「ああ、すまん。儂がニックだ」


「あ、はい。ではニックさん、こちらの『漢石』から好きなものを選んで持ち上げてください」


 歩み出たニックに進行役の人物が言葉をかけ、ニックがそちらに歩いて行く。そんなニックの姿に熱い視線を向ける人物が一人。


(さあ、見せてくれオッサン。オッサンの力はどんなもんだ……?)


 マケカクが挑戦的な視線を向ける中、まずニックは小の石……およそ五〇キロほどの小さな石の前を一顧だにせず通り過ぎる。


(まあそうだよな。ありゃ猟師や冒険者に憧れた子供が最初に挑戦するような奴だ。本気で海漢を目指す奴があげる石じゃねぇ)


 次いでニックは中の石……おおよそ一〇〇キロの石の前も通り過ぎる。大抵の挑戦者はここであげるため、会場に軽いどよめきが走る。


(そうだろそうだろ! そうだよな! そこで満足するようなら俺の相手になるわけがねぇ! あのオッサンはそんなもんじゃねぇはずだ!)


 そしてニックは最後の大の石……二〇〇キロ以上あり、ただ砂浜から浮かせるだけでも困難な大石の前を……そのまま通り過ぎた。


「あれ?」


 誰かが拍子抜けした声をあげるなか、ニックは更にその先にあった()をパシパシと手で叩く。それは当然持ち上げる用ではなく、最初からそこにあったただの岩だ。


「よし、これにするか! ではいくぞ……ふんっ!」


「は!? あ? はぁぁぁぁ!?!?!?」


 ニックが軽く気合いを入れると、巨大な岩が高々と中に持ち上がる。意外と下に長かったため何度かホイホイと持ち替えながらあげられたその岩の大きさはニックの身長の軽く五倍はあり、重さなど想像もつかない。


「む? 何だ? 何か変な事をしたか?」


 周りの反応がおかしいことに気づいたニックが、そっと岩を砂浜に降ろす。それでも腹に響くドスンという衝撃が辺りに巻き起こり、飛び散った砂が周囲の観客に若干かかる。


「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 凄い、凄いぞ! ええと、ニックさん? まさかの『漢石』を完全無視からの巨大な岩を軽々と持ち上げたぁ! どうですかトリセツさん?」


「えー、私今は仕事中なんで、お酒は飲んでないはずなんですけど……あ、それとも連日の疲労が溜まって夢でも見てたんですかね?」


「トリセツさんが思わず現実逃避をしてしまうほど、圧巻の剛力! 大きな体の中年冒険者が、じっくり鍛えた鋼の筋肉を見せつけたぁ!」


「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」


 アナリスの発言に、呆気にとられて静まりかえっていた会場が一気に沸き立つ。そんななかただ一人、マケカクだけはその光景にブルブルと体を震わせていた。

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