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教官、報告する

 ニックが慌ててソーマ達の元に戻り交流兼情報収集を図っていた頃。冒険者ギルドへと戻ってきたシドウは、いつもの調子で中にいた受付嬢に声をかけた。


「帰ったぜー」


「あ、シドウさん。初心者講習お疲れ様でした」


「ありがと。あ、これお願いね」


「わかりました。少々お待ちください」


 シドウが鞄から取り出したゴブリンの耳と魔石をお盆に載せると、受付嬢はそれを持って一旦ギルドの奥へ行き、すぐに小さな袋を載せて戻ってきた。


「ゴブリンの討伐証明と魔石、それぞれ二つずつで銅貨六枚になります」


「あいよ。相変わらずやっすいなー。ま、相場だから仕方ないけど」


 ちなみに内訳は討伐報酬がひとつで銅貨一枚、魔石は二枚だ。見分けづらい薬草二〇束で銅貨五枚と考えると随分割がいいように思えるが、別にあの森以外にも安全な採取場所のある薬草と違って命の危険のある相手を殺した結果なので、どちらがいいとは一概には言いづらい。


 なお、当然これはシドウが新人の手柄を着服したわけではなく、これこそがシドウが初心者講習を行ったことに対する報酬の全額となる。銀級冒険者からすれば誤差と呼ぶことすら難しい少額の報酬だが、活きのいい若者……新人のほとんどは登録が可能になる一五歳だ……と触れ合えることや冒険者ギルドからの覚えが良くなることもあり、初心者講習は意外と人気のある仕事であったりする。


「それで、今回の新人さん達はどうでした? 見所のありそうな子とかいましたか?」


 昼近くのため他の冒険者の姿も少なく、暇を持て余す時間帯とのこともあって受付嬢が興味深そうにシドウに問う。


「そうだな。割と悪く無かったと思うぜ? 元気がいいのもいたしな。シュ……シュ……何だ? 何かそんな名前の魔術師がいたろ?」


「えっと……シュルク君ですかね?」


「そーそー、そいつ! オーク辺りにでも通じそうな威力の魔法でゴブリンの頭を吹っ飛ばしてたぜ?」


「あちゃー」


 シドウの言葉に、受付嬢は苦笑いを浮かべる。自分の力に自信のある新人が張り切りすぎて失敗するのはよくあることだ。


 ちなみに、実はニックのアレもいいところを見せようと張り切った結果である。本当に最小なら近寄って首でも折ればいいだけだったのに、格好いいところを見せようとした結果魔石を駄目にしてしまったわけだが、それを知るのは当のニック本人だけであった。


「あんまりからかっちゃ駄目ですよ? でないとキョードー師匠せんせいを呼んじゃいますからね?」


「ちょっ!? それは勘弁してよ」


 そしてシドウもまた、そんな「張り切りすぎ」の新人の一人だった。剣の腕を自慢したくて討伐証明の耳ごとゴブリンの頭を切り刻んでしまったのだ。


 その時にシドウの初心者講習に当たっていたキョードーは、今は冒険者を引退して町で剣術を教える道場を開いているのだが、顔を合わせる度に「あの時は――」といじられるため、シドウにとっては数少ない苦手な人物だった。


「あ、そう言えばあのおじさん……ニックさんはどうでした? 参加するって言ってましたし、来ましたよね?」


「あー、あのオッサンか……」


 何気なく聞いた受付嬢に対し、シドウの目が死んだ魚のようになる。


「え? あの、どうしたんですか? ひょっとしてニックさんと何か問題が?」


「問題っていうか……なあ、あのオッサン何者なんだ?」


「何者と言われても……私からすると、単なる気のいいおじさんですよ? 普通の新人さんに比べるとかなり強いとは思いますけど」


「かなり強い、か……ははは」


「シドウさん?」


 シドウの乾いた笑い声の意味を、受付嬢は理解出来ない。ニックは力を隠したりはしないが、無意味にひけらかすようなこともしない。だからこそ受付嬢にとっては人当たりのいいおじさんでしかないわけだが、それはシドウの認識から大きく乖離していた。


「あのオッサン、強いなんてもんじゃないぜ? 一切音を立てずにゴブリンの側に移動して、一撃で腹を吹き飛ばしたからな」


「? そのくらいならシドウさんでも出来るんじゃないですか?」


「そりゃそうなんだが……あー、言葉だとうまく説明できねーな。ならこう言えばわかるか? あのオッサン、キョードーさんより強い」


師匠せんせいより!? 嘘ですよね?」


 驚きの声をあげる受付嬢に、シドウは真剣な表情のままゆっくりと首を横に振る。


「いや、俺の見立てじゃ間違いない。そりゃキョードーさんは今は一線を退いた身だし、単純に剣の腕ならキョードーさんの方が上だと思うぜ? でも戦いになったら……それこそ真剣勝負なら、オッサンの方が勝つと思う」


「はぇー。ニックさんってそんなに強かったんですねぇ」


「何だよ、随分気の抜けた返事だな」


 間の抜けた受付嬢の声に、シドウは若干とは言え思わず声を荒げる。


「だって、要はニックさんが凄く強いってだけの話ですよね? まだ出会ってひと月も立たないですけど、それでも無意味に暴力を振るうような人には思えませんし、だったら何の問題もないのでは?」


「…………それもそうだな」


 そんなシドウを意に介すこと無く小首を傾げてそう言った受付嬢に、シドウの中にストンと納得が落ちた。同時に何となく感じていた胸のモヤモヤがパッと晴れ渡る。


「チッ。とんでもない実力の差を突きつけられて、勝手に警戒しちまってたのか。ハァ、俺もまだまだだな。こりゃ本気でキョードーさんのところで鍛え直そうかな」


「うわ、珍しい! シドウさんがそんな真面目なこと言うなんて、明日は空から星でも降ってくるんじゃないですか?」


「うるせーよ! どうせ降ってくるなら星なんかより金貨か綺麗なねーちゃんでも――」


「大変だ!」


 不意に、冒険者ギルドの入り口の扉が乱暴に開け放たれた。ギルド内にいた全員の視線が音の主……肩で息をする冒険者の方へと集中する。


「何だ、どうした?」


「ワイバーン……ワイバーンの群れがこっちに向かってきてる」


「ワイバーン? 何で……どっかの馬鹿が卵でも盗んだのか?」


 ワイバーンとは、言ってしまえば空を飛ぶトカゲだ。通常は三から五匹ほどの群れを作り、卵を盗むと群れの全員で何処までも追いかけてくるという特性を持つ。


 その分卵の価値は相応にあるが、ワイバーンを実力で蹴散らせるような冒険者にとっては大した額ではなく、逆にその金額に魅力を感じるような奴では手に負えないという微妙な価格設定のため、卵の採取を請け負う冒険者は滅多にいない。


「まあ、ワイバーンくらいならここにいる奴らで何とかなるだろ。で、どっちから来てるんだ?」


 ギルド内を見回したシドウが、気負った様子もなくそう口にする。この場にはシドウを含めて銀級の冒険者が三人おり、全員が顔見知りだ。一人は弓の名手なので、ワイバーンの数匹程度ならどうとでもなる。


「東……東だけど、でも違う。そうじゃないんだ……」


「違う? 何がだよ。てかまず水でも飲んで落ち着け」


「あ、ああ。悪い……」


 シドウに水袋を手渡され、冒険者は喉を鳴らして水を煽る。そうして一息ついたところで、冒険者は改めてその口を開いた。


「ありがとう。で、ワイバーンだが、東の山の方からこっちに向かってきてる。おそらくだが山にある巣から卵を持ってきた馬鹿がいるんだろう。ただ、問題は数だ」


「数? 多いのか?」


「最低でも五〇匹はいた」


「五〇匹!?」


 その言葉に、全員が固まる。数匹ならば順次撃ち落としてとどめを刺せばいいが、五〇ものワイバーンに上空から襲われ続けたらどうすることもできない。


「し、シドウさん。ワイバーンが五〇匹って、ど、どうすれば……」


「落ち着け。まずはギルマスに報告。アンタももう一回ギルマスに同じ説明をしてくれ」


「あ、ああ。わかった」


「シドウさんはどうするんですか?」


「俺は町を回って戦えそうな奴らを集めるのと、住人の避難勧告を出してもらうために詰め所に行く。キョードーさんのところにも顔出してくるから、仕事中の冒険者で戻ってくる奴がいたら片っ端から足止めしといてくれ」


「わかりました!」


「じゃ、行ってくるぜ!」


 そう言って手を上げると、シドウは急いで冒険者ギルドの外に出た。思わず東の空を見るが、そこにはまだ何も見えない。


 だが、こんな大それた嘘をつかれるとは思っていない。何も無ければあの冒険者を詰め所に突き出して終わりだが、本当にワイバーンが五〇匹も来るなら放っておけば大きな被害は否めないのだ。


「くそっ、何だってこんなことに……何処の馬鹿の仕業だよ」


 シドウは悪態をつきながらも、大急ぎで町の中へと走り去っていった。

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