父、海に着く
逢い引きの約束を果たし、かなりの勢いで引き留めてきたピースを何とかなだめて町を出たニックとオーゼン。そろそろ周囲が本格的な冬化粧を纏おうとするなか、小高い丘を登って見下ろした先に広がっていたのは中規模程度の港町と、その向こうに広がる一面の青であった。
「お、やっと見えてきたか」
『これは壮観な眺めだな』
「うむ。いつまでも見ていたい気にさせられるが……本当にじっと見ていても飽きるだけだからな。さっさと町まで向かうとしよう」
『貴様という奴は……まあ異論は無いが』
たわいのない会話を交わしつつ、ニック達は街道を進む。特に何事も無く町まで辿り着き門の列に並べば、すぐにニック達の順番になった。
「次の者! 身分証のようなものはあるかい?」
「うむ。これでいいか?」
ニックが鞄からギルドカードを取り出すと、門番の兵士は軽くそれに目を通してからニックに返却する。
「銅級冒険者のニックだな。賞罰関連も問題なし、っと。にしてもその体つき、アンタも漢祭りの参加希望者かい?」
「男祭り? 何だそれは?」
「あれ? 知らないのか? 毎年この時期にこの町でやってる祭りだよ。興味があるなら冒険者ギルドででも聞いてみるといい。じゃ、通っていいぞ。次の者!」
「ああ、ありがとう」
門番の兵士に礼を言うと、ニックは町中へと入る。目指す先は勿論冒険者ギルドだ。
『男祭り……そこはかとなく嫌な予感がするな』
「お主はいつも嫌な予感ばかりしているな。祭りだぞ? 楽しそうではないか」
『そこは否定せんが、どうも貴様といるとな。また厄介ごとに巻き込まれるのではないかと気が気では無いのだ』
「はは。それを楽しむのも旅の醍醐味であろうに……ま、詳しいことはここで聞いてみればよかろう」
おおよその町と同じように、この町の冒険者ギルドも入り口から続く大通りをまっすぐに進めばすぐにあった。堂々と中に入ったニックは、受付のひとつに足を運ぶ。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
「今日この町にやってきた銅級冒険者のニックだ。それで今門番の男から、この町で近々祭りをやるという話を聞いたのだが」
ギルドカードを出しながらニックが言うと、受付嬢は軽くギルドカードに目を落としてからニッコリと笑って答える。
「あ、はい。海の漢祭りですね。この町で毎年冬の初めにやるお祭りで、最高に格好いい海の漢を決めるお祭りです。ちなみに、男ではなく漢なので、女性でも参加は大歓迎ですよ」
「ほぅ、そうなのか。それは何とも楽しそうだな」
「ふふ、屋台とかも一杯出ますから、見ているだけでも楽しいですよ。お祭りは三日後ですので、もし参加する場合は町の役場に行って申し込みをしてください。参加条件とか参加費とかもありませんので、お気軽にどうぞ。場所は――」
「ありがとう。ではそちらにも行ってみることにしよう」
笑顔で頭を下げる受付嬢に手を振って答えると、ニックはそのまま教えられた場所まで歩いて行く。多少町の奥まったところにある役場まで行って祭りに参加したいと伝えれば、すぐに担当の男性がやってきて説明をしてくれた。
「参加ご希望ということで……はい、冒険者のニックさんですね。漢祭りの概要はお聞きになりますか?」
「ん? そうだな、聞いておこう」
ニックの言葉に、担当の男性はゴホンと咳払いをしてから口を開く。
「では……この辺の海は冬になると荒れることが多くなるので、基本的に冬はあまり漁に出なくなります。そのため暇になった猟師達が持て余した力を発散するために始めたのがこの祭りの始まりですね。
具体的な祭りの内容としては、大きな岩を使った力比べや冬の海に体を浸す我慢比べなど、所謂『漢気』を試すものになります。参加費用などをいただいていない代わりに、ここで無理をして怪我をしたり体調を崩したりされても町としては一切保証しませんので、そこはご了承ください。
また、優勝賞品なども特にありません。強いて言えば『町一番の海漢』という称号が賞品ですね。
どうです? 参加なさいますか?」
「うむ! 是非頼む!」
立て板に水の如く口にされた男性の説明を聞き、ニックは大きく頷いて返事をする。称号だけ……つまり本当に楽しむだけの祭りというのが、ニックの琴線に大きく触れたのだ。
「では、申し込みを受付させていただきます。祭りは三日後の朝二の鐘(午前八時)に開始で、場所は船着き場の横にある浜辺になります。多少の遅刻は大丈夫ですが、できれば遅れずに来てください。あまり遅い場合は途中参加扱いにさせてもらうことになりますが……まあ緩いお祭りですので、とにかく楽しんでいただければと思います」
「わかった。存分に楽しませて貰うとしよう」
手続きを終え、ニックは役場を後にする。その後は海の見える場所に立つちょっと高級な宿をとり、その日の晩。
「はいお待ち! これがこの町名物、山海塩竃焼きだよ!」
「おおお、これは凄いな!」
宿の主人に紹介された店で注文したのは、海辺の町らしい名物料理。馬鹿でかい塩の塊の表面をざくざくと割っていけば、そのなかには肉に野菜、魚など、まさに山海の美味が顔を出す。
『これほど豪快に塩を使えるのは、流石に海辺の町だな』
「だなぁ。おお、この甘味の塩味の絶妙な加減が……かーっ! 実に酒に合うな!」
魔法による加工手段が確立されているため、塩の生産は難しくはなく、値段も決して高いわけではない。が、それでもこれだけの塩を一度の料理で消費できるのは輸送費用が一切かからない海辺の町だからこそだろう。
「おうオッサン、あんたいい食いっぷりだな!」
「む?」
そうして食事を楽しむニックに、不意に声をかけてくる者がいる。ニックがそちらに顔を向ければ、そこに立っていたのは鍛えられ引き締まった体つきの若い男だ。
「お主は?」
「ああ、すまない。俺はこの町で猟師をやってるマケカクってんだ。ところであんた、その体つきに食いっぷり……あんたも漢祭りに出るんだろ?」
「ああ、そうだが……ということは、お主も出るのか?」
「当然だ! 今年こそ俺が『町一番の海漢』になってみせるぜ!」
「ほほぅ、いい気合いだ。だが儂とて手加減はせんぞ?」
自信たっぷりに力こぶを作って見せるマケカクに、ニックはニヤリと笑って答える。
「ハッハー! いいぜいいぜ! 今年は兄貴が参加しねーって言うから楽勝かと思ったが、こりゃ面白くなってきやがった! ぜってー負けねーからなオッサン!」
「うむ、楽しみにしておこう」
ビシッとニックに指を突きつけ啖呵を切ったマケカクが、楽しげな笑みを浮かべながらその場を去って行く。
「はっはっは。実に気持ちのいい若者だ。これは儂もうかうかしていられんな。明日から祭りに向けてしっかり体を鍛えておかねば」
『貴様が!? 鍛える!? 今以上に!?!?!?』
ニックの漏らした呟きに、オーゼンが素っ頓狂な声をあげる。
「何だオーゼン、変な声を出しおって」
『いや、何というか……あの青年が可哀想な気がしてな』
「何を言うかと思えば。こういうのは本気でやらねば面白くないのだぞ? 手加減されたなどと知れば、あの男ならむしろ憤るのではないか?」
『そうかも知れんが、しかしものには限度というものがあってだな』
「ふっふっふ、若者から挑戦されるなど、いつ以来であろうか? 久しぶりに腕が鳴るわ!」
『…………哀れな』
やる気満々なニックを前に、オーゼンはせめてマケカクの善戦を祈らずにはいられなかった。
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