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娘、「勇者」を語る

「なるほど。それで海の底を目指すというのか……」


 フレイの話した内容に、チョデッカイは顎に手を当て眉根を寄せる。


「はい。勿論行ってみたら何もない可能性もありますけど、それでもアタシはどうしてもそこに行きたいんです。ただ、知り合いの鍛冶屋さんとか魔法道具の技師の人に声をかけても、魔導船を改造できるって人はいなくて……」


 魔導船は、発見されている中では古代文明の技術の頂点と言ってもいい存在だ。それだけに使われている技術もまた複雑を極め、たとえばその巨体を空に浮かせるだけでも何十もの高度な魔法道具が複雑に干渉しあってその効果を生み出している。


 フレイが声をかけた職人や技師は勇者に関わるだけあって皆一流と言っていい人達だったが、その仕組みたったひとつでも完全に理解することのできない現代の技術水準では、魔導船の改造など夢のまた夢であった。


「それで、どうでしょう? 魔導船が海に潜れるようになる改造って、できそうですか?」


「ふむ……無理だな」


「っ……」


 チョデッカイの言葉に、フレイは思わず体を震わせる。その答えを予想していなかったわけではないが、まさかこれほどあっさりと否定されるとは思わなかったからだ。


「そもそも我らが魔導船の武装を封印できたのは、あの武器の数々が明らかに後から搭載されたものだったからだ。それ故に武装と魔導船の主動力とをつなぐ魔力回路を切り離すことで封印したのだが……今回お前が求めたのは、魔導船の機能そのものの追加だ。それがどれほど難しいかは、説明するまでもあるまい?」


「はい……」


 後付けされた機構を無効化するのと、かなり無茶な新機能を追加するのでは作業難度は天と地ほども違う。特に魔法道具に詳しいわけではないフレイでも、その程度のことはすぐに理解できた。


「故に我らに魔導船を海に潜れるようにするなどという改造は不可能だ」


「そう、ですか。無理を言って申し訳ありませんでした」


 それまでずっとまっすぐにチョデッカイを見つめていたフレイが、ここでようやく頭を下げる。だが再びあげた顔に浮かんでいたのは――挑戦的な笑顔。


「その顔……諦めてはおらんのだな?」


「ええ、勿論! このくらいで諦めてちゃ、勇者は務まりませんから」


 かつて誰かが海底に何かを作ったなら、それは誰かがそこに辿り着いて作業をしたということだ。


 ならば行く方法は必ずある。問題はそれを見つけられるかどうかであり、であれば可能性のひとつが潰されたくらいで落ち込む理由などフレイには無い。


「ふーむ……小さき者よ、ひとつ聞かせてくれ。何故そこまでその海の底にあるという何かに拘る?」


 それは純粋な疑問。自分たちの手助けが無理だと聞きながら、それでも諦めないフレイの熱意、その出所がチョデッカイには理解できなかった。ならばこそ首を傾げて問うチョデッカイに、フレイは子供のような笑みを浮かべる。


「それは勿論、知りたいからです」


「知りたいから……? 勇者であるお前が、己の知識欲を満たすためだけに時間と力を費やすのを是とするのか?」


 老人の巨大な瞳に、ほんの少し嘲りの色が浮かぶ。だがフレイはそれにひるむことなく、笑顔のまま首を横に振った。


「昔、父さんに教えられたんです。この世界には様々な価値観があって、でもそれは何が正しいとか間違ってるとかじゃなく、ただ立っている場所が違うだけなんだって。


 アタシは勇者です。勇者だから『敵』と戦ってますけど……でもアタシの敵は魔族や魔物じゃないんです」


 フレイの言葉に、背後に控えていたロンとムーナがピクリと反応する。だがそれだけで、二人とも何も言わない。しっかり築いてきた信頼関係が、フレイの次の言葉を待ってくれている。


「ほぅ? 勇者が魔族を敵でないと言うとは……では、お前の敵は何なのだ?」


「わかりません」


 興味深げに身を乗り出すチョデッカイに、フレイはきっぱりとそう答える。わからないという言葉とは裏腹に、その表情に迷いは無い。


「襲ってきたなら倒します。守る為にも戦います。あとアタシは基人族ですから、魔族と人族が戦っていたなら、そこはまあ人族の味方をすると思います。


 でも、それは始まりでしかありません。アタシ達が生きるために倒さなければならない敵はなんなのか? 何をしたらアタシ達は平和に生きられるのか? その障害が何であるのかを、アタシは知りたいんです」


「勇者が魔王を倒せば魔族の侵攻は止まる。それこそが平和への最短の道ではないのか?」


「あ、はい。それは勿論。なので魔王は倒すつもりですけど、それだけじゃないっていうか……あー、なんかこう、とにかく色々知りたいんです!」


「フレイぃ……」


「フレイ殿……」


 最後の最後で投げやりな感じになったフレイの言葉に、ムーナとロンが残念そうな声を出す。


「だ、だって仕方ないじゃない! 世界を旅して色んな事を知れば知るほど、わかんないことがどんどん増えていくんだから!


 そもそもアレよ。魔族ってひとまとめに言ってるけど、実際には魔王の統治領域に住んでる種族の総称でしょ? ならみんながみんなアタシ達に敵対的ってわけじゃないだろうし、だったら魔王さえ倒せばもっとこう……いい感じの付き合い方とかできそうでしょ?」


「それは魔族と和平を結びたいと言うことか?」


 チョデッカイの言葉に、フレイは否定でも肯定でも無く、苦笑して首を横に振る。


「そうしたいと思えるかどうかすら、アタシ達は知らないんです。魔族の事も世界のことも、何もかも知らないことが多すぎる。だから少しでも多くのことを知りたいし、知った上で判断したいんです。勿論、色々知った結果『やっぱり魔族は敵!』みたいになるかも知れないですけど。


 何も知らずに剣を振るのは嫌なんです。アタシは勇者だから、みんなの期待を背負い、先頭を切って剣を振るわなきゃいけない。なら迷っても悩んでも、余計なことを知って苦しんだとしても、振るう剣の先にある重さを理解して戦いたい。だってアタシが斬った相手は、そのままアタシに続く人達の……人類の敵になっちゃうんですから。


 だから知りたい。知ることに妥協したくない。それがアタシの……四代目勇者フレイ・ジュバンの勇者としての在り方なんです」


「そうか……」


 フレイの言葉に、チョデッカイはその巨体を深く椅子の背に預ける。そのまま目を閉じフレイ達を吹き飛ばしそうな勢いで大きく長い息を吐くと、再び開いた瞳に威厳と誇りをにじませながらフレイの顔をまっすぐに見つめた。


「小さき者……いや、勇者フレイよ。お前の考えはわかった。我ら巨人族ジガンテは興味深く見守らせてもらおう。その結果がどんな結末を迎えるにしても、この世の終わりまでお前の覚悟と意思を語り継ぐと約束しよう」


「ありがとうございます。それじゃ、アタシ達はこれで……」


「まあ待て」


 その場で立ち上がり帰ろうとするフレイを、チョデッカイが呼び止める。


「何ですか? あ、ひょっとして何かアタシにして欲しいこととかあります?」


「そうではない。我は先ほど、確かに『魔導船を改造することはできない』と言った。だがお前達を海の底に送り出す手段が無いとは言っていない」


「うわっ、ずるっ!」


「……………………」


「いや、違います。ホントに全然、そんなんじゃないです。だからその……ごめんなさい」


 ちょっとむっとしたチョデッカイに、フレイがひたすら頭を下げる。背後のムーナからなんとも言えない視線を感じるが、それに文句を言う余裕などあるはずもない。


「……まあいい。ただ、如何に我らの力とて海の底に人を運ぶのは困難を極める。新たな魔導具の開発には魔導船を詳しく調べねばならぬし、それにも相応の時間がかかるであろう。それでもいいか?」


「勿論です! ありがとうございます!」


 チョデッカイの言葉に、一も二も無くフレイは即答する。


「そうか……ではこの神殿に一室を与えよう。どれほどかかるかわからぬが、まあ小さき者の三人くらいであれば……」


「あ、その辺は心配しないでください。アタシ達は町に戻りますから」


「む? 我の話を聞いていたか? 魔導船は預けてもらうのだぞ?」


「大丈夫です。それ以外にも秘密の移動手段があるので」


 言ってフレイはニヤリと笑う。その脳裏に浮かぶのは、父から託された銀色の鍵。流石に巨人サイズの扉に使えるかどうかは疑問だが、そんな場合でもなんとかなる裏技・・もしっかり準備済みだ。


「そうか。まあお前達がそう言うのなら、それで構わん。ではまた後ほど顔を出すがよい」


 その言葉でチョデッカイとの謁見は終わり、フレイ達は指定された部屋に通される。そこは意外にも自分たちのサイズの部屋であり、どうやら以前にここを訪れた勇者が滞在するために作った場所だとのことだった。一室だけだったので男女別に分かれたりはできなかったが、今更そんなことを問題にする間柄でもない。


「これならアレ・・を出す必要もなさそうね。はー、疲れた」


「お行儀が悪いわよぉ?」


「いいじゃない。誰が見てるわけでもないし」


 呆れるムーナを余所に、フレイはそのままの格好でベッドに横になる。思いのほかふかふかなその感触に身を委ねながら、フレイはまだ見ぬ海底への冒険へ胸を躍らせるのだった。

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