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父、巻き込まれる

「婚前交渉とかあり得ないよね。イッケメーンの王族たるもの民の模範として常に清い身でいなければ」


「うぅ、王子……何でこんなことに……」


 見た目はそのまま、だが中身はまるで別人のように成り果てたチャラケッタを前に、テシタスは床を叩いて涙をこぼす。


「どうしたテシタス。そんなことをしていたら拳を痛めてしまうぞ?」


「違う! 王子はそんな優しいことを言う人じゃない! 自分が泣いて悔しがっていたら、指をさして笑ってくるようなお方だ!」


「……それはそれでどうなのだ?」


「アンタに何がわかるってんだ! あの容姿と身分を鼻にかけて調子に乗った言動! 道行く女を値踏みする魚の腐ったような目! それが、それがチャラケッタ王子だったのに……っ!」


「おぅ、そうか……」


『どう反応すべきか困るところだな……』


 激高したテシタスに掴みかかられ、ニックは返す言葉に詰まる。だがその間にも綺麗になったチャラケッタ王子が「暴力は何も解決しないぞ?」と言ってテシタスの手を取り、それを受けてまたテシタスが「こんなの王子じゃない!」と騒ぐ。


「これは一体……?」


 そんななか、もっとも真剣にチャラケッタの状態を見定めていたのは他ならぬ聖女ピースだ。


「チャラケッタ様? 一体どうされたのですか?」


「やぁ、聖女様。厳しくなってきた寒さが身を引き締めるようで、修行に丁度いい日よりになってきましたね」


「修行!? 一晩で何人の女の尻を叩けるかとかじゃなくてですか!?」


「ははは、おかしな事を言うなテシタス。王子であるこの僕が、そんな爛れた生活を送るわけないじゃないか」


「王子ぃぃぃぃ!」


「あの、テシタス様? チャラケッタ様がこのようになった原因に、何か心当たりはありませんか?」


 叫ぶテシタスにそうピースが声をかけると、取り乱したままのテシタスがキッと聖女を睨み付ける。


「そんなの、どう考えてもさっきの聖水のせいでしょう! ああ、まさか聖女様の聖水が王子の汚れた心まで浄化してしまうとは……」


「いえ、そんな効果が聖水にあるわけがありません。何か他に理由があるはずなのです」


 流石に一瓶飲み干した者はいないが、それでも聖水を口にして性格が変わるなどという事例は今まで一度だってありはしない。そもそもそんな効果があるなら死罪相当の犯罪者には聖水を飲ませて無理矢理更生させるなどの使い方がとっくになされていてしかるべきだ。


「他と言われても、そんなこと……」


「何かありませんか? 変わったものを口にしたとか、未知の呪いや魔法にかかっていたとか……」


「あー、口にしたというのであれば、これですかね」


 言って、テシタスが腰の鞄から小瓶を取り出す。ただし中に入っているのは液体ではなく、暗紫色の小さな種だ。


「これは?」


「一週間くらい前に、王子のことを訪ねてきた行商人から買ったんです。これに水を満たして一晩おいて、その後その水を飲むとなんかこう、ヤバいくらいに力がみなぎるんですよ。これのおかげで一晩に何人でも相手に出来るって、王子はよく飲んでました」


「王族ともあろう者が、よくそんな得体の知れないものを口にしたな!?」


「それは……あれ? そう言えば何で……まあ王子の事なんで、きっといつものノリでやっちゃったんでしょうけど」


『この者は護衛なのだろう? 仕える王族に何かあればこの者もただではすまぬだろうに……まあこの主にしてこの従者あり、なのかも知れんが』


 一瞬考え込んだテシタスだったが、すぐに何でもない顔をしてそう口にする。常識的に考えれば不自然極まりないのだが、元が元だけにニックもオーゼンもそれ以上に追求することはなかった。


「少し調べさせてもらっても?」


「構いませんよ。どうぞ」


 そんななかピースはテシタスから小瓶を受け取ると、中身の種を取り出して手のひらにギュッと握り混む。そうしてギュッと眉をひそめて意識を集中させ……


「そんな!?」


「どうしたピース!? 大丈夫か!?」


「ニック様……申し訳ありません。あまりにも驚いたもので。こんなものが存在していられるなんて……」


 驚愕に目を見開きながら、ピースは手の中の小さな種を改めて観察する。こうして見るだけならば、何処にでもありそうな植物の種だ。だがその中身はこの世の理をあざ笑うかのような埒外の力の塊。


「この種には、大きく分けて二つの力が満ちています。ひとつは闇。とても強く大きな、それでいて口には出せない危うさのようなものを宿す闇の力。


 そしてもうひとつは光。あらゆるものを浄化する黄金の輝き……私の作る聖水の力です」


「『何だと!?」』


 震える声で言うピースに、ニックのみならずオーゼンすらも思わず声をあげる。


「こうして現物を目の前にしても信じられません。闇の力と光の力がせめぎ合えば、互いに打ち消し合い弱まっていくだけのはず……なのにこの種の中では、相反する二つの力がその力を保ったまま存在しているのです。一体どうやったらこんなことができるのか、しかもその片方が私の聖水の力だなんて……」


『相反する二つの力…………まさか、あの道化の男か!?』


 オーゼンの言葉に、ニックの脳裏にかつて討ち漏らした魔学者を名乗る男の姿が浮かび上がる。だがその詳細は今考えてもどうにもならないことだと気を取り直し、言葉を続けているピースの方に顔を向け直す。


「この種の力は、テシタス様がおっしゃったようにそれを取り込んだ人間に力を与えるようなものだと思います。ですが効果自体は一時的でも、使い切った力の残滓とでもいうものが体内に長期間留まり続けるようです。そうしてそれが一定の濃度を超えた時……」


「ど、どうなるのだ!?」


 ポヤポヤした発言を繰り返す王子を放り出し、テシタスが勢い込んでピースに問う。自分も飲んでいただけに王子のことよりも気になったのだ。


 だが、そんなテシタスに対しピースはゆっくりと首を横に振る。


「そこまではわかりません。ただこのような得体の知れない力、どう考えてもよい方向に変わるとは……」


「ぐぅぅ……な、ならもう飲まねば大丈夫なのか? 自分は王子のようなアッパラパーになって女を抱けなくなるのは御免だぞ!?」


「アッパラパーって……えーっとですね」


「聖女様!」


 あまりと言えばあまりのテシタスの物言いに一瞬言葉に詰まるピースだったが、そこに乱暴に扉を開けて飛び込んできた者がいる。


「モレーヌ!? どうしたのですか?」


「大変です! 町が、町の人達が……!」


「落ち着いてくださいモレーヌ。町の人達がどうしたのですか?」


 息を切らせるモレーヌに駆け寄るピース。だがその肩に聖女の手を置かれてもなおモレーヌの動揺は収まらない。


「それがその……とにかくまずは、窓の外をご覧ください」


「外ですか? わかりました」


 言われてピースが部屋の窓に近寄り、ニック達もそれに追随する。果たして窓の外に広がっていたのは……正しく地獄絵図だった。


「何という……」


「これは酷いな……」


「うわぁ……」


 その光景に、ニック達は三者三様の声をあげる。窓の外では窓の外では下半身を丸出しにした中年男性が木箱の上に立ってぶるんぶるんと己のソレを振り回していたり、全裸の女性が奇声を上げながら己の尻を両手で叩いたりしている。


「モレーヌ? これは一体……?」


「わかりません。ですがほんの少し前に、突然町中でこのような変質者が暴れ始めたのです。話しかけてもまともな反応は返ってこず、かといって暴力を振るったりはしないようですが……ああ、この手の暴動には珍しく、どうやら女性の方が数が多いという話は聞きましたが」


「女性の方が多い……ひょっとして?」


 モレーヌの言葉に思いつきを得て、ピースが綺麗なチャラケッタへと歩み寄る。


「失礼致します、チャラケッタ様」


「おやおや、年頃のお嬢さんがむやみに男性の体に触れるものではありませんよ?」


「ぐっ……し、失礼します……」


 キラッと歯を輝かせるチャラケッタに生理的な不快感を覚えつつも、ピースはチャラケッタの胸に触れて魔力を流す。先ほどの種のときよりも更に入念に力の流れを探っていき……


「わかりました。どうやら原因はチャラケッタ様にあるようですね」


 真面目な顔で言うピースに、モレーヌ以外の面々は「まあそうだろうなぁ」と深く頷いてみせた。

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