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父、小技を見せる

「それで? このゴブリンをどう・・倒せば良いのだ?」


 ニックの発言は、言外に「要望通りの倒し方が出来る」という意味が含まれている。それは冒険者に登録して僅か二週間ほどの新人として考えればあまりに不遜な発言であり、実際一部の新人からは「何だアイツ」という類いの呟きも漏れる。


「そうだな。それじゃ必要最小限で倒してみてくれるか?」


 だが、シドウはやはりニヤリと笑ってニックにそう要求を出した。ニックが森の奥でやたらと強力な魔物を倒して持ってくることは当然冒険者ギルドの内部で情報共有されているし、森の中で音を立てずに移動していたことなどからもニックの実力がゴブリンに通じないなどとは一切考えていなかったからだ。


「わかった。では少し離れているが良い」


「へっへ。お手並み拝見ってね」


 ゴブリンの前に静かに歩み出るニックに、シドウはここで初めて守るべき対象より後ろ……つまりニックを通り過ぎ、その背後のなりたて冒険者達の側へと下がった。


(さーて、このオッサンはどんなもんかね?)


 値踏みするようなシドウの視線を背に、ニックが静かに構えをとる。そして――


「ではいくぞ? …………っ」


「……は?」


「え? 何!?」


 皆が見守るなか、ニックの体が消えた。そうして如何なる音も立てず、何の衝撃も生まず、瞬きすらものろまに感じるほどの一瞬の後。そこには拳を突き出したニックと、その腹に大穴を開けたゴブリンの姿があった。


「……………………」


 ただ一言の声を漏らすことも無く、ギリギリ体がちぎれなかったゴブリンがその場に崩れ落ちる。それを確認したニックはふーっと息を吐き、シドウ達の方へと向き直った。


「どうだ? こんな感じで良かったのか?」


「…………あっ!? あ、ああ! 十分だ」


 その様子を呼吸すら忘れて見ていたシドウは、自分が声をかけられたことに遅れて気づいてようやくそれだけ返事をした。


『ふむ、力だけでなく技もこれほどであったか……』


「うおー! スゲーなオッチャン! めっちゃ強いじゃん!」


「ホント! 凄いわニックさん!」


「ふ、フン! 僕の魔法が腹に当たれば同じくらいの威力は出るさ!」


「ガッハッハ! まあざっとこんなものだ!」


 オーゼンと子供達の賞賛やら何やらを受け、ニックは上機嫌に笑う。だがその様子を眺めるシドウの内心は、とてつもない焦りに満ちていた。


(ヤバい。ヤバいぜこりゃ。何だコイツ……)


 事前に聞いていた情報から、最低限と指示はしてもシドウはニックがゴブリンを派手な一撃で吹き飛ばす事を想定していた。その程度の力は持っているだろうと考え、逆に言えばそのくらいしか出来ないだろうと思っていたのだ。


 だが、蓋を開けてみればニックが見せたのは絶技であった。周囲に一切の影響を与えず、銀級冒険者が視認すらできない速度で、あれだけの破壊力を一点に収束する。その技の本当のすさまじさを理解出来たのはこの場の人間では銀級であるシドウだけであり、そしてそのシドウですらニックの実力を測ることなどできなかったのだ。


(どんだけだ? このオッサンどれだけ強いんだ!? うっわ、下手なちょっかい出さなくて正解だったぜ……)


 背中にビッショリと汗をかきながら、シドウは必死に心を落ち着けようと努力する。歳のいった新人が派手に戦果をあげていると聞いてその実力を見てみたいと思い、ニックの性格次第では挑発したり軽く怒らせたりくらいはしてみようかと考えていただけに、何もしなかった自分の英断をシドウは心から賞賛した。


「ふーっ……よし、よし! よーしお前等、話を聞けー!」


 流れるような手つきでゴブリンを解体し、シュルクの吹き飛ばした頭以外から左耳を、ニックの消し飛ばした胸以外から魔石を回収することで何とか気持ちを切り替えることに成功したシドウは、そう言って全員の注目を集める。


 その声で周囲の魔物が逃げる、あるいは集まってくる可能性はあったが、目的は既に果たしたのでどちらでも問題が無い。


「今三人にそれぞれの方法でゴブリンを倒してもらったわけだが、どの攻撃が一番ヤバかったと思う? 自分が食らいたくないのはどれだ?」


「どれって、そりゃオッチャンのだろ? あんなのどうしようもねーよ」


「でも威力だけならあの魔術師の子の魔法も凄かったよな。防御魔法無しじゃ絶対防げないって意味ではあっちの方が怖いかも?」


「いや、あのオッサンだって凄かったぜ?」


「でもあの巨体なら遠くからでも見えるだろ? なら遠距離から魔法の方が……」


 新人冒険者の間で様々な論議が繰り広げられる。彼らからするとニックの攻撃はあくまで「凄く速く動いて殴っただけ」としか認識できず、派手さのあったシュルクの攻撃魔法とどちらが凄いかの甲乙がつかない。


「よーし、そこまでだ! 何だよ、最初に戦ってくれた勇敢な仲間に対する評価は無しか? 世知辛いねぇ」


 シドウにそう言われて、当の少年冒険者は憮然とした表情をする。気に入らないのは事実だが、それでも自分より強いと思われる二人に対して文句を言うことはできなかった。


「ま、いいさ。で、オッサンか魔術師君かのどっちかって感じだったが……正解は『全部ヤバい』だ」


 もはやくどいくらいにニヤリと笑ったシドウの言葉に、冒険者達から「えー!?」「何だよそれ!?」とブーイングがあがる。だがシドウはチッチッチッと人差し指を振って見せると、言い聞かせるような声で言葉を続けた。


「わかってねーなお前等? いいか? 人と魔物の一番の違いは、その生命力だ。まあゴブリンくらいなら大差ないが、逆に言えば人間なんざゴブリン程度の強さでしかないってことだ。あの魔法を食らっても、このオッサンに殴られても、そして勇敢な少年に斬りつけられても、どれを食らっても致命傷になる」


 そこで一旦言葉を切ると、シドウはゴブリンの死体の方へと歩いて行った。その場に落ちている錆びてボロボロの短剣を拾うと、それを皆に見せつける。


「わかるか? こんな錆びてボロッボロの、今にも折れそうな剣だってな……首にでも当たりゃ、簡単に人は死ぬんだぜ?」


 今までの軽い雰囲気から一変、真剣な表情になって言うシドウに、新人達のざわめきが止まる。


「人ってのは、簡単に死ぬんだ。例えばドラゴンを倒そうと思ったら、寝込みを襲ったって無理だ。奴らの鱗には莫大な魔力が宿ってて、並の武器じゃ文字通り刃が立たないからな。


 だがドラゴンを殺せる英雄だって、こんな糞みたいな短剣が首に刺さりゃゴブリンにすら殺される。生物としての強さが根本的に違うんだ。それを理解し、魂に刻め。今あっさり倒したゴブリンは確かに雑魚だが、俺達はそんな雑魚にだって油断したら殺されるくらい弱い生き物なんだ」


 何処か浮ついていた新人達の表情が変わる。中には「自分だけは死なないから大丈夫」という根拠の無い自信に余裕の表情を崩さない者もいたが、それに対してシドウは何も言わない。薬草の時と同じで、それを受け取ってどうするかは冒険者側の問題だからだ。


「ハッハー! ま、好きにすりゃいいさ。冒険者はいつだって自己責任だ。始めるのも辞めるのも、活躍するのも野垂れ死ぬのも……そして仲間を巻き込んで死ぬのもな」


 今度こそ、余裕の表情を浮かべている新人は消えた。根拠の無い自信は仲間の安全にまでは回らなかったからだ。


「いい顔だ。無理、無茶、無謀を重ねて突っ走るのは若者の特権だが、待ってる結果は決して甘酸っぱいものなんかじゃない。失敗したと笑って思い出を語れるような未来は来やしねーんだよ。


 いいか? 新人が戦闘において気にすることはひとつだ。絶対勝てる相手以外と戦うな。そんな奴を相手にするのすら最大限の警戒をしろ。自分が、仲間が死ぬ事を想定しろ。そしてそうならないように全力を尽くせ。こんなふうに……なっ!」


 笑顔のまま、何気ない仕草で腰の剣を抜いたシドウが、無造作に剣を振るう。一切の手加減無く振るわれたそれは、完全に無防備なニックの首にあっさりと食い込んだ。

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