表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/800

父、友と語らう

『何故!? 何故貴様がここにいる!?』


「何故と言われてもなぁ。本当にたまたまというか、偶然としか言いようがないのだが……だがそうか。やはりワンコはお主の息子であったか」


 明らかに焦った様子の巨狼……サビシに、ニックがしたり顔で頷いてみせる。そんなやりとりを見せられれば、当然疑問に思ったのはワンコだ。


『父上? 父上はニックとお知り合いなのですか?』


『ぬあっ!? あ、ああ。まあな。コイツは……アレだ。俺の所に勝負にやってきた冒険者の一人だな』


『勝負!? 父上と戦ったのですか!?』


 驚いたワンコが、尻尾をぶわっと膨らませながらニックの方を見る。それと同時にギセーシャも顔をあげたのは、サビシから感じる圧力が急速に低下したからだろう。


『父上と戦えるなんて凄いのだ! あれ? でも今ニックは父上の名前を呼んだような……?』


『あー! それはほら、アレだ。コイツはなかなかに強かったからな。勿論俺には及ばないが、それでもいい勝負をしたというか、いいところまでいったというか……だからほら、アレだ。アレがアレした結果、この俺が名を教えてもいいと思える戦士だと判断したのだ!』


『わふん! 凄いのだ! 父上に名前を教えてもらえるなんて、ニックは本当に強くて凄い戦士だったのだ!』


 ワンコのつぶらな瞳が尊敬の念を込めてニックを見る。だがそれを受けたニックの顔は、何とも意地悪そうににやけている。


「そうかそうか。いい勝負か……ふふっ、なるほどなぁ」


『に、ニックよ! ここで会ったのも何かの縁だ! 向こうで! 向こうでゆっくりじっくりと話をしようではないか! おお、それがいい! そうするべきだぞ!』


『父上! ボクも話を聞きたいです!』


『それは駄目だ! いや、駄目というか……ほら、アレだ。お前にはまだ早いのだ息子よ!』


『くぅん。そうなのですか……』


 食い気味に否定され、ワンコがしょんぼりと尻尾を垂れ下がらせる。その姿にいたたまれなくなったのか、サビシは今まで以上に焦った口調で矢継ぎ早にニックに話しかける。


『ぐぅぅ、すまぬ息子よ。だが今は駄目なのだ……さあニックよ! 今行くぞ! すぐ行くぞ! 可及的速やかに俺とお前だけになるのだ!』


「わかったわかった。ではお主達、また後でな」


『行ってらっしゃいなのだ……』


「いってらっしゃいませ。サビシ様、ニックさん……ほら、元気を出してくださいワンコ様」


 今一つ元気のないワンコに、ギセーシャが寄り添って優しくその背を撫でる。そんな二人のやりとりを目を細めて見つめてから、ニックとサビシは二人のいる場所とも巣穴とも違う、全く別の方向へと進んでいった。


「もうこの辺でよいのではないか?」


『むっ、そうか? もうちょっと離れた方が……』


「そんなに心配せずとも誰も着いてきてなどおらんわ! 全くお主は……しかしまあ、本当に久しぶりだなサビシよ」


『久しぶり、か。俺の感覚ではそう昔ってわけでもないんだが、ニンゲンのお前からすればそうなるのか?』


 親しげに話しかけるニックに対し、サビシはその巨体を地面に伏せさせ、頭の位置を低くしてニックに話しかける。使っているのは念話なので距離が関係あるわけではないのだが、だからこそその姿勢が二人の心の距離を表しているようだ。


「あの時から三年ほどか? あれほど『俺は生涯孤高を貫く』とうそぶいていたお主が、まさか子供まで作っているとはなぁ」


『フンッ! 俺にだって色々あったのだ』


「その色々とやらを是非とも聞いてみたいところだが……その前に、だ」


 ニックの腕が、グイッとサビシの首に回される。サイズの問題から引っかけるどころか首の所に腕を乗せているだけのような体勢ではあるが、それでもサビシは自分がどれほど暴れてもこの腕を振りほどけないと知っている・・・・・


「この儂が、お主といい勝負をしたというのか? ん?」


『あ、あれはアレだ! アレがアレして……くそっ、いいじゃないか! 俺だって息子の前で格好くらいはつけたいんだよ! お前だって娘の前ではいつも格好つけてたじゃないか!』


「何を言うか! 儂は別に無理をして格好つけてなどおらんぞ? いつだって娘が誇れる父として立派な行動を――」


『フッ。つい先日も裸で暴れた男の言う台詞ではないな』


「ぬぐっ!?」


 不意打ちのように腰の鞄から聞こえた言葉に、ニックは思わず言葉を詰まらせパスンと鞄を叩く。そんなニックの行動に、サビシは巨大な頭をわずかに傾げた。


『どうしたニック? と言うか、今その腰のところから小さな声が聞こえたような気がしたんだが……』


「ははは、気のせいだ。そんなことよりお主に聞きたいことがいくつかあるのだが」


『ん? 何だ?』


「まず最初は、種族だ。何故息子に『自分たちは神狼フェンリルだ』などと教えたのだ?」


 それはニックが最初にワンコを見たときから感じていた疑問だ。神狼フェンリルとはいるかいないかもわからない伝説の魔物であり、少なくとも目の前にいるサビシは神狼フェンリルなどではない。


 彼は月光狼ムーンウルフという狼系では知られているかぎり最上位の存在であり、魔族領域の北部にてそれなりの勢力を誇る魔物だ。一般人からすれば十分幻ではあるが、金級以上の冒険者ならば出会ったことのある者は決して少なくはないのだ。


『それは……わかっているだろう。俺がどんな生き方をしてきたか』


 そんなニックの問いに、サビシは牙を見せて低く唸る。常人ならばそれだけで悲鳴を上げて逃げるところだが、ニックが腕に込めた力はいささかも緩むことはない。


『群れで唯一、俺だけが仲間とは違う言葉を話すことができた。そのせいで群れに馴染めず飛び出した俺に待っていたのは、過酷な現実だ』


 月光狼ムーンウルフは賢くはあるが、それでも人の言葉を話したりはしない。あくまで同胞達の間で意思疎通ができるだけであり、他種族との会話などもってのほかだ。


 だが、サビシだけは違う。生まれたときから人の言葉を理解し、本能に縛られない知性と理性を持ったサビシは、一糸乱れぬ統率こそを是とする月光狼ムーンウルフの群れにおいて極めて異質の存在だった。


 なればこそ、サビシは生まれて三年が過ぎた頃、どうにも我慢できなくて群れを飛び出した。自分は同胞達とは違う、もっと優れた存在なのだと息巻いてたった一匹で降り立った大地は……サビシの想像よりも何倍も厳しかった。


『はぐれになったせいで、まともに狩りもできやしなかった。俺達の強さはあくまでも群れの強さだからな。今までは楽に狩れた相手にすら痛めつけられて、何日も何も食えない日が続いたこともある。ありゃ辛かったな……まあそれも最初のうちだけだが』


 サビシの大きな口の端がペロリとめくれる。その凶悪な笑みは何処か楽しげで、大きな尻尾がブオンと音を立てて揺れる。


『俺が群れから飛び出した原因、こざかしい知恵のおかげで俺はすぐに強くなった。同胞達が本能に任せて爪や牙を振るうしかないのに対し、俺はいつでも考え、工夫して戦った。


 こっそり後をつけての不意打ち、だまし討ち。負けそうなら尻尾を巻いて逃げたし、戦うときもちゃんと相手の体つきやら何やらを考慮して噛みつく場所を変えたりしたし、何なら罠なんてのを作ったこともあったな。この体じゃ大したものは作れなかったが、馬鹿な獲物共は面白いように引っかかってたぜ』


 クックックッとサビシが喉を鳴らす。一匹になって弱くなった自分。それに散々辛酸をなめさせた相手がほんの少し知恵を使うだけで楽勝で倒せるという事実は、当時のサビシにとって実に爽快な出来事だった。


『後は、地味に戦闘訓練なんかもやってたな。魔物ってのは生まれながらに強ぇからそんなことしないんだが、やってみたら面白いくらい強くなってな。二〇年もしないうちに、俺は故郷の森で最強の存在になった。かつて同胞達が束になってかかっても敵わなかった暴君熊タイラントベアードだって、俺にかかりゃ一捻りだった!


 その辺りからだったな、俺の周囲に集まる奴らが変わり始めたのは』


「魔族領域北部、闇食いの森に強力な変異種の魔物あり……孤高の魔狼の討伐依頼か」


 ニックの漏らした呟きに、サビシは再び大きな口をペロリとめくり上がらせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ