チャラ王子、けしかける
「ハァイ! そこ行くお兄さん、ちょっといいかい?」
翌日。今日も今日とて教会に出向くニックに、不意に道端から声をかけてくる女性の姿があった。
「ん? 儂のことか?」
「そうだよ。お兄さんアタシ好みのイイ体してるじゃない。どう? 今なら格安……いいや、タダでもいいからアタシと遊ばない?」
いかにも扇情的な衣服に身を包んだ女性が、ニックの太い腕に抱きつき腰をくねらせる。その柔らかな感触と鼻をくすぐる甘ったるい匂いは並の男ならば即座に陥落させるだけの威力があったが、それを仕掛けた相手は残念ながら並の男ではなく筋肉親父であった。
「ははは。日も高いうちから商売熱心だとは思うが、生憎今は用事があってな。悪いが他を当たってくれ」
「うぅん、つれないねぇ。なら用事が終わった後ならいいってことかい? それなら今夜は予定を空けておくよ?」
「うむん? あー、これは言い方が悪かったか。そういうのは妻だけで十分なのだ」
「そう? 残念だねぇ。でも気が変わったらいつでも声をかけておくれよ?」
ニックの答えに、割とあっさりとその女は腕を解く。そのままヒラヒラと手を振って別れ、戻っていく路地の先にいたのはチャラケッタ王子達だ。
「ウェイウェイウェーイ! 何か随分あっさりじゃね?」
「もうちょっとくらいは食い下がってもよさそうだったが?」
「はは、ありゃ無理だよ」
抗議の声をあげるチャラケッタ達に、娼婦の女は肩をすくめてみせる。
「目を見りゃわかる。ありゃ絶対浮気とかしないタイプだね。あれ以上食い下がっても印象が悪くなるだけだし、なら次に繋げた方がまだマシってもんさ。
とは言え失敗は失敗。約束通り報酬は最初の金だけでいいよ」
そう言うと、女はテシタスから金を受け取りそのまま路地の奥へと消えていった。その悩ましい腰つきにチャラケッタの手が伸びかかるが、それより先にテシタスが声をかける。
「じゃ、次に行きましょうか王子」
「ウェイ!? あー、そうだな……なあテシタス? 今の――」
「ご心配なく。今夜のお相手にはあの女もきっちり呼んでありますので」
「ウェイウェイウェーイ! さっすがテシタス! できる護衛は違うねウェーイ!」
気の利いたテシタスの言葉に、チャラケッタがバシバシとその肩を叩く。
「痛い、痛いです王子。ほら、それより行かないとオッサンを見失っちゃいますよ?」
「アゲアゲで行こうぜ! ウェーイ!」
すっかり気分の良くなったチャラケッタ達が路地の影を走ると、そこでは次なる刺客に襲われている筋肉親父の姿があった。
「やっほー! お客さん!」
「む? ああ、この前の定食屋の娘ではないか。どうしたのだ?」
次にニックに声をかけてきたのは、先日食事をした店で給仕をしていた娘であった。明るく元気な笑顔をはずませ、その娘がニックの方へと駆け寄ってくる。
「ふふ、お客さん凄い食べっぷりだったから、ちゃんと覚えてたんだよ。ねえねえ、またウチで食べていってくれない? 今ならとっても美味しいデザートも付くわよ?」
そう言うと、娘は自らの腕で持ち上げるようにして大きな胸をタプンと揺らしウィンクする。先ほどの娼婦の妖艶な雰囲気とは真逆の健康的な色気は、並の男なら食いつくこと請け合いだが……彼女の前に立つのは筋肉親父である。
「はは。飯は美味かったからまた寄らせてもらうが、狙うならもっと若い男にしておけ。儂のような中年に媚びを売っても何も出んぞ?」
「ぶー。子供扱いして! 私ってそんなに魅力ない?」
ニックに笑って頭を撫でられ、不本意そうに給仕娘が唇を尖らせる。
「無いとは言わぬが、娘のような歳の相手にそんなことを言われてもなぁ。儂を誘惑したいなら、あと一〇年は年を取らねばな」
「へぇー。じゃ、その言葉通り一〇年待ったら、すっかり行き遅れになった私をお客さんが貰ってくれるの?」
「ぬぁっ!? いや、それは……」
思わぬ切り返しに焦ったニックを見て、給仕娘がペロリと舌を出す。
「ふふん、人を子供扱いした罰よ! あ、でも、お店にはまた食べに来てね」
「ああ、そうさせてもらおう」
互いに笑顔で別れを告げて、給仕娘が戻っていくのはやはり路地裏だ。明らかに不自然な身なりの二人をすぐに見つけると、そのまま小走りに近寄っていく。
「ごめんなさい王子様。私じゃ駄目だったみたいです」
「ウェイウェイ。気にすんなって。君も十分可愛いよ?」
「そうですよお嬢さん。自分なら今すぐペロリです」
言いながらも、テシタスの手が給仕娘の双丘に伸びる。そのままひと揉みすれば娘の口から甘いあえぎ声が漏れ、次いでペシッとテシタスの頬が音を立てる。
「もうっ! スケベな騎士様! そういうのは夜だけですよ?」
べーっと舌を出してから、クスクス笑いつつ給仕娘が店へと帰っていく。その後ろ姿を見送ったところで、テシタスが口を開く。
「あの、王子。今夜なんですが……」
「ウェイウェイ。皆まで言うなテシタス。女の子が増えることに俺ちゃんが文句を言うとでも思ったか?」
「流石王子! 一生ついていきます! では、次の仕込みのところまで移動しましょう」
「ウェーイ!」
再びチャラケッタ達が物陰を走る。着いた先で筋肉親父に食らいついていたのは、満を持した第三の刺客。
「ねえねえ、おじちゃん。おじちゃんがニックっておじちゃん?」
「む? 確かに儂はニックだが……お主は?」
突然見知らぬ少女に話しかけられ、ニックはその巨体の膝を折って少女に答える。相手はおそらく六歳前後と思われ、その姿勢でもまだニックの方が視線が高いがこれ以上はどうしようもない。
「えっとねー。お小遣いをくれたらワタシのこと抱いていいよー?」
「小遣い? 話が見えんのだが……」
「抱いてー! ねえ抱いてよー!」
ニックがしきりに首を傾げる前では、少女が両手を高くあげてぴょんぴょんとその場で跳びはねている。
「ふむ、まあ抱いてというなら抱いてもいいが……こうか?」
「うわぁ、たかーい!」
少女の脇の下に手を入れてニックが抱き上げると、少女が楽しげな声をあげる。
「お、高いのが好きなのか? ならほーれ!」
「きゃー、もっとたかーい! キャッキャッ!」
はしゃぐ少女に気をよくし、ニックは何度も少女の体を上下にあげたり下げたりしていく。そうしてひとしきり遊んだところで手を離すと、不意に少女が近くにいた衛兵の所へと走って行った。
「ねえねえ、おじちゃんは衛兵のおじちゃんですか?」
「ん? そうだが、俺に何か用か?」
「あのね、ワタシあのおじちゃんに抱かれたの!」
「? そうだな、抱かれていたな」
少女の言葉に、衛兵の男は頷いてみせる。この場に立っていたのだから、ニックが少女を抱き上げていた姿は当然見ている。なので改めてそう言われてもそれ以上に返す言葉は衛兵の男には思いつかない。
「それがどうかしたのか? 楽しそうにしていたように見えたが、ひょっとして何処か怪我でもしたのか?」
「んーん! それだけ! じゃ、またねおじちゃん!」
改めてそう聞いた衛兵の男に、少女はそう言って手を振ると走り去っていった。その姿を見てニックもまた少女が遊びに満足したのだと判断し歩き出す。
勿論、衛兵の男はそれをとがめたりしない。最近よく見る冒険者が町の子供と遊んだだけ……事件性など何も無いのだから。
そしてそんな光景を、なんとも言えない顔で眺める二人組の美男子。
「おいテシタス。あれどういうこと?」
「いえ、世の中には幼女趣味の男だっておりますから。もし子供に手を出すようなら聖女様に嫌われるのは確実ですし、そもそも犯罪者として堂々としょっ引けますから」
「いや、そうだけど……ウェーイ……」
「おにいちゃん!」
と、そこに件の幼女が走ってやってくる。
「言われたとおりにやったよ!」
「うむ。よくやってくれたな。ではこれがご褒美だ」
「わーい!」
テシタスから焼き菓子の詰まった袋を渡され、少女が満面の笑みで走り去っていく。当然そこには色気も何も無く、流石のチャラケッタもその子をベッドに呼ぼうとはつゆほども思わない。
「んー、まいっか。ウェーイ、次だ次! テシタス!」
「仰せのままに。まだまだ沢山仕込んでますからね」
その後もニックには清楚系神官娘による泣き落としやブツブツと独り言を呟く心を病んだ女性の脅迫めいた告白、母性本能が溢れているオバチャンからの直接的なお誘いから上品な生き様を皺と刻んだ老婦人による気品溢れる招待まで、ありとあらゆる年齢、性格の女性がそれぞれの方法で声をかけていき……その全てを断ったニックがげっそりした顔で教会に辿り着いたのは、宿を出てから実に三時間後のことであった。