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父、またも思いつく

『と言うことで! 若干不本意ではあるが、貴様のことは認めてやる! これからも我が息子のために誠心誠意尽くすがいい!』


「はい。ありがとうございます、サビシ様」


 ムスッと口を閉じそっぽを向きながら宣言するサビシの言葉に、ギセーシャは丁寧に頭を下げて礼を言う。そんなギセーシャの足下では、ワンコが嬉しそうに尻尾を振りながらクルクルと走り回っていた。


『やったのだ! ギセーシャが父上に認められたのだ! これでギセーシャは正式に我の生贄なのだ!』


「はい、そうですね。改めてこれからもよろしくお願いします、ワンコ様」


『宜しくお願いされるのだ!』


 嬉しそうにじゃれつく我が子の姿に、しかしサビシの表情は険しい。


「何をそんなにふてくされておるのだ」


『フンッ! お前の顔を立ててあの娘を認めてやったが、彼我の上下関係をしっかりと叩き込むのは我らにとって常識なのだ。特に息子はまだ幼いからな。今の段階できっちり敬わせないと、いずれ息子を下に見ることもあるかも知れん。そうなったら……アレだ。悲しいではないか』


 サビシからすると、今のワンコとギセーシャの関係は長い時を経た上でたどり着く最後の着地点というところだった。最初はもっと距離を置き、互いの力関係を理解したうえで少しずつ打ち解けていかなければ、やがて過ちを犯しそうだと思ったからだ。


『息子はまだまだ世間知らずだ。わずか一歳で親離れなどという無理を強いたのだからやむを得ないところはあるが、そんな息子が侮られ、利用されたりしたらどうしようかと思えば、最初にガツンと言ってやる方がいいと思うのは当然だろ?』


「うーむ、言わんとすることはわかるが……いや、そうか。お主はここに留まれぬのか」


『そうだ。我ら月光狼ムーンウルフ月食ツキハミの力で己の存在を認識させないことができるが、それも一カ所に留まり続ければ徐々に効果が薄れていく。今回は様子見にやってきたが、留まれるのは精々一〇日。そうして次に顔を出せるのは……どんなに早くても一年は先になるな』


 月光狼ムーンウルフの「月食ツキハミ」は、まるで真昼の月のように「そこに在るのに認識できない」という能力だ。それを用いればサビシほどの巨体が魔族領域から地を駆けてきても騒ぎにすらならない反面、ずっと同じ場所にいると自分という存在がその場に溜まってしまい、段々と効果がなくなっていく。


 おまけに再度効果が出るようになるにはその場を離れて「存在力」とでも言うべきものが自然に減少するのを待つしか無いため、各地を移動する分には便利なものの、特定の拠点に留まるには極めて不向きな能力だった。


『俺は息子を見てやれない。守ってやることすらできない。こんな何の縁もゆかりも無い地でたった一匹息子を残す俺の気持ちが、お前にならわかるだろう?』


「むぅ、確かにわかる……」


 もしニックがサビシの立場であったなら、娘のためにありとあらゆる手段を講じることは間違いない。そう考えれば年端もいかない生贄の少女を脅すというあまりよろしくない行為に関しても、是とはせずとも責めることもできなかった。


「しかし、そんな力があるのなら最悪ワンコはギセーシャを連れて旅をして回るという手もあるのではないか?」


『無理だな。確かに我が息子シロノワンコは生まれながらに強い力を持ってはいるが、技術的なものはまた別だ。月食ツキハミを使いこなすにはまだまだ時間がかかる……というか、そもそも今は使えすらしないだろう。


 だからこそこの地に腰をすえ、最低でも一〇年くらいは力をつける必要があるのだ』


「そうか……何とも難しいところだな」


『父上、父上! せっかく来てくれたのですから、今日は夕食を一緒に食べましょう!』


 難しい顔で話し合うサビシとニックの元に、不意にワンコが走り寄ってくる。その顔は父に会えた喜びに満ちており、左右に振れる尻尾は風を切っている。


『む? そうだな。なら久しぶりに狩りでもするか?』


『やった! 狩り! 父上と狩りができるのだ!』


「ふふ、なら私は皆さんのために夕食の準備をしますね」


「なら、儂もそっちを手伝おう。せっかく遠方の友と再会したのだ。どうせなら美味いものを一緒に食べたいしな」


 二人と二匹が顔を見合わせ、それぞれが行動を開始する。そうして始まった夕食では、大きな獲物を仕留めてまんざらでも無いサビシと嬉しそうに『父上は凄いのだ!』と囃し立てるワンコ、新鮮な内臓で作った煮込みを振る舞うギセーシャに、魔法の肉焼き器を取り出し美味しいこんがりと焼けた肉を量産するニック……と、皆が皆楽しく騒がしく食事を勧めていく。


『む?』


『どうしたのですか父上?』


 だがそんな折、不意にサビシが顔を上げると遙か山の麓の方に顔を向けた。皆が何事かと見守るなか、サビシがフンフンと鼻を鳴らしながら念話を紡ぐ。


『大量の魔物がこっちの方に移動しているな……これはゴブリンか?』


「えっ!?」


 サビシの言葉に、ギセーシャが驚きの声をあげる。ただの村娘であるギセーシャにとって、大量のゴブリンとは即ち死そのものであるからだ。


『何を驚く? たかがゴブリンなどどれほどの数がいようと鬱陶しいだけではないか』


『そうだぞギセーシャ! ゴブリンなんて我が全部やっつけてやるのだ!』


「そうか、そうですよね……とっても頼もしいです」


 だが、それはあくまでギセーシャのみ。この場にいる他の者でゴブリン如きを脅威と感じる存在はいない。ワンコとサビシの言葉に、ギセーシャのこわばっていた表情がほどける。


「大量のゴブリン……それはあれか? この前ワンコが山から追い払ったという集団か?」


『えっと……多分?』


 ニックの問いに、ワンコが首を傾げながら言う。いくら嗅覚が鋭いとは言っても、追い払った有象無象のゴブリンの臭いまでいちいち覚えているわけではないので、同じ魔物だと断言はできない。


 とは言えこのタイミングで全く関係の無いゴブリンの集団がやってくるとは思えない。ならばこそニックは食事の手を止め思案顔になる。


「となると、何らかの理由で恐慌状態にでもなって暴走しているということか? 厄介だな」


『何がだ? 繰り返すが、ゴブリンなど大地を埋め尽くすほどいたとしても俺の敵じゃない。お前だってそうだろう?』


「そりゃ儂等が相手をするならそうだろうが、一般人には違うであろう。例えば……ギセーシャの暮らしていた村とかな」


「ああっ!?」


 ニックの指摘に、ギセーシャは思わず悲鳴をあげた。最初に出会った時、ワンコから「放っておけば冬には村が襲われただろう」と言われていたのを思い出したからだ。


「サビシ様! ゴブリンの群れがこちらに来ているとのことでしたが、ひょっとしてその途中には……」


『ん? ああ、ニンゲンの村があるな。だがそれに何か問題があるのか?』


「何かって――」


『大丈夫なのだギセーシャ。ニンゲンが約束を守ってギセーシャを生贄に差し出したのだから、我もきちんと約束を守るのだ! 村は我が守るのだ!』


「いや、それはちょっと待て」


 最初にかわした約束を早速守ろうと張り切るワンコを、何故かニックが引き留める。その不可解さに全員の視線が集まる中、ニックは一人ニヤリと笑い……


「ふふふ、いいことを思いついたぞ!」


 キラリと輝くニックの瞳には、白く輝く美しい月が映っていた。

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