チャラ王子、考える
第七回ネット小説大賞の最終選考が発表されました! 残念ながら力及ばず……っ! 応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。これに懲りることなく、今後も面白い物を書き続けていきますので、引き続き応援よろしくお願い致します。
「ウェーイ」
「あ、お疲れ様です王子。随分早かったですね」
数時間は戻ってこないと思っていたチャラケッタの早すぎる帰還に、馬車の前で待っていた護衛の騎士が軽い口調でそう言う。そんな彼もまたかなり整った容姿をしており、馬車を遠巻きにしていた女性達の口から美男子二人が揃ったことによる黄色い悲鳴がこっそりとあがる。
「まあねぇ。俺ちゃんだって気が乗らないこともあるさぁ」
そんな女性達に輝く笑顔で手を振ると、チャラケッタは馬車へと乗り込む。その後から護衛の騎士も乗り込むと、馬車は王子達の宿泊する宿へと向けて走り出した。
「その様子では、今日も駄目でしたか。王子にしては珍しい。それほどあの聖女様は身持ちが堅いので?」
「んー、それがさぁ、何か違うみたいなんだよね。最初は俺ちゃんの身分を気にしてるのかとか、単に照れてるのかとも思ったんだけど、何とあの聖女ちゃん、オッサン趣味らしいんだよ」
「うわっ、人は見かけによらないですね。そりゃ王子に落とせないわけですよ」
「ウェーイ!」
肩をすくめて見せる護衛の男を、チャラケッタが軽く拳で小突く。王子とその護衛としてはあまりに気安い関係だが、この二人にとってはこれが平常であり、公式の場でもないかぎりそれを気にする者はいない。
「でも、それじゃどうするんですか? 聖女様は諦めます?」
「それな。どうすっかな……」
護衛の男の言葉に、チャラケッタは首を傾げて思案する。教会で見た男の容姿からして、聖女の好みは四〇代くらいのがっちりした筋肉質の男だというのが推測できる。
対してチャラケッタはスラッとした細身の二一歳。男女の全身運動は意外と体力が必要なため細くてもしっかり筋肉がついてはいるが、筋肉の塊が動いているようなあの男とでは比較にもならない。
如何にチャラケッタと言えどもたかだか女一人のために何十年も努力するつもりなどないし、そもそも聖女の好みに「年上好き」があった場合は永遠に条件が達成できない。つまり「自分を聖女の好みに合わせる」のはこの時点でチャラケッタの方針から排除された。
「自分がこういうのも何ですけど、正直そこまで聖女様に拘る理由があるんですか? 王子なら他にいい女なんていくらでも引っかかるじゃないですか」
と、そこで悩むチャラケッタに護衛の男がそんなことを口にする。実際チャラケッタが声をかければほとんどの女は靡く。そもそもよほどの大貴族でもなければ他国だろうと王族の誘いを断ることなどできないというのもあるが、若い美男子に耳元で甘い言葉を囁かれ、しかもそれが王子ともなれば大抵の女は喜んで尻を振る。
それはチャラケッタがこの国に来て抱いた女の数が三桁に届いていることからも疑いようのない事実であり、「女」という括りで言うなら聖女に拘る理由など何一つない。
「ウェーイ。そう言っちゃえばそうなんだけど、でもそれって俺ちゃんが振られたみたいになっちゃうじゃん? それはなんか、イケてなくね?」
「何を今更。王子が振られることなんていくらでもあったじゃないですか。主にスカシータ様に持って行かれることが」
「ちょっ、それを言うなし! ウェイウェーイ!」
「痛い、痛いです王子! やめてくださいよ!」
チャラケッタは第二王子であり、であれば当然彼の上に第一王子がいる。二歳年上のスカシータはチャラケッタと違って落ち着いた雰囲気を纏う大人の男を演出しており、その歯の浮くような口説き文句は「耳元で囁かれるだけで腰が砕ける」と一部の貴族のご婦人方には有名だった。
どちらかというと平民にウケのいいチャラケッタに対しスカシータは貴族令嬢の人気が圧倒的で、国を飛び出し外遊に出るまでは目をつけた令嬢がサクッと兄にかっさらわれることは、チャラケッタにとってよくある日常だった。
「そりゃ俺ちゃんだって兄貴にもってかれるなら諦めるぜ? でもあんなオッサンに負けるってのはなぁ。つか聖女ちゃんも聖女ちゃんっしょ! あんな年上のオッサンとか勃つものも勃たねーって!」
「そうですか? 国王陛下は未だ現役バリバリなのでは?」
「うっ、そりゃそうだけど……萎えること言うなよウェイウェーイ」
「す、すみません王子」
再び王子に肩を叩かれ、護衛の男が頭を下げる。イッケメーン王国国王、シブメノ・イッケメーンは齢五〇を超えてなおあらゆる意味で『現役』であり、今も王宮ではチャラケッタの弟か妹が絶賛仕込まれ続けている。
もっとも、その結果産まれてきた者達が本当に弟や妹になれるかどうかはまた別の話なのだが。
「でもそっか。ならあのオッサンもエロいことしたくて俺の聖女ちゃんを独占してるわけで……ウェーイ、これはいけるか?」
「おっと、王子。何か思いつきました?」
チャラケッタの漏らした呟きに、護衛の男が問う。
「いやさ、あのオッサン、聖女ちゃんの前だからって俺ちゃんに対して対抗心バリバリで見栄張りまくってたんだよね。王子の俺ちゃんにだぜ? そういう態度に純朴な聖女ちゃんがコロッと騙されてるんだろうけど……だとしたらあのオッサンの本性を暴いてやれば、聖女ちゃんも目が覚めて俺ちゃんのところにコロコロ転がってくると思わね?」
「はぁ。自分はそのオッサンとやらを見てないので何とも言えませんけど、面と向かって王子に楯突くのは確かに不自然ですね。
あ、でもそのオッサンとやらが、実は他国の王族だとかってことはないんですか?」
「ウェーイ! 普通ならその可能性もアリだけど、あのオッサン自分を『銅級冒険者』って名乗ってたから、それは無いっしょ。どっかの大貴族か有名な冒険者の使いっ走りだろうから、その辺の後ろ盾はあるだろうけどさ」
自分のような例があるため、王族がこんな所に一人でやってくるはずが無いとは言わない。が、そういう人物が「銅級冒険者」になることは無い。身分を捨てていない雑用係などという扱いに困る存在は冒険者ギルドが全力で回避に回るし、逆に銅級冒険者になれるのであれば、それは死んでも家から苦情が届かないような捨てられた存在だからだ。
「では、そのオッサンの背後関係から調べてみますよ。まあ後ろに大物がいたとしても、使いっ走りの中年親父を身を挺してかばうとは思えませんが」
「ウェーイ!」
護衛の男の言葉に、チャラケッタが楽しげに頷く。
「で、その後はどうします? 始末しますか?」
「いやいや、そんな野蛮なこと俺ちゃんがするわけないじゃん! むしろ俺ちゃんとしては、あのオッサンにもいい目を見させてやろうってわけ」
「ほほぅ。具体的には?」
「適当な女を集めて、オッサンに色仕掛けさせるとかどうよ? 他の女の臭いをプンプンさせてたら、聖女ちゃんだってオッサンの本性に気づくんじゃね?」
「……効果ありますかね? それで嫌われるなら、王子も駄目なのでは?」
この町で最も女の臭いを纏っているのは、間違いなくチャラケッタ王子だ。しかも王子はそれを隠すつもりすらなく、町中で堂々と色んな女に声をかけては宿に連れ込んでいる。
であればそのことを聖女が知らないとはとても思えないし、そういう人物が嫌いなのであればチャラケッタこそが一番の対象外となるわけだが、慌てたチャラケッタは何故か自分の体の臭いをクンクンと嗅ぎ始める。
「ウェイ!? 俺ちゃんは終わった後の身だしなみには気をつけてるぜ!?」
「いえ、そういうことではなく……まあ無駄ってことはなさそうなんで、やるだけやってみたらいいんじゃないですかね? 駄目でもどうってことないですし」
「ウェーイ! そういうこと! 女なんて声かけりゃいくらでも釣れるし、何なら娼婦を買ってもいいし、その辺はまあテキトーに頼むよ。で、駄目だったらまた考えよう」
「わかりました。じゃ、適当に頑張ってみますね」
「ウェーイ!」
気の抜けた護衛の男の言葉に、チャラケッタはそう答えて馬車の座席に深く身を沈めた。そのまま顔を横に向けると、馬車の窓から走り去る町の様子を眺める。
「待っててくれよな聖女ちゃん。俺ちゃんが聖女ちゃんの歪んだ好みを矯正してあげるからさ」
ニンマリと笑うその顔には、何の悪意も存在しない。それは心の底から「自分に惚れない女などいない。いるならそれは気の迷いを起こしてるだけだ」と信じて疑わないが故に。そのまま馬車は進んでいき――
「ウェイ!? ちょ、とまれ! 馬車とめろ!」
「うおっ!? どうしたんですか王子?」
突然馬車を停止させたチャラケッタの言葉に、護衛の男が驚きの声をあげる。だがそれを完全無視して王子はしきりに馬車の外を歩く人物を指さす。
「馬鹿、見ろあれ! 何だあの尻! 超デケェ! メッチャ叩きてぇ!」
「ああ、王子の好きそうな子ですね。自分は隣の子の方が好みですが」
「ウェーイ。流石俺ちゃんの見込んだ護衛。近いけど被らない好みってのが最高にイケてるぜ! ってことで、行くぞテシタス! ついてこい! 今夜はあの尻を二つ並べて一緒に楽しもうぜ! ウェーイ!」
「はいはい。何処までもお供しますよ王子……おーい、そこのお嬢さん方! ちょっと我らの話を聞いてみないかね?」
勢い込んで馬車を飛び出すチャラケッタと、それに付き添う護衛騎士テシタス。そんな二人の泊まる宿では、今夜も一晩中女達の嬌声が響き渡るのだった。