父、絡まれる
「うむ? 何やら騒がしいな」
少年達との交流を経て町へと戻ってきたニックとオーゼン。ソーマ達は宿に戻って反省会をするというので一人何とはなしに冒険者ギルドへやってきたニックだったが、そこは扉の前からわかるほどの喧噪に包まれていた。
『問題事か?』
「さあな。ま、入ってみればわかるであろう。邪魔するぞ!」
声をかけて扉を開ければ、中は無数の冒険者がごった返していた。この町に来てしばらく経つニックにしても初めて経験する人口密度だ。
「これは……? すまぬ、何かあったのか?」
「ん? アンタ話を聞いてないのか? この町に向かってワイバーンの大群が迫ってきてるんだよ」
「ワイバーン……それはなかなかに物騒だな」
『おい貴様、ワイバーンとは何だ?』
(ワイバーンは、リザードの一種だな。コウモリの様な薄い羽とトカゲの胴体を持ち、空を飛ぶ魔物だと言えば想像がつくか?)
情報を教えてくれた男の注意が既に自分から外れていることを確認し、それでも一応ニックは小声でオーゼンに説明した。もっともギルド内はかなりの喧噪に満ちており、普通に話しても誰も気にしなかったであろうが。
『空を飛ぶ魔物か。確かに数が揃うと厄介そうだ。この世界における対空攻撃はどんなものがある?』
(一番多いのは弓か? 次いで魔法であろうな。砦であれば外壁にバリスタを設置しているところもあるが、町ではまずないであろう。だがワイバーン程度なら通常の弓が通じる相手だ。数が揃えば十分対抗できるであろうし、だからこそこの状況なのだろうがな)
『そうか』
大砲や銃のような遠距離武器の名があがらなかったことにオーゼンは技術の衰退を感じたが、それでもニックが落ち着いているところやギルド内に活気はあっても怨嗟が溢れているわけではないところから対処の出来る驚異なのだろうと判断した。
『ならば貴様はどうするのだ? この騒ぎ、貴様も参戦するのか?』
(そうだな……)
「皆さん、良く集まってくれました!」
ニックが答えるより早く、ギルド内に大きな声が響き渡る。見れば受付カウンターの上に一人の男性が立っていた。平時ならば行儀が悪いと怒られそうだが、この状況で注目を集めるならあれが一番いい方法だろう。
「私はこのアリキタリの町の冒険者ギルドのギルドマスターであるヘイボンと言います。現在、この町の東からおよそ五〇匹のワイバーンがこちらに向かってきているとの情報が入っております。
斥候を走らせているので詳細な情報はもうしばらくお待ちいただきたいのですが、それでも早めに対処しなければこの町は大きな被害を被ることになるでしょう。そこで皆さんには緊急依頼を受けて頂きたい!」
やや大げさな身振りでヘイボンがそう言い切ると、いそいそとカウンターの上から降りた。それを確認して受付嬢がいつもの位置に戻り、今度は彼女が声をあげる。
「今回の依頼はこの町にやってくるワイバーンの撃退です。方針としては町の防壁の外で待機、遠距離攻撃できる方にワイバーンを撃ち落としてもらい、それを近接攻撃で順次叩く、という感じになります。
ただしワイバーンの数が極めて多く、戦闘は混戦になると思われます。なので参加される方はその辺を踏まえてご自身の実力と相談してください。あまりに実力が足りないと思われる方はこちらの判断で参加を断らせていただくこともあります。
なお、報酬は参加で銀貨三枚、撃退成功時は貢献度に応じてワイバーンの素材や魔石などを分配し、現物または金銭でお渡しすることになると思います。
それでは、依頼の受付を開始致します!」
受付嬢の宣言に、ギルド内の冒険者が動き始める。我先にと依頼を受諾しに行く者、誰が受けるのかと様子を見る者、自分には無理だと諦めてギルドを出ていこうとする者。そこには三者三様な様子が散見されるが、そんななかニックは依頼を受けるべく長い列の端にその身を置いていた。
『ふむ。やはり依頼を受けるのか』
(まあな。せっかく知り合いも増えてきたのだ。流石にここで町を見捨てたりはせんよ)
『で、あろうな。我としても異論はない。この程度の厄介ごとなどさっさと片付けてみせよ』
(ワハハ。任せておけ)
「次の方、どうぞ!」
「む? 儂の番か」
状況が状況だけに、依頼の受諾もかなり手際よく進んでいたようだ。あっという間に自分の順番が来て、ニックが一歩カウンターに歩み寄る。
「ニックさん!? ニックさんもこの依頼をお受けになるんですか?」
「そのつもりだが……何か問題があるのか?」
「それは……」
ニックを前に、受付嬢の表情は優れない。シドウから相当強いと聞きはしたが、それでも彼女にとってニックは初心者講習を終わらせたばかりの新人冒険者であったからだ。
「あの、ニックさん? ニックさんが強いって話は聞きましたけど、でもやっぱりやめておきませんか? 今回の依頼は今までとは段違いに危険度が高いです。遠距離武器を使うならいいんですけど、ニックさんは、その……」
「そうだな。儂の武器はこの拳のみ。近づいていって殴るだけだ!」
ニカッと笑って見せるニックだが、それでも受付嬢の不安は消えない。一般人である彼女にニックの強さを見た目以外から感じ取ることなどできず、そして彼女は善良な人間であったからだ。
「……やっぱり危ないです。なりたての銅級冒険者であるニックさんを参加させるわけには――」
「銅級が参加を要求してるだとぉ!?」
不意に、列の背後からそんな声が聞こえてきた。ニックが振り返ってみればそこにはやたら棘の付いた金属鎧を身につける男の姿がある。
「何処の身の程知らずだよ! 参加だけで銅級にゃ目の飛び出る報酬がもらえるからって、そりゃ欲張りすぎってもんだろ!」
「カマッセさん!」
「応よ! 期待の銀級冒険者、カマッセさんだぜ! で、何処のどいつだよその世間知らずのアホは?」
「えっと、こちらの方ですけど……」
「んー?」
カマッセの視線がニックを捉える。が、すぐにそれはスッと横に逸れて更に周囲を見回す。
「何処のどいつだよ? その身の程知らずのガキは!?」
「あの、ですからこちらのニックさんです……」
カマッセの視線が、再びニックを捉える。が、またもスイッと横に逸れて周囲を見回し……
「儂がその身の程知らずだが、何か言いたいことがあるのか?」
「……え、マジで?」
三度目にしてニックの顔を直視したカマッセは、思わずその場で固まった。彼の予想ではそれこそ成人したての子供が馬鹿な我が儘を言ったのだろうと思っていたが、目の前にいたのは見るからに強そうなオッサンであった。
「……で、でも! このオッサン、銅級なんだろ? 受付嬢ちゃんにだって止められてるし、ならやっぱりただの馬鹿じゃねーか! も、もっとこう立場をさ、弁えろって言うか……」
「んー?」
「ひ、引っ込んでろよ銅級! 俺、俺は銀級! 期待の銀級冒険者のカマッセだぞ!」
ニックは特に凄んでいるわけではないのだが、カマッセの方は明らかに腰が引けていた。明らかに実戦で鍛え上げたと思われる鋼のような筋肉を全身に纏った身長二メートルを超える大男の強さは、銀級冒険者だからこそ感じ取ることができた……できてしまったからだ。
でも、引けない。ここで引いたらかっこ悪い。これで潔く謝れるようならトゲトゲの鎧なんて身につけたりしない。カマッセはそれなりの実力を遙かに超える強い自己顕示欲の持ち主だった。
「ほほぅ。町がヤバいってシドウが騒ぐから押っ取り刀で駆けつけてみたが、何やら面白いことになってるな」
そんな二人の間に割って入るような声。ニックがそちらに顔を向ければ、そこには一見布そのままのような服を纏った壮年の男が立っていた。