父、いい笑顔をする
「えいっ! えいっ! えいっ!」
「グギャッ!」
「ギャア!」
「グギュウ!」
ギセーシャが可愛いかけ声と共に腕を前に突き出せば、その都度ゴブリン達が吹っ飛んでいく。その仕掛けは、ギセーシャの輝く手足だ。
ギセーシャの腕と足には、抜け落ちたワンコの体毛を巻き付けてある。しかも手足にはニックから借りたブカブカの手袋と靴もはめており、そちらの隙間にもぎっちりと毛が詰まっている。
と言っても、通常月光狼の抜け毛にそのような特殊能力は無い。物理・魔法共に高い防御力を発揮し、熱と冷気にも耐性を得られる素晴らしい素材ではあるが、逆に言えばそれだけだ。
では何故ギセーシャが腕を振るうだけで謎の攻撃が出るのか? その答えはギセーシャの頭に乗っかっているワンコだ。
『いいぞギセーシャ! その調子なのだ!』
「はい、ワンコ様!」
ギセーシャの頭の上には、その抜け毛の持ち主であるシロノワンコが乗っている。そのおかげで微妙に魔力の繋がりが維持されており、腕と足に巻き付けた抜け毛で身体強化、靴に詰め込んだ抜け毛に溜まっている魔力でそれらの維持、そして手袋に詰め込んだ抜け毛は、そこに蓄積された魔力を強引に撃ち出すことで攻撃手段とすることができているのだ。
「ギャウ!」
「おっと! ふふん、そんなの食らいません!」
いつの間にか横に回ってきていたゴブリンの不意打ちを、ギセーシャはやや大げさに飛び退いてよける。抜け毛を巻き付けた部分以外は強化されていないのでまともに攻撃を受けるとかなり危険なのだが、そこは短時間とはいえニックとの特訓を経たことと、抜け毛ブーストによる身体強化の力で強引に突破する。
「グギャオ!?」
『ギセーシャには手を出させないのだ!』
そして、それでも対応できない不意打ちなどはワンコが軽く尻尾を振って対応する。ギセーシャの頭に乗っているため派手な動きは出来ないが、それでもゴブリン如きへの対処などどうとでもなる。
「さあ、どんどん行きますよワンコ様!」
『行くのだギセーシャ!』
「わおーん!」
「おお、何とも見事な戦いじゃあ」
「ほんに! えらい強い娘っ子じゃのう!」
恥ずかしさを誤魔化すように、あるいはストレスを発散するように思い切り戦うその姿に、村人達は魅了され……だが不意に、ギセーシャの体がふらりとよろける。
「あうっ!? あっ、魔力が……」
ギセーシャの額に浮かんでいた肉球マークが輝きを失い、それと同時に手足に巻き付いている抜け毛の色が白銀からくすんだ灰色へと変わっていく。
それは魔力切れの合図。そもそも抜け毛に魔力を込め直すこと自体が無理矢理なうえに、魔力制御も何もできない村娘が強引に魔力を打ち出す攻撃を繰り返しているのだ。燃費など語るのも馬鹿らしいほどに最悪であり、魔力が尽きればギセーシャはただの村娘に戻ってしまう。
「ワンコ様! おかわりをお願いします!」
『わかったのだ!』
だが、それも想定の内。ワンコの前足がギセーシャの顔をペチペチと叩くと、右の頬に白く輝く肉球マークが浮かび上がる。それと同時にギセーシャの体に巻き付いている抜け毛に輝きが戻っていき、すぐに戦闘能力が回復する。
「おかわり完了です! まだまだ行きますよ!」
「わおーん!」
再び響くワンコの雄叫びと共に、ギセーシャの体が戦場で踊る――その可憐な戦いぶりを、ニックとサビシは森の奥からこっそりと見守っていた。
「うむ。どうやら問題なさそうだな」
『俺の息子が力を貸しているんだ。ゴブリン如きに後れをとるはずが無いだろう? チッ、そもそもシロノワンコが直接戦えればあんな雑魚など瞬時に一掃できるものを……』
「それでは単に魔物が暴れるだけになってしまうと言ったではないか。ちゃんと儂の説明を聞いていたのか?」
『わかっている! だからこそこうして俺もこっそり見守るだけにしているのだ!』
村とは反対方向に身を潜めているだけあって、ニックとサビシはごく普通に会話をしている。とは言えサビシは完全な月食を使っているし、ニックにしても気配は消しているのでこの場に彼らの存在に気づける者は何処にもいない。
『にしても、あれで本当に上手くいくのか?』
「あの様子ならおそらくは、な」
ニックの作戦……それは生贄を要求する凶悪な魔物を、山を、ひいては村を守る守り神へと昇華することだった。
「凶悪な魔物に怯えるだけでは、以後やってくるかも知れぬ冒険者達への抑止力にはならぬ。村人達にしてもそんな魔物は倒してくれた方がありがたいだろうしな。
だが、村を守ってくれる存在となれば話は別だ。信仰の対象とまでは言わずとも共存共栄ができるのだと感じ取ってくれれば、よほどの事が無い限り冒険者に手出しされることはない。冒険者とて無駄に村人の恨みなど買いたくはないし、被害が無いのであれば真に高名な冒険者が討伐しに来たりはせんだろうしな。
だが、そうなるにはそうなるだけの実績、相応の問題を解決したという事実が必要だ。ギセーシャ自身もそのままというわけにはいかんし、どうしようかと考えてはいたが……実にいいタイミングで魔物が襲ってきてくれた。おまけにお主の協力まで得られたしな」
『フンッ! ニンゲンに力を貸すなど気に入らんが、我が息子のためならばこのくらいはどうということもない』
ニヤリと笑って言うニックに、サビシがぷいっとそっぽを向く。だがその尻尾の揺れ具合がサビシの内心を雄弁に物語っている。
実際、サビシが現れなければ当然ワンコが共に戦うという選択肢はなかったので、この場面では座り込んだギセーシャに近づくゴブリンをニックが指弾で倒し、神狼の力で守られているという感じに演出するくらいしかなかっただろう。
それはそれで神秘性が高くて悪くないが、ギセーシャの見た目がそのままなのに突然力だけ得て村に戻ってくる辺りなどツッコミどころが多々発生してしまい、その辺に関しては強引に押し切る以外に方法が思いつかない。となれば見た目も変わり認識阻害でギセーシャと確定はされず、かつ自力で戦える今のギセーシャの状態はまさに最上であると言えた。
『本当に面倒なことだ。わざわざ弱い娘に力を与えて戦わせるとはな。俺達を神と崇めさせればいいだろうに』
「最終手段としてはそれもアリだが、できるだけお主達の姿や情報は与えない方がいいからな。強大な魔物に守られているよりも、多少弱くて頼りなくても自分たちに近しい姿の者が守ってくれる方が共感が得られやすいのだ。
実際、お主やワンコが直接戦ったとしたら、村人達はあんな顔で応援してはくれなかっただろうしな」
言うニックの視線の先では、多くの村人達が戦うギセーシャに声援を送っている。当初は戸惑い微妙な表情をしていた者達にしても、自分達を守る為に戦ってくれているギセーシャの姿に、今ではすっかり拳を振り上げ応援している。
『フンッ! 俺の息子の可愛らしさがわからないとは、ニンゲン共もまだまだだな』
鼻を鳴らして言うサビシに、ニックは思わず苦笑する。サビシが使っているのはワンコと違い完全な月食だが、最初からサビシの存在を完全に認識しているニックには効果がない。月食はあくまで「認識させない」能力であって、既に認識されている状態から隠れられるわけではないのだ。
と、そんなニックのすぐ側で、サビシはその巨大な首を傾げながらニックの方に鼻先を向けた。
『なあニック。どうしてもわからないことがあるんだが、いいか?』
「ん? 何だ?」
『お前がどうしても必要だと言って教え込んだあの身振りと口上……あれは結局どんな意味があったんだ? あれだけがどうしてもわからんのだが』
「ああ、そんなことか」
サビシの問いに、ニックはビシッと親指を立てて最高の笑顔を決める。
「何も無いよりあった方が格好いいではないか!」
『そう、なのか? ニンゲンの考えることはよくわからん……』
『やはり貴様が頭を使うとろくな事にならんな』
「ぬぅ!? 何故だ? 格好いいの他に可愛いも意識した最高の登場だぞ!? 村人の心を鷲づかみであろうが!」
気配しかない友人と声しか聞こえない相棒の呆れたような言葉に、ニックは必死に登場シーンの重要性を語るのだった。