父、見抜かれる
感想からのご指摘により、前話にて聖女ピースが大人の女性であるとする一文を書き加えました。表現が足りず誤解をさせてしまった方にはこの場を借りて謝罪させていただきます。
「聖女様、そろそろ……」
ニックが勇者パーティを追い出されたことを皮切りに、以後の一人(?)旅を語り始めて小一時間。ようやく興が乗ってきたと言う辺りで、一人部屋に脇に立ったまま控えていたモレーヌが全く表情を動かさぬままそう告げる。
「もうそんな時間ですか? うふふ、楽しい時間はあっという間ですね……では、続きはまた後ほどお聞きすることに致しましょう」
「む、そうか。では改めて本題に入らせてもらおう」
ごく自然な流れで「続きを話す」という言質を取られたニックだったが、それに気づくこと無く腰の鞄からオーゼンを……王選のメダリオンを取り出す。
「ニック様、これは……?」
「少し前に古代遺跡で発見したものでな。少し調べてもらったところ、どうやら強力な呪いでその力を封印されているようなのだ」
「呪いで力を封印された、古代遺跡の発掘品……? あの、ニック様。こう言っては何ですが、そんな正体不明なものなら呪いなど解かずにそのまま破棄してしまった方がよいのでは? 迂闊に呪いを解いてしまったりしたら、何が起こるかわからないわけですし」
「あー、いや、そういうわけには……いかん。これほどの呪いで封じるなら、そこには強い力が宿っているはずだからな。何かこう……そう! 娘の助けになる力があるかも知れぬではないか!」
「はぁ……」
ニックのやや苦しい言葉に、ピースはいぶかしげな視線を向ける。とは言え勇者の旅が困難であることは僅かな期間とは言え同道したことのあるピースにもわかるし、少しでも娘の助けになることであればニックが躊躇わないことはそれより更にわかっている。
「わかりました。ならとりあえず呪いを見てみましょう」
「聖女様!? 危険です! そのような得体の知れない物に直接お力をお使いになるなど!? まずは他の神官に下調べを――」
机の上のオーゼンに手を伸ばすピースを、モレーヌが声をあげて静止する。だがピースは聖女としての顔でモレーヌを見つめると、そのままゆっくりと首を横に振った。
「それは違いますモレーヌ。ニック様が私の所に直接これをお持ちになったのであれば、それは私以外では手出しできないほどに強力な呪いだからでしょう。
そして、そんな呪いを私以外の誰かに任せることはできません。聖女と呼ばれる私だからこそ、誰よりも危険な場所で力を振るわねばならないのです。他の誰もが救えなかった人を救うからこそ、私は聖女と呼ばれるのですから」
「聖女様……」
ピースの願いは今も昔もただひとつ。権威があれば他者に話を聞いて貰いやすくなるし、お金があれば衣食住全てが賄える。綺麗事だけではなくきちんと現実を見ているからこそ彼女は「聖女」の肩書きを受け入れ、時には利用することもある。
だが、それだけ。周囲がなんと言おうとも、ピースは自らの手で人を癒やすことをやめない。重篤な病で見るも無惨に皮膚を爛れさせた病人だろうと、生まれてから一度も体を洗ったことが無いような浮浪者だろうと、彼女は迷うこと無く自らの手を触れ相手を癒やす。
その根幹たる「人を救いたい」という彼女の思いには、今もなお一点の曇りすらなかった。
「お待たせしましたニック様。では改めて見てみますね」
もはや何も言わないモレーヌをそのままに、ピースはその白く柔らかな手をそっとオーゼンの上に重ねる。そしてそのまま目を閉じて……
「っ!?」
「聖女様!?」
「おい、ピース!? 大丈夫か!?」
突然ビクンと大きく体を震わせたピースに、モレーヌとニックが声をあげる。だが駆け寄ろうとしたモレーヌと腰を浮かせたニックの動きを、ピースは柔らかく手を突き出して静止した。
「大丈夫です。ご心配には及びません。ですが……モレーヌ、申し訳ありませんが貴方は部屋を出ていてください。私はニック様と二人でお話がありますので」
「そんな!? 何故私が同席しては駄目なのですか!?」
「それは貴方がこれの所有者でも、聖女でもないからです。どうか聞き分けてください」
「…………っ。わ、わかりました」
真剣な表情で見つめられ、モレーヌが一礼して部屋を出て行く。その際にニックのことを鬼の形相でひと睨みしていったが、当のニックの意識は完全にピースの方に集中している。
「さて、これでこの部屋には私とニック様しかおりません。この場で話すことは決して外部には漏れませんし、私もまた他言しないと約束します。そのうえでお聞きしますが……これは何ですか?」
「無礼を承知で、あえて質問を返す。お主はこれに何を感じた?」
真剣に見つめるピースに、ニックもまた真剣に見つめ返す。互いの瞳に互いの顔が映り込むなか、先に口を開いたのはピースの方だ。
「……一言で言ってしまえば『魂のようなもの』です。ニック様、命と魂の違いはわかりますか?」
「むぅ? 何か違いがあるのか?」
言葉として違うのはわかるが、それの示すところはニックからすれば同じにしか思えない。だがピースは首を横に振ると、その小さな口を開く。
「命とは、いわば生物が生物として活動するための燃料のようなものです。それが尽きれば死ぬという単純にそれだけのもので、回復魔法で補充されるのもこの『命』ですね。
対して魂は、その人の本質……心とか記憶とか性格とか、そういう『その人がその人であること』を司る全てです。それは癒やすことも傷つけることも神の領分であり、人が手を出せるものではありません。
回復魔法で傷を癒やせるのは『魂』の入った肉体に『命』を補充しているからで、死者蘇生が不可能なのはどれほど『命』を継ぎ足しても肝心の『魂』は人には扱えないから、と言えばわかりますか?」
「ふむ。言わんとすることはわかった。だがそれが何だと言うのだ?」
頷いて見せるニックを見ながら、ピースは再びメダリオンに手を重ねる。
「この遺物は当然物であって生物ではありませんから、ここに命はありません。ですがこの中には、『魂のようなもの』が間違いなく存在しています。生きていないのに魂を持つもの……そんなものの存在を、私は知りません。
なのでもう一度お聞かせください。ニック様、これは何ですか?」
「……ふぅ。これはやむを得ぬか」
もう誤魔化されないと力のこもったピースの瞳に、ニックは小さくため息をつく。
「オーゼン、もういいぞ。普通に話せ」
『……よいのか?』
「構わんさ。と言うか、ここまで見抜かれては誤魔化しようもあるまい?」
『まあ、そうか……』
「ニック様?」
今はまだオーゼンの声はニックにしか届いておらず、突然独り言を言い出したニックをピースが不思議そうな顔で見る。
「まあ焦るな。では改めて紹介しよう。此奴はオーゼン……あー、オーゼンは儂が付けた名前だから、正式には王選のメダリオンとなるのか?」
『お初にお目にかかる聖女殿。我はオーゼン。偉大なるアトラガルド……貴殿等の言う古代文明において、新たな王を選出するために生み出された魔導具である』
「頭に直接声が……!? これは、この遺物が?」
『そうだ。以後よろしく頼む』
「はい。宜しくお願い致します……凄い、こんなにはっきりと……」
言葉を話すオーゼンに、ピースは驚愕の表情を浮かべながらそっとメダリオンの表面を撫でる。
「古代文明……アトラガルドですか? 遙か昔には魂すらも生み出す技術があったのですね……」
『あー、いや。そういうわけでは無いのだ。自分でも詳しいことはわからぬのだが、我がこうなったのにはニックとの旅が原因であったというか……』
「ニック様ですか?」
「そういうことらしいな。ピースよ、まだ時間は大丈夫か?」
「それは勿論。遊びや休憩ならば別ですが、これは歴とした仕事……聖女として私にしかできないことですから」
気を遣ったニックの問いに、ピースは笑みを浮かべて頷く。実際にはこの後も色々予定は詰まっていたのだが、聖女として命や魂に誰より深く関わる彼女が「魂を生み出す文明」の謎よりも重視せねばならないものなどあるはずもない。
「そうか。ならば改めて話そう。儂とオーゼンの旅路の話をな」
ニックの大きな手が、そっとピースの手に重ねられる。ニックとしてはその下にあるオーゼンに触れたかっただけであり他意は無いのだが、期せずして触れられたピースはその頬をポッと赤くする。
だが、それを一切意に介すことなく……ニックは自分とオーゼンが辿ってきた「本当の旅路」の話を、ゆっくりとピースに聞かせていった。