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父、取りに行く

 そうして無事聖水を手に入れることのできたニックは、早速宿に戻るとオーゼン解呪のための準備を整えた。借りた木桶に水を張りそこに聖水を一瓶入れてかき混ぜると、ただの水がほのかに光を放ち始める。


「これは効き目がありそうだな。では行くぞオーゼン?」


『うむ……』


 結局聖水の謎は何一つ解明されなかったため、今一つ気の進まないオーゼンが生返事を返す。が、特に気にすることもなくニックがゆっくりとオーゼンの体を木桶の中に沈めていくと、突然オーゼンが焦った声をあげた。


『これは……っ!? おい貴様、これは大丈夫なのか!?』


「ど、どうしたオーゼン!? 何かおかしいのか?」


『おかしいというか……一応聞くのだが、我は溶けたりしておらぬか?』


「むぅ? 儂の見た限りでは何も変化はないが……というかお主とてたかだか水でどうにかなることなど無いと言っていたではないか」


『そうなのだが……これは……ぐむぅ』


 そう言われてオーゼンは言葉に詰まる。確かにそれは嘘ではないのだが、今オーゼンを襲っているのはまるで体が内側から崩れていくような未知の感覚。


「何か問題か? 一旦取り出すか?」


『……いや、それには及ばぬ。体の中で泡が弾けて消えていくような奇妙な感じだが……不快ではないのでな』


 そんな初めての経験に酷く戸惑ったオーゼンだったが、すぐに冷静になってみれば少なくとも危険を感じるようなものではない。であれば慣れの問題だろうと、オーゼンは警戒して張り詰めすぎていた魔力感知の感度を一段階下げた。そうすることで敏感すぎる刺激が和らぎ、むしろ心地よさすら覚えるようになる。


「ならば構わんが……まあ今日はもう外出する用事もない。儂も部屋でゆっくりしているから、お主もそのまま体を癒やすがよい。まあ人が病にかかるのとは違うのだろうから、安静にしていて解呪が早まるというわけではないのだろうが」


『ハハハ。そうだな。だが我としてもこれは初めての経験であり、興味深い。貴様の言葉に甘えてじっくりと解析させてもらおう』


「うむ。では、何かあったら声をかけるのだぞ」


 ニックとの会話を終え、オーゼンは己の身の内に起きている変化を詳細に調べていく。するとそこでは驚くべき変化が起こっていた。


(これは凄いな。アトラガルドの時代であっても……いや、アトラガルドであればこそこのような方法はあり得なかった。聖女の作った聖水……これほどのものか)


 オーゼンの内部に存在する、幾千万もの魔力線。聖女は血管と例えたが、どちらかと言うなら神経系の方が近いそれに、聖水からもたらされるやたらと濃密な魔力に近い何か(・・・・・・・)がゆっくりと浸透していく。


 そうしてオーゼンの奥深くまで届いたそれ(・・)がオーゼンの力を封じている呪いのところまで辿り着くと、その黒い束縛をじわりじわりと溶かしていく。アトラガルドの理路整然とした対処法と違い、いかにも有機的なその処方はオーゼンをして未知のものであり、それに対する興味は尽きることがない。


(……ふむ、問題はなさそうだな)


 そんな風に自己分析に浸って無言になったオーゼンを、ニックは室内で筋トレをしながら見守り、ふと小さく笑みを漏らす。ピースの実力を信じてはいたが、それでもこうして実際の効果を目の当たりにすれば一層の安堵が胸に落ちる。であればあとは時間の問題のみだ。


(時間もあることだし、ここは儂も基礎からみっちり体の動きを見直してみるとするか)


 当分は部屋に居続けることになる日々を見越し、ニックは脳裏に多種多様な訓練方法を思い浮かべる。そうやってニックとオーゼンの解呪を目指した日々は、静かに幕を開けた。





「ようこそいらっしゃいましたニック様!」


「おう、来たぞピースよ」


『本日もよろしく頼む』


 そんな日々が始まって五日目。その日も聖水を受け取りにやってきたニックは、慣れた様子で初日と同じく聖女のいる部屋へと通され、ピースからの満面の笑みで出迎えられた。


 なおオーゼンを普通に連れ出しているのは、宿に置いたままにするのは許容できず、かといって木桶のまま持って歩くのはあまりにも目立つからだ。


 外に出している時間分だけ解呪の効率は下がるが、日に二、三時間連れ出したとしても伸びる期間は精々一日か二日程度なので、そのくらいなら普通に鞄に入れて持ち歩く方がいいというのがニックとオーゼン二人の共通見解だった。


「いつも足を運ばせてしまいまして、申し訳ありません。本当は私が出向くか、せめてすぐに聖水をお渡しできればよいのですが……」


「気にするな。お主が儂の宿を訪ねたりしたらその方が騒ぎになって大変であろうし、すぐに聖水が用意できぬのも別にお主のせいではないのだからな」


「そう言っていただけると助かりますわ。では、本日もたっぷりとお話を聞かせていただきますね。さ、早くお座りになってくださいな!」


「ははは、そう焦るなピースよ」


 笑顔でニックの手を引くピースに、ニックもまた笑いながら席に着く。神の啓示が降りなければ聖水は作れず、それが降りてくるのが明確にいつと決まっているわけではない以上、ニック達はどうしてもここで待機する時間ができる。


 本来ならばピースが聖水を作成した直後にニックの泊まっている宿に使いを出すのが……それ以前に前日に作った分を翌日に渡せばそれですむ話なのだが、ピースがどうしても自分の手でできたての聖水を渡したい……その実ニックと少しでも一緒にいたいという可愛い我が儘を要求し、ニックもまたそれを笑顔で了承したことから、こうして午後の五の鐘から六の鐘の間をこの部屋で過ごすことになっているのだ。


「さて、では今日は何処からだったか……」


「確か(いにしえ)の邪竜ヒメトカ・カドワカスに攫われた私をニック様が助け出して、横抱きにされながら宿に戻ったところですわ! その後二人は……きゃっ!」


「そんな話はまったくしておらんし、そんな事実も存在しないのだが!?」


「あら、そうでしたか? 私ったらついうっかり……ウフフ」


『本当にこの娘はぶれないな……』


 この五日ですっかりピースの言動に馴染んだオーゼンがそれでも呆れた声を出したりしつつ、今日もニックが冒険譚を語る。ごく稀にある巡礼以外では基本この町を出られないピースはその話を楽しげに聞き、まだ見ぬ世界に思いを馳せる。


 そんな幸せな時間が始まって、おおよそ三〇分後。


「ここ? ここにいるの? おーい聖女ちゃーん! 俺ちゃんが来てやったぜー?」


「お待ちください王子! ただいま聖女様は来客の応対を――」


「らいきゃくぅー? 王子の俺より優先される来客とかないっしょ? お前邪魔だからどいてろよ」


「王子!」


 厚い扉を隔ててなお聞こえる声の後、ノックすら無く部屋の扉が開かれる。そこに立っていたのは豪華な服に身を包んだ、眉目秀麗の優男であった。


「ウェーイ! 聖女ちゃん、俺ちゃんがやってきましたよー!」


「チャラケッタ様!? 一体どうなさったのですか!?」


 ヘラヘラと笑いながら部屋に入ってくる男に、ピースは戸惑いの表情で応じる。それでも笑顔を浮かべているのは、彼女が聖女であるが故だ。


「どーもこーもないっしょ! 最近何回面会を申し込んでも『予約が一杯です』って言われて全然会えないしさぁ! 愛しの俺ちゃんに会えない聖女ちゃんが可哀想だと思って、こうして予定を空けてわざわざやってきたってわけ!」


「そのようなお戯れはおやめください、チャラケッタ様。確かに以前チャラケッタ様の怪我を治療しました時に、私は真心を込めて丁寧に処置致しました。ですがそれは癒やしを求める全ての方に行っていることであり、決してチャラケッタ様を特別扱いしたわけではないのです」


「またまたぁ! そんな照れなくても……いや、そういう奥ゆかしいところがまたイイんだけどね! まあいいや。じゃ、ほら、行こうか? ウェイウェーイ!」


「え? あの、チャラケッタ様!?」


 部屋の外でオロオロする神官を余所に、ずかずかと部屋に踏み込んできたチャラケッタがいきなりピースの手を掴む。


「何をなさるのですかチャラケッタ様!?」


「いーっていーって! そんなことして気を引かなくてもちゃんとわかってるから! ほらほら、行くよ」


「お待ちください! 私は――」


 ピースの言い分など完全に無視をして、チャラケッタがそのまま部屋を出ようとして……


「イテェ!?」


 チャラケッタの頭が、何か固いものにゴツンとぶつかる。空いている方の手で頭をさすりながらチャラケッタが改めて前を見れば、そこには壁が――


「そこまでにしてはどうだ?」


 否。そこには壁と見まごうばかりの筋肉親父の巨体が腕組みをして立ちはだかっていた。

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[良い点] 「確か古いにしえの邪竜ヒメトカ・カドワカスに攫われた私をニック様が助け出して、横抱きにされながら宿に戻ったところですわ! その後二人は……きゃっ!」 ドラクエ1ですな [一言] 神官ども…
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