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父、腕を振るう

「ん……何だろ、いい匂い……」


 鼻腔をくすぐる食欲をそそる匂いに、ギセーシャの目がゆっくりと開かれていく。


「お、目が覚めたか」


「誰? じゃなくて、えっと……ニックさん? あれ、私何を? ここは……っ!?」


 ぼんやりとしていた記憶が徐々に形を取り戻し、全てを思い出したところでギセーシャが勢いよく飛び起きる。するとその気配を感じてか、側で寝ていたワンコもムクッと顔を起こしてからひとつ大きなあくびをした。


『ふぁぁ……何だ? 何だか凄くいい匂いがするのだ……』


「ワンコも起きたか。すぐに飯の準備ができるから、もう少し待つのだ」


「ごめんなさいニックさん! 食事の準備は私がしないといけなかったのに……え、嘘、もうこんなに日が高い!?」


 外で料理をしているニックの姿に、ギセーシャが慌てて洞穴から飛び出せば、木々の隙間から差し込む太陽の光は垂直に近い。いつもならば日の出と共に起き出す生活をしていたギセーシャからすれば、これは大変な寝坊だった。


「はっはっは。昨日は色々あって疲れていただろうからな。今朝……朝というかもう昼だが、とにかく今回は儂がやっておくから、顔を洗ってくるといい。水場はそっちを降りたところだ。足下が滑るから気をつけてな」


「はい。ありがとうございます……」


 怒られるでもなく笑って諭され、ギセーシャは若干気まずそうな顔をしつつ教えられた方向へ歩き、そこにあった小さな沢で顔を洗う。幸か不幸か流れる水は氷のように冷たく、手が赤くなるのと引き換えにギセーシャの頭はシャッキリと目覚めた。


「お待たせしました……ワンコ様?」


『わふふー! 美味しそうなのだー! 美味しそうなのだー!』


 ギセーシャが洞穴の前に戻ると、料理をするニックのすぐ側でワンコがちょこんと座り、楽しそうに歌いながら尻尾を左右に振っていた。


「勿論美味いぞ。と言ってもお主にはこれだけでは少々少ないか。一応朝であるから消化にいいものをと思ったが……肉も焼くか?」


『肉! 肉も食うのだ! 我は肉をご所望なのだ!』


「ははは。わかったわかった。ではそちらも準備しよう」


 簡単な石竈と鍋で煮込み料理を作っていたニックだったが、ワンコのはしゃぐ様子に魔法の鞄ストレージバッグから魔法の肉焼き器を取り出すと、手早く肉をセットしてハンドルを回し始める。踊り出したくなるような軽快な音楽が流れるなか、ニックは一定の速度でハンドルを回し続け……


「ここだっ!」


 刹那を見切って肉を外せば、あっという間にこんがりと焼けた肉の完成だ。


『わおぉぉん! 美味しそうなのだ! 凄く凄く美味しそうなのだ!』


「うわぁ……」


 焼けた肉を掲げるニックの周囲を、ワンコが騒ぎながらぐるぐると走り回る。その様子を少し離れて見ていたギセーシャだったが、ニック達の側までやってきて直接肉の匂いを嗅いでしまったところで、お腹の辺りでグゥと可愛い音が鳴ってしまう。


「あっ!? す、すいません。凄く美味しそうだったので。うぅ、恥ずかしい」


「ハッハッハ! 腹が減るのは元気な証拠だ! ではお主にも肉を焼いてやろう」


「ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にしたギセーシャに、ニックは笑顔で追加の肉を焼く。芋や豆など野菜を中心とした煮込みスープの優しい匂いに暴力的なまでの香ばしい肉の香りが加わり、腹ぺこの子供達の目がニックと料理の間を行ったり来たりする。


「さあできたぞ! どんどん食え!」


「いただきます。ふわぁ、美味しい……っ」


『美味いのだ! 美味いのだ!』


 夢中で食事をとる一人と一匹を前に、ニックもまたスープを啜り肉を囓る。温かいスープの滋養が体中に染み渡り、焼けた肉にかぶりつけば肉汁と共に力が湧いてくる。


『わふっ! わふっ! 美味しいのだ! でもできれば生の肉も食べたいのだ……よし、ちょっと狩ってくるのだ!』


「えっ、ワンコ様!?」


「そうか。気をつけてな」


 不意にそう言うと、ワンコが山の中へと走って行く。その様子に驚くギセーシャだったが、平然としているニックを見て落ち着きを取り戻し食事を続ける。するとほんの一〇分ほどで、自分の体の何倍も大きいイノシシを咥えてワンコが戻ってきた。


『わふー! なかなかの獲物が狩れたのだ!』


「うわっ、ワンコ様凄い! とっても立派なイノシシですね」


『そうなのだ! 我は凄いのだ!』


 手を叩いて褒め称えるギセーシャに、獲物を地面に置いたワンコの尻尾が激しく揺れる。


「なかなかの獲物を仕留めてきたな。どうする? それも焼くのか?」


『いや、これはこのまま食べるのだ! 焼いた肉は涎が出ちゃうけど、生の肉の方が力が出る感じなのだ!』


「ほぅ。そんな違いがあるのか」


 流石のニックも生肉を食べた経験はない。血抜きどころか皮すら剥がず内臓もそのままとなれば尚更だ。


『ほら、ギセーシャ。オマエにもやるから食べるのだ! 食べたら強くなるぞ!』


「うっ……すいませんワンコ様。生の肉は、ちょっと……」


 ワンコが血まみれの口で食いちぎった肉を目の前に落とされ、その見た目と生臭さにギセーシャが思わず顔をしかめる。


「おいワンコ。人に生肉は無理だぞ? 最低でも火は通さねば……ギセーシャよ、お主獲物の解体はできるか?」


「ごめんなさい、できません」


「謝ることはない。であればお主が最初に覚えるべきは、獲物の解体だな」


『わふん? 我のお世話ではないのか?』


「それはまた後だな。お主とてギセーシャが飯を食えずに倒れたり、変なものを食って苦しんでいたりしたら困るであろう?」


『それは確かにそうなのだ……わかった。じゃあ我のお世話は次にするのだ!』


「ありがとうございますワンコ様。気を遣っていただいて」


『気にするな! 我はこの群れの主だからな! 我の生贄であるギセーシャを大事にするのは当然なのだ!』


「よく言った! 偉いぞワンコ」


『わふーん!』


 ワシャワシャとニックに撫でられ、気持ちよさそうにワンコが声を上げる。ひとしきり撫で終わると、ニックは使った食器類や魔法の肉焼き器を手早く片付けてから改めてギセーシャの前に立つ。


「ではこれより獲物の解体を教えてやろう。まずは適当な刃物……は、持っておらんだろうなぁ」


「はい……」


『我には爪と牙があるぞ! 大抵のものはスッパリなのだ!』


 ニックの言葉に申し訳なさそうに答えるギセーシャと、何故かギセーシャの隣でお座りをして自慢げに言うワンコ。多分一人だけのけ者は寂しいのだろうと思い、ニックはそれを気にすることなく腰の鞄から小ぶりのナイフを取り出す。


「では、これを使うといい。儂のお古だが、切れ味はなかなかだぞ」


「いいんですか? ありがとうございます!」


『我には? 我には何かくれないのか!?』


「お主は今自分で『爪と牙がある』と言ったではないか」


『言った。言ったけど……わぅ……』


「仕方ない奴だな。ではお主にはこれをやろう」


 しょんぼりしてしまったワンコに、ニックは今度は魔法の鞄ストレージバッグから丸い木製の球を取り出した。


『何だ!? 何だその丸いのは!?』


「はっは。こいつは見たとおりの木の球だ。だが元になっているのが香木でな。ほれ」


『うわっ、何だこれ!? 臭い! 何だか臭くて丸いのだ!』


 ニックに球を渡されると、ワンコはフガフガと匂いを嗅いだり囓ったりして遊び始める。


『わふぅ! 臭いのだ! 丸いのだ! 臭いのがコロコロしてるのだ!』


「ふふっ、ワンコ様、楽しそう……」


「アイツもこれが好きだったからな。ま、これでしばらくは退屈することもなかろう。さあ、こちらはこちらでしっかりと手順を覚えてもらうぞ?」


「はい! 宜しくお願いします!」


 白銀のもふもふが遊ぶ姿に癒やされて、元気よく返事をするギセーシャ。やる気のある生徒を前に、ニックもまた張り切って己の技術を伝え始めた。

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[良い点] ワンコかわよい
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