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父、講習を終える

「うぉぉぉぉ!?」


 何の罪も無い冒険者に突然斬りつける。そんな無法極まる行為に最初に声をあげたのは、他ならぬシドウ本人であった。


「ちょっ!? 何やってんだオッサン! 何で防ぐか避けるかしなかった!?」


「お主が突然斬りつけたくせに、それは流石に理不尽ではないか?」


 興奮冷めやらぬシドウに、ニックはあくまで平然と応える。だがその態度こそがシドウを更に焦らせる。


「うるせぇ黙ってろ! 今手当を――」


「いや、その必要は無いぞ? 別に怪我などしておらんからな」


「そんなわけっ!? そんなわけ……? あれ? えぇぇ……?」


 ニックの強さを理解したからこそ、シドウは割と本気で斬りつけた。普通であれば寸止めを意識するところだが、自分の実力でそんなことをすればニックに危機感を与えることが出来ないと思ったからだ。


 それがまさかの直撃である。確実に剣の刃がニックの首に食い込んだ手応えに大慌てで手当をしようとしたが……そう言われて見てみれば、確かにニックの首には血が出るどころかかすり傷すらついているようには見えなかった。


「いや、いやいや嘘だろ? 人間の体ってのはそうは出来てないだろ……?」


「そう言われてもなぁ。と言うかそもそも何故に突然斬りつけてきたのだ?」


「そりゃあ、あれだよ。オッサンなら余裕で防ぐと思ったから、一流の戦士ならこうやって不意を打たれても防げるんだぞって説明しようと思って……」


 半ば茫然自失としながら言うシドウに、今度はニックが苦い顔をする。


「そうだったのか! しまったな、殺気を全く感じなかったから防がなかったのだが、であればきちんと防御すべきだったか」


「そこはまあ、俺の実力がオッサンに警戒心を抱かせることすらできなかっただけってことだから、仕方ないけどさ」


 シドウにしても、子供が木の枝で叩いてくるのをわざわざ防いだりはしない。つまりシドウの攻撃はニックにとってその程度のものとしか認識されなかったということだが、実際殺すつもりこそ無かったとはいえ常人なら首がすっ飛ぶ程の力を込めた剣で薄皮一枚斬れなかったというなら、シドウに反論の余地は無い。


「……もう一回やり直すか?」


「……勘弁してくれ」


 決まり悪そうに人差し指を立てて言うニックに、シドウは疲れ切った顔で首を横に振った。


「あの、教官? 今のは……?」


「あ? ああ、だから……ああっ!?」


 突然大声で叫んだシドウに、話しかけたソーマのみならずその場にいたニック以外の全員がビクッと体を震わせる。


「い、いいか! 例外! このオッサンは例外中の例外だからな! 普通は死ぬ! 絶対に死ぬ! いや、このオッサンの存在を考えると、万が一白金級まであがれば違うのかも知れないが……とにかく俺の知る限り、首を刃物で斬りつけられたら死ぬからな!


 いいか! 試すなよ! 死ぬからな! 本気で死ぬし、殺しちゃうからな! 今日教えた全部を忘れても構わないから、これだけは絶対忘れるなよ!」


「は、ハイ! わかりました。試しません!」


「絶対だからな!」


「ハイ!」


 大声でやりとりするソーマとシドウを尻目に、他の新人冒険者達は呆れた口調でボソボソと話し合う。


「……まあ、普通試さねーよな」


「そうよね。言われなくても死ぬってわかってるものね」


「で、でも、それで怪我ひとつしないって、ニックさんって何者なんでしょう?」


「クソッ! 何であんな中年のオッサンが……同じ銅級とはいえ、僕より後に登録した後輩のくせに……」


「いやもうそういうことじゃねーだろ。オッチャンは級とかそういうの関係ねーって」


「そうね。強いて言うなら、ニックさんだけの専用階級とか? ニック級?」


「うわ、何かプニプニしてそうだね……」


「ぼ、僕だっていずれシュルク級と呼ばれるような偉大な冒険者に……」


『何やら好き放題言われているようだが、いいのか?』


(いいも悪いもあるまい。この状況で儂にどうしろと?)


 すっかり放っておかれてしまったニックは、流れ的に誰かに話しかけることもできずこっそりオーゼンと会話を交わす。


『まあ、これも貴様の非常識さが原因だ。貴様はもっと自重という言葉を覚えるべきだぞ?』


(あの状況で何を自重しろと言うのだ……流石に死ぬのは嫌だぞ?)


『普通に防げ愚か者! 貴様ならそのくらい余裕であろう!』


(おお! そう言われればそうだな!)


『全く貴様という奴は……』


「よーしお前等! 色々……本当に色々あったが、これで帰るぞ! まずは来た道を戻って森を出るから、今度はお前等が俺を先導してみろ。ああ、殿は守ってやるから気にするな」


 そんなニック達の耳に、ようやく調子を取り戻したシドウの声が聞こえた。その指示に従って新人集団が森を抜けるべく来た道を戻っていくが、流石にこの程度の距離で迷う者はおらず、程なくして特に何事も無く全員揃って森の外へと出ることができた。


「全員いるな? いない奴は返事をしろー!」


「教官、いない奴は返事を出来ないんじゃ……」


「ハッハー! お約束の返答ご苦労! ということで、これで今回の初心者講習は修了だ。本来なら最初に集まった町の門のところで解散なんだが、ここから町まで帰れないなんて奴はいないだろ?」


 シドウの言葉に、誰も反論の声をあげない。当然だ。余程運悪く魔物か盗賊にでも出会わなければ小さな子供だって帰れる距離なのだ。


「なら、やっぱりここで解散だ。せっかく交流を深めた奴ら同士で帰りながら反省会をやったっていいし、まだ十分に日も高いからもう一度森に入ってもいい。後は俺に個人的に聞きたいこととかがあれば今なら応えてやる。冒険者の心得って奴を教えてやるぜ? ヘッヘッヘ」


「…………」


 シドウの言葉に、誰も何も言わない。当然だ。色々と参考になる話は聞けた気がしても、シドウの実力は結局何処でも発揮されることはなかったからである。ニックに仕掛けた攻撃はなかなかのものだったのだが、無傷のニックの印象が強すぎたために誰の印象にも残らなかったというのもある。


「何もねーのかよ!? ハァ、まあいいや。じゃ、俺はこれで帰るから、お前達も適当にやれや。じゃーな」


 若干肩を落としつつ、シドウはひとり町へと戻っていった。その後に追従するように何人かの新人冒険者達も町への帰路を歩み始める。


「ニックさん。今日はありがとうございました」


「ん? ああ、こちらこそ助かったぞ。ありがとう」


 そんななか、礼儀正しくニックに下げて言うソーマに、ニックもまた笑顔で応えてその頭をグリグリと撫でる。この世界では十五なら成人なのだが、ニックにとっては最後まで彼らは可愛い子供のようなものだった。


「また何処かで会ったら、一緒に冒険しよーぜ!」


「そうね。ニックさんが一緒ならどんな魔物が出てきても大丈夫そうだし」


「僕は反対だぞ!? こんな得体の知れないオッサンとパーティを組むなんて、絶対に御免だからな!」


「まーまーシュルク君。後衛のシュルク君が強い魔法を安心して撃つなら、前衛にニックさんがいてくれた方が安心だと思うけど?」


「それはっ……そうだけど……」


「はっは。誘ってくれるのは嬉しいが、やはり若い者は若い者同士で組んだ方がいいだろう」


 仲良くなった少年少女達に、ニックは微笑みながらも首を横に振る。


「儂にも娘がいるのだがな。どうも儂が一緒だと構い過ぎるのだと言われてパーティを追い出されてしまったのだ。同じ轍を踏むわけにはいかんからな」


「そうなんですか。それは……寂しいですね」


「なあに、出会いがあれば別れもあるのが冒険よ! なあソーマよ、他の皆もそうだ。今の仲間を、友を大事にせよ。互いに助け合い尊重し合い、いいところはきっちり認めて褒め、悪いところは遠慮せず指摘せよ。それが出来るのは子供の頃から一緒だというお主達のパーティの特権だ。そんなもので揺るがぬ絆こそが、何よりも得がたい宝なのだ」


「ニックさん……」


「そして忘れるな。儂は共には歩かぬが、それでもお主達と結んだ縁は忘れぬ。だから自分達で解決できないような困りごとがあったら、その時は遠慮無く声をかけてくるが良い。儂に出来ることならきっと力になるぞ」


「……ハイ! ありがとうございますニックさん!」


「何だよオッチャン、かっけーな! くそっ、俺もオッチャンみたいにシブい大人になりたいぜ!」


「ベアルには無理じゃない? あと、確かにニックさんは格好いいけど、アタシはもうちょっと線の細い人の方が好みね」


「カリンちゃん、失礼だよ! ごめんなさいニックさん。それと、ありがとうございました」


「いつか! あの教官が傷ひとつつけられなかったその体を、いつか僕の魔法が焼いてやるからな! 絶対覚えてろよ!」


「ガッハッハ! そうかそうか。ではそれを楽しみにしておこう」


『子供の成長を見守るのが幸せだというのはわかるが、かといって魔法で焼かれるというのはどうなのだ?』


 オーゼンの突っ込みに、細かい事は気にするなとニックは腰の鞄を軽くパシンと叩く。そうしてから最後に別れの言葉を交わすと、ニックはソーマ達新人冒険者と別れて町へと歩き出した。


 こうしてニックの初めての初心者講習は静かに幕を閉じるのだった。


『ところで、当初の目的であった情報収集はどうしたのだ?』


「あっ!?」


『全く、貴様という奴は……』

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