父、約束させられる
「まあ、状況から考えてそうですよね。町に変態が溢れてるっていうのも実に王子っぽいですし」
「それで? もうちょっと詳しく説明してもらえるのか?」
したり顔で頷くテシタスをそのままに、ニックの問いにピースが頷く。
「今調べてわかったことですが、どうやらこの種から得た力の残滓は他人にも伝染するようなのです。今おかしくなっている方のうち、女性はほぼ全てはチャラケッタ様がお励みになったお相手の方、そして男性の方はその女性と関係を持った方……ということのようですね。魔力の線というか、そういう感じのものが繋がっておりました」
「ええっ!? ちょっ、それは自分もあのような変態に成り下がるということですか!?」
ピースの言葉に、テシタスが焦った声を出す。基本チャラケッタと共に行動しているテシタスは、当然チャラケッタと同じ女性を抱くことも多い。なんなら同じ部屋で男二人、女数人で組んずほぐれつなども珍しくはなかったので、その心配は切実だ。
「いえ、今大丈夫なのでしたら大丈夫だと思いますわ。とは言えいつ発症するかも知れませんし、その辺の細かい条件などは後ほどきちんと調べる必要はありそうですが」
「原因は、まあわかった。だが今はそれよりも町中で暴れる者達をどうにかする方が先決ではないか? 必要ならば今すぐ儂が全員殴り飛ばしてくるぞ?」
「ニック様……助力はありがたいのですが、それはおやめください。見た限り彼らは性的なたがが外れているようですが、現場ではそれだけです。そうなると彼らに暴力を振るってしまった場合、ニック様が罪に問われることになるかと」
「むぅ、そうか」
ピースの言葉にニックが唸る。町の衛兵などならともかく、ここでのニックの立場は単なる銅級冒険者でしかない。それが変質者とはいえ町の住民を片っ端から殴り飛ばせば普通に罰せられる可能性が高いのだ。
「申し訳ありません。私がもうちょっと権力を握っておけば事後承諾でどうとでもなったのですが……」
「いや、そこは謝るところではあるまい。だが、ならばどうするのだ? 見る限りかなりの数の人間が暴れているのであろう?」
「そこは私に秘策があります! 神の力にお縋りして、この町全体に対する浄化魔法を発動しようと思うのです」
「そんなことができるのか!?」
「勿論です。何せ私は聖女ですから!」
胸を張って言うピースに、その場の全員が絶句する。魔法に疎いニックですらも、それがどのくらい凄いことなのかは漠然と理解できたからだ。
「ということで、モレーヌは教会の奥に避難しておいてください。テシタス様もチャラケッタ様を連れて何処かに避難を」
「聖女様!? 私もお手伝いを――」
「駄目よモレーヌ。神の声を聞けるのは私だけ。それは貴方もよく知っているでしょう?」
「それは……はい」
オーゼンの件に引き続きまたもモレーヌを拒んでしまったことに、ピースの胸に僅かな痛みが生まれる。とは言え実際にどうしてもらうこともできないのだから、ピースにできるのは苦い笑みを浮かべることだけだ。
そんなモレーヌとは対照的に、素早く動いたのはテシタスだ。
「わかりました聖女様。では自分は王子を連れて用意してある避難場所に移動します。さ、王子行きますよ」
「ははは、テシタスは強引だなぁ。ご婦人はもっと優しくエスコートしなければ駄目だぞ?」
「はいはい、王子はご婦人じゃないですからね。では、後ほど」
そう言って、テシタスは強引にチャラケッタを引きずりながらさっさと部屋を出て行った。王族だけあって非常時の避難場所はきっちり確保してあるのだ。それに次いでモレーヌも一礼してから部屋を去り、残ったのはニックとオーゼンのみ。
「それで、儂はどうすればいい?」
「ニック様には、お願いが二つあります。まず一つは、あの暴れている人達を町の中……正確には町を囲う壁の内側に押しとどめて欲しいということです。浄化魔法の範囲から出られてしまうと困ってしまいますので。
町の人達を傷つけぬように押さえ込むのは難しいとは思いますが……」
「はは、そのくらいならどうとでもなる。万事儂に任せておけ!」
『やり過ぎぬように我がしっかり監視しておく。心配は無いぞ』
「フフ、それは頼もしいですわ」
ピースの頼みをドンと胸を叩いて引き受けたニックと、すかさずそれにツッコミを入れるオーゼン。そんな二人のやりとりが楽しくて、ピースは思わず笑みをこぼす。
「それで、もう一つは?」
「それは……この事件が解決したら、私と逢い引きしてくださいませんか?」
「逢い引き!?」
事件と全く関係の無い願いに、思わずニックがオウム返しに問う。
「そうです! そう言うご褒美があると、私としてもいつも以上に頑張れると思うのです! どうです? いいですか? いいですよね?」
「む、ぐぅぅ……まあそのくらいなら構わんが……だが、何度言われても儂の答えは変わらんぞ?」
「勿論、わかっておりますわ。そして私の答えも同じです」
まっすぐなピースの視線がじりじりとニックの視線を押し返し……結局ため息をついたのは、今回もやはりニックの方だった。
「はぁ、わかった。ではそれで手を打とう」
「やりました! 約束しましたからね?」
「うむ、約束だ」
ピースの細く小さな小指が、ニックの太く大きな小指に巻き付けられる。ただそれだけの小さな行為で、ピースの胸にはやる気の炎が燃え上がっていた。
「では、町の方は宜しくお願いします」
「うむ!」
最後に頭を下げたピースに、ニックは短くそう答えて窓から飛び出す。ピースの控える小部屋は大きな教会の三階にあるため、その窓から飛び出したりすれば普通ならば大変なことになるのだが、そこはニックなので何の問題も無い。
「ふぅ……さて、では私もやるべき事をやりましょう」
そうしてニックを見送ると、ピースは一人「自分にしか入れない部屋」へと足を向ける。扉を開いたその向こうにあるのは、外部から完全に隔離された黒い部屋。つるっとした質感の壁面の所々に青白い光がチカチカと瞬き、それによって照らし出されるのは、部屋の中央にある巨大な椅子。
そんな暗闇のなかで、ピースはおもむろに黄色い法衣を脱いでいく。薄い肌着も脱ぎ去り下着一枚だけの姿になると、そこでようやくベッドと椅子が合わさったような形のソレに半ば横たわるように腰を下ろす。するとあり得ないほどの弾力がピースの全身を優しく受け止め、ピースの体は半分ほど椅子の中に埋もれてしまう。
それと同時に、ピースの全身にチクりとした痛みが走る。背面なので見えはしないが、ピースの腕や足、それに背中などに無数の針が突き刺さったのだ。その先にはやや太い管が繋がっており、ピースは自分の体からゆっくりと熱が抜けていくのを感じる。
「んっ……こんなものかしら?」
クッションに沈む首の据わりを確認ながらピースが呟く。その際に視界に入った管のなかには、ピースの体から抜き取られた液体……黄金色の血が流れているのが確認できる。
その輝きが暗い部屋の中を照らしながら移動し、やがて壁の向こう側へ吸い込まれたところで……ブゥンという音と共に、室内に青い光が満ちあふれた。
「さあ、お目覚めください神よ」
『Piece of Golden keyの挿入を確認。都市防衛機構MOLJOBA 通常モードで起動します』
ピース・ゴールディにのみ聞こえる神の声が室内に響き……二二年の時を経て、古の兵装の炉心に黄金の輝きが戻った。