父、衝撃の事実を告げられる
「ほらほらニック様! あちらにも素敵な物が売っていますよ!」
「はは、そう慌てるなピースよ。はしゃぎすぎて転んでも知らんぞ?」
突然始まって終わった性癖暴走事件から三日。色々とさらけ出してしまった当事者たちの精神以外には被害がほぼ皆無だったこともあり、町は既にいつもの落ち着きを……取り戻してはいなかった。
聖女様の奇蹟を目の当たりにした町人達は口々にその偉業を讃え、三日経った今も町は軽い興奮状態にある。と言っても暴動が起きているとかではなく、単に軽いお祭りのようなものが続いているくらいのものだ。
そしてそんな町中に、身長二メートルを超える筋肉親父を引き連れてはしゃぎ回る一人の少女の姿がある。
「もうっ! 私そんなに子供ではありま……きゃあー」
ニックの前を走っていたピースが、若干わざとらしい声をあげて転びそうになる。すかさずニックがその体を抱き留めると、逞しいニックの腕のなか、ピースはうれし恥ずかしな顔ですぐ側にあるニックの顔を見上げた。
「ありがとうございますニック様。ふふ、ニック様に抱きしめてもらえましたわ」
「まったく。わざと体勢を崩すなど、儂が間に合わなかったらどうするつもりだったのだ?」
「あら? こんな目の前にいて、ニック様の腕が私に届かないはずがないではありませんか。それに万一ニック様が間に合わなくて傷物になってしまったりしたら、きっとニック様が責任をとってくださるでしょうし……ぽっ」
「ぽっ、ではないわ! この悪戯娘め!」
「痛っ!?」
パチンとデコピンをくらい、ピースが痛そうに額を押さえる。その目にじんわり涙が浮かんでいるが、それもまた演技だと見抜いたニックはそのままピースを地面に立たせた。
「うぅ、酷いですわニック様。ああ、でもニック様に傷つけられるのでしたら、私はいつでも覚悟が……」
「いつまでも馬鹿なことを言っているでない! ほれ、行くぞ!」
「むぅ……フフフ。待ってくださいニック様!」
さっきまでニックを引っ張っていたはずのピースが、今はニックの背を追いかけて走る。勿論ニックに本気でおいていく気などないのですぐに追いついたピースは、ニックの太い腕に嬉しそうに抱きついた。
『それにしても、これだけ騒いで気づかれぬとは、その護符はなかなかの物のようだな』
「癒やしを与える聖職者にも、癒やしの時は必要ですもの。でも、内緒ですよ?」
今のピースの胸元には、複雑な魔法陣を刻んだ首飾りが下がっている。それによって発動している強力な認識阻害により、ここに話題の「黄金の聖女」がいると理解しているのはニックとオーゼンだけだ。
ちなみにだが、オーゼンの呪いは既に解けている。あのどさくさでオーゼンもまた大規模浄化の力に巻き込まれたため、半分ほど残っていた呪いの力も綺麗さっぱり洗い流され、今は既に「王能百式」を無事取り戻している。
『無論だ。それほど強力な魔法道具……いや、力の強さからして魔導具か? そんなものの存在が知れ渡れば、悪人共がよってたかって奪いに来るであろうからな』
「まあ、儂が一緒にいる間はそんな心配はいらぬ。どんな輩が来ようとも儂がぶん殴ってやるからな」
「頼もしいですわニック様! やっぱり旦那様にするならニック様のような方でなければ……」
「ははは……」
軽く笑いながらもニックの腕がするりとピースの拘束を抜け、その表情が若干困り顔になる。
ニックにとって、ピース・ゴールディはこの世で唯一苦手な女性だった。自分が愛しているのは妻だけであり、彼女の想いにはどうやっても答えられないからだ。
当然、そうであることは何度も彼女に伝えている。だが自分の思いと同じように、その答えも常に同じ。
――「ニック様の気持ちがニック様だけのものであるように、私の気持ちは私だけのものです。気持ちの見返りを求めているわけではないのです。ただ私がニック様のことを大好きなだけなのです」――
どれだけ拒否しても揺らぐことのないまっすぐな好意を、ただひたすらに否定し続ける……それはニックにとってなかなかに辛いことであった。
「そんな顔なさらないでください。何度も言っておりますが、私は別にマイン様からニック様を奪い取りたいわけではないのです。私が狙うのは二番ですから!」
「そう言われてもなぁ……」
ひたすら苦笑いを続けるニックに、ピースは少し考えてから言葉を続ける。
「うーん。でしたらこう言ったらいいでしょうか? 実は私にとっても、ニック様は二番なんです」
「何!? それは初耳だぞ!?」
ピースの口にした爆弾発言に、ニックはこれ以上無いほどに驚きの顔をする。
「あれ? 今までお伝えしていませんでしたか?」
「当然だ! と言うことは何か? 儂以外にもちゃんと好きな相手が……それも儂より好きな相手がいるということなのか!?」
「はい、そうです。ピース・ゴールディにとって一番好きな、大切な相手は未来永劫ただお一人ですから」
ニックの問いに、ニッコリと笑ってピースが答える。ピース・ゴールディに新たな名を与えた『お父様』は、彼女達にとって決して揺らぐことの無い永遠の一番手。何故なら彼女達が「愛」と判断しているのは、最初のピースが彼の人に向けた気持ちそのものなのだから。
でも、それは唯一彼と直接会った彼女だけの気持ち。どれほど胸を焦がしたとしても、その気持ちを彼女から奪い取ることはできないし、したくない。
だからピースは恋を求める。最初の彼女が感じたような、自分だけの愛、自分だけの想い。それに何より憧れて、そうしてピースはニックに会った。強く優しく逞しく、時に厳しくほぼ甘く、正しく理想の父親であったニックは、ピースの心をあっという間に鷲づかみにしてしまったのだ。
「ですから、あまり気負わないでくださいませ。私が目指すのはニック様の二番ですし、ニック様もまた私の二番なのですから」
「なんだそれは……まあ一番と言われるよりは大分気が楽になったが」
拍子抜けしたようなニックの顔を見て、ピースはクスクスと楽しそうに笑う。
ニックは知らない。ピースが人ならざるモノであることも、ピースの二番が彼女の求める唯一無二の最高であることも。
ピースは知っている。ニックの気持ちが変わらないことも、自分のせいで気を病ませていたことも。
でも、その程度では止まれなかった。だって、こんなに理想にぴったりの相手を見つけてしまったのだから。
命短し恋せよ乙女。永遠を生きる短命な彼女には、立ち止まっている余裕などない。多少暴走気味だったとしても、きっと愛しの筋肉親父なら、愛嬌の内と割り切ってくれるはずだから。
「さあ、ニック様! 安心なさったのであれば、早く続きを楽しみましょう! ほら、あの屋台とか美味しそうですわよ!」
「おお、確かにあれはなかなかの焼き加減……よし、では次はあれを食うか!」
「はい!」
美味しいものを沢山食べたい。楽しいことを沢山したい。多くの人を笑顔にしたい。愛しい人と歩きたい。乙女の夢は尽きること無く、そしてその程度を受け入れられぬほどニックの懐は狭くない。
「ニック様! 大好きですわ!」
「ぬぅ!? まあ今日はよかろう」
再び腕に飛びついてきた少女を、ニックは笑って受け入れる。
行き交う人々の笑顔が溢れるこの町の名は、聖都 imMOrtaL JOurney's BAllade。そしてそこに住まうのは黄金の聖女 Peace is Golden Days。
不死者の廻る永遠の旅路、つかの間そこに在る平和という黄金の日々。父の願いを叶えた彼女は、今日も高らかに愛を唄う。