娘、お願いする
「ほぇぇぇぇ……」
「何と荘厳な!」
「これは凄いわねぇ」
魔導船を降り立ったフレイ達一行は、目の前に広がる景色に感嘆の声を漏らした。そこは魔族領域の更に奥にして、魔族すら近づけない領域。ほぼ垂直に切り立った崖は遙か雲の上まで続き、その上に広がる台地は巨人が住むという伝説の聖地。
果たしてそこには伝説通りに町並みが広がっており、真っ白な雪と氷に覆われた地面の上に並び立つ白亜の建造物群は、勇者パーティとして様々な地を巡ってきたフレイ達をして驚きを禁じ得ない圧倒的な光景だった。
「なーーーにーーーもーーーのーーーだーーー?」
と、そこに近くの建物からぬぅっと人影が現れる。何処か間延びしたような口調で話しかけられ、フレイは慌てて挨拶を返そうとし……
「突然ごめんなさい。アタシ達は……」
「むーーーうーーーぅーーー?」
「アタシ達は…………」
「なーーーんーーーだーーー? ちーーーいーーーさーーーいーー」
「でっか!? ちょ、いくら何でもでかすぎない!?」
近寄ってきた人物の顔を首が痛くなるほどに見上げながら、挨拶を忘れて思わずフレイがそう口走る。寄ってきた人物は基人族のような見た目をしていながら、その身長は一〇メートルを超えていると思われた。
「失礼ですぞフレイ殿! 突然の来訪を謝罪いたします。拙僧達は勇者フレイ殿の一行で――」
「ゆーーーうーーーしゃーーー?」
「そうです。それでですな――」
「あーーーあーーー! ゆーーーうーーーしゃーーー!」
「え、ええ。そうです。ですから――」
「ゆーーーうーーーしゃーーー、きーーーたーーー。おーーーさーーーにーーーつーーーたーーーえーーーねーーーばーーー」
「……そうですな。この町の代表の方に――」
初めて出会った巨人の男は、反応やらしゃべりやらが色々と遅かった。それでもロンが根気強く会話を続け、やっとの思いで巨人達の長に紹介してもらうように話をつけることができた。
「ホント、何もかもでっかいわねぇ。でも、思ったより人がいない……?」
そうして長がいる場所へと案内される道すがら。巨人の肩に乗せられて移動するフレイが、町並みを見てそんな感想をこぼす。縮尺が違いすぎて巨大に見えた町も、こうして巨人の視点で見てしまうとそれほどの広さではなく、また周囲にはほとんど巨人の姿がない。
「はーーーはーーーはーーー。みーーーんーーーなーーーねーーーてーーーるーーー」
「寝てる? 昼間なのに?」
雲の上の町ということで、天には隠すもののない太陽が眩しいほどに輝いている。会話に時間がかかったため時間的には昼を少し回ってしまったが、それでも眠るというにはあまりにも早い。
「くーーーわーーーしーーーくーーーはーーー、おーーーさーーーにーーー」
「ははは……うん。わかったわ。長さんに聞くわね」
人の良さそうな巨人の男の言葉に、フレイは軽く引きつった笑顔でそう答える。そこには「このペースの会話なら説明は一回で済ませたい」という気持ちが見え隠れしていたが、ムーナもロンもそれを苦笑する程度で流す。そもそもこうして案内してもらうだけでも一時間近くの会話を経ているため、その気持ちは痛いほどわかったからだ。
そんな理由もあり、その後も必要以上に会話をしたりせずに一行は町を進んでいく。そのまま神殿のような場所までたどり着くと、「ここから先は自分で歩け」と言われて巨人の肩から下ろされた。
目の前にあるのは、掛け値無しの巨大な扉。それがゆっくりと開かれ、その先には――
「――っ! これは、ちょっと凄いわね」
「おぉぉぉぉ……」
「ふぅん…………」
通路の脇に並び立つ、白いトーガに身を包んだ幾人もの巨人。そして中央の椅子に座っていたのは、ひときわ大きな老齢の巨人。その巨人の発する威圧感に、フレイ達の動きがとまる。
だが、そのまま立ち止まっているわけにはいかない。自分たちが見られていることをきっちりと理解しているフレイ達は、少し早足で巨人達の前を歩き進む。それは常識的に考えればやや失礼な行為だが、それをとがめる者はいない。
当たり前だ。巨人のサイズで作られた建物はフレイ達には大きすぎて、普通に歩いていては結構な時間を待たせてしまうことになるのだから。
「面を上げよ」
それでも五分ほどかかってほどよい位置で跪いたフレイ達に、脇にいた巨人が声を出す。それに合わせてフレイ達が顔をあげれば、中央にいた老齢の巨人がその巨大な口をゆっくりと開いた。
「よくぞ参られた、小さき者よ。我は――」
「普通に喋れるのかよ!?」
「む?」
老齢の巨人の口調は、やや遅いとはいえ普通に会話するのに支障の無い速度だった。それに思わず突っ込んでしまったフレイに、巨人が深い皺の刻まれた顔で眉根を寄せる。
「何かおかしかったか? お前達の使う言葉と同じ言葉を話しているはずだが……」
「お馬鹿! 何やってるのよフレイぃ!」
「す、すいません! ごめんなさい! その、アタシ達を案内してくれた人が、凄くゆっくり話す人だったんで……」
ムーナに思い切り頭をひっぱたかれて、フレイがひたすらに平謝りする。そんなフレイの様子に、老齢の巨人は愉快そうに笑った。
「ふぁっはっは! ああ、そうか。あの者は目覚めて間もなかったのだろうな。我ら巨人族は一〇〇年活動をしたならば、その後一〇〇年の眠りにつく。そのせいで目覚めたばかりの頃はどうしてもあらゆる動作や思考が緩慢になってしまうのだ。許せ」
「滅相も無い! こちらこそ失礼なことを言って、本当に申し訳ありませんでした」
再度頭を下げたフレイに、老齢の巨人は鷹揚に頷く。
「では、改めて自己紹介をしよう。我はこの聖地メサ・タケーナに住まう巨人族の長、チョデッカイである。歓迎しよう、小さき者よ」
「ありがとうございます。私は勇者フレイ・ジュバン。こちらは私の旅の仲間であるムーナとロンです」
「ムーナよぉ。宜しくお願いするわぁ」
「ロンと申します。宜しくお願い致します」
「うむ。それで、小さき勇者フレイよ。この地には何用でやってきたのだ?」
「はい。魔導船の改造をお願いしたく……」
「改造か。確かに先代勇者の意向により、あの船に存在する武装は封印してある。だがおいそれとそれを解放するわけにはいかぬ」
フレイの言葉に、チョデッカイは顔をしかめる。魔導船は起動こそ勇者にしかできないが、一度起動してしまえばその後は勇者が再び停止させるまで誰にでも使うことができる。
そして、魔導船に搭載された武装は極めて強力だ。そもそも空を飛ぶ手段などほぼ皆無なこの世界において、高空から一方的に破壊の雨を降らせることのできる魔導船はあまりにも強力すぎる兵器なのだ。
「魔導船の武装は、個人が扱うにはあまりにも強すぎる。それ故に偶然それを目覚めさせた先代の勇者は、ただ一度の使用のみでその力の恐ろしさを知り、我らに力の封印を頼んだのだ。
それほどのものを目覚めさせ、今代勇者は何を望む? 魔族領域を焦土と化し、己に与さぬ全てのモノを根絶やしにでもするつもりか?」
思い上がった小さき者を押しつぶすさんとするかのように、力ある視線でチョデッカイがフレイを見つめる。だが当のフレイの方は、若干困ったような顔で苦笑いを浮かべて言う。
「あの、すいません。アタシがお願いしたいのは封印の解放じゃなくて、さっきも言った通り魔導船の改造なんです」
「むぅ?」
「魔導船の武装を封印したって話は聞いたことがあったんです。だから貴方がたであれば魔導船の改造もできるのかなぁと思いまして」
「はっきり申せ。小さき者よ、具体的に我らにどうして欲しいのだ?」
「行きたいところがあるんです」
「行きたいところ? 何を今更。魔導船があって行けぬ場所など……まさか!?」
不意にチョデッカイが立ち上がり、その巨体故に周囲に衝撃が走る。だがその振動にも揺らぐこと無くフレイはまっすぐにチョデッカイを見つけ続け、言葉を続ける。
「そうです。アタシは……海の底に行きたいんです」