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父、話を聞く

 可愛らしい姉妹と別れを告げ、一路海の方へと進み続けるニックとオーゼン。二人が次にたどり着いたのは、深い山の麓にある小さな村だった。


「こんな山奥に旅人とは、随分と珍しいのぉ。こんな所に一体何の用なんじゃ?」


 行商人すら滅多に訪れない山奥の村に、宿屋などというものはない。この村の長老だという老婆の家に泊めさせてもらったニックだったが、簡単な夕食を終えたところで老婆がそう話しかけてきた。


「この村に用というわけではないのだ。単に海の方に向かっているから、その道すがらに寄らせて貰ったというところだな」


「海!? 海に行くのにこんな場所を通り抜けるおつもりか!? 何ともまあ豪儀なことじゃて」


 ニックの言葉に、老婆が目を丸くして驚く。通常海に行くならば、山を大きく迂回した街道を通る。そちらならきちんと馬車も通っており、距離的には数倍になったとしても時間的にはずっと早いし、何より安全だ。


「じゃが、今は時期が悪かったのぅ。悪いが山に入らせるわけにはいかんのじゃ」


「む? どういうことだ?」


「実はのぅ。今この村は山の魔物に生贄を要求されておるのじゃ」


「生贄!? それはまた穏やかではないな」


 辛そうに言う老婆に、ニックもまた眉根を寄せる。そんなニックの態度に、老婆はそっと白湯の入ったコップを差し出し、自らもまたニックの正面に座って会話を続けた。


「事の起こりは、今から一週間ほど前の事じゃ。山の奥からやってきた魔物が、強烈な威圧と共に頭に直接響く不思議な言葉を投げてきたのじゃ。『次の満月の夜に年若い娘を一人、生贄として差し出せ、でなければ村に災いが起こるであろう』とな」


「ほぅ。それはまたわかりやすい脅しだな」


 ニックの言葉に、手の中のカップをじっと見つめながら老婆が頷く。


「うむ。じゃがワシ等にはどうすることもできぬ。あのような恐ろしい気配を放つ魔物など村の猟師では太刀打ちできぬし、冒険者を雇うような余裕もない。そもそもここから町まで行って依頼を出して戻ってくるだけでも一週間では間に合わぬからな」


「では、生贄を出すのか?」


「ああ。村の総意でそう決めた」


 ニックの問いを、老婆のしわがれた声が肯定する。枯れ枝のように細く皺だらけの指が震えているのは、決して秋の夜の寒さからだけではないだろう。


「オババ様」


 と、その時家の階段を降りて、一人の少女が姿を表した。白と赤を組み合わせた何処か神秘的な服装に身を包む一五歳ほどだと思われる少女の顔は、憂いに深く沈んでいる。


「おお、ギセーシャや。準備はできたのかい?」


「はい。この通り身を清め服を着替えました」


「そうかいそうかい。ああ、綺麗だねぇ」


 席から立ち上がった老婆が、よたよたとした足取りで少女の方へ歩み寄る。すっかり腰が曲がって低くなった老婆の視線が、少女の顔を正面から見つめた。


「ほれ、もっとよく顔を見せておくれ。オババはすっかり目が弱くなってしまってねぇ」


「オババ様……」


「そんな顔をするでない。ギセーシャのおかげで村は助かるのじゃ。それに寂しいこともないぞ? すぐにオババも側に行くでな」


「そんな!? オババ様には長生きしてもらわなければ、私が生贄になる意味がありません!」


「ホッホ。そんな我が儘言うものじゃないよ。それに長生きなんざ碌なもんじゃないさ。可愛い孫の晴れ姿、見るなら結婚する時の幸せな顔だとばかり思っていたのに……こんなことなら、アンタを拾わない方がよかったのかねぇ。そうすれば、他の誰かのところで幸せに――」


「それは違います! 親を亡くし身寄りの無い私をオババ様が引き取ってくださったから、今の私があるのです! オババ様と過ごす日々は穏やかでとても幸せでした。だからそんなことは言わないでください!」


「ギセーシャや……本当に、本当にいい子に育ってくれたんだねぇ。ありがとうよ。ありがとうよ」


「オババ様……っ!」


 老女と少女が共に涙を流しながら抱き合う。奇しくも今宵は満月。最後の別れを惜しむ二人の姿を、ニックは静かに見つめていた。


「ああ、ほったらかしにして申し訳ないねぇ、お客人。それでお客人、もしよければこのオババの頼みを一つ聞いてはもらえないかねぇ?」


「何だ?」


「ギセーシャが山に入るまでの護衛をお願いできないかい? 村の男衆が出てくれる事にはなってるけど、夜の山に入るのに用心しすぎるってことはないからねぇ」


「護衛か……魔物の退治ではなくて、か?」


 ニックの言葉に、老婆は力なく首を振る。


「はっきり言うが、この村にそんな魔物を退治してもらうほどの報酬は払えない。それに半端に手を出されて魔物を怒らせたりしたら、それこそギセーシャの犠牲が無駄になっちまうからねぇ。これがギリギリのところなんだよ」


「そうか……わかった。その依頼引き受けよう」


「おお、そうかい! ありがとうねぇ」


「宜しくお願いします。えっと……」


「ああ、儂はニック。銅級冒険者のニックだ」


「わかりました。宜しくお願いします、ニックさん」


「それじゃ、出発までまだ少し時間があるから、それまでは部屋で休んでいてもらえるかい? 時間になったら声をかけさせてもらうよ」


「うむ。では、また後でな」


 老婆の言葉に返事をして、ニックはそっとその場を後にした。最後の別れを惜しむ二人を邪魔するほどニックは無粋な男ではない。


『で、どうするのだ?』


 そうして部屋に入れば、腰の鞄から相棒の声が聞こえる。もっともそれに対する答えなど、聞いたオーゼンにすらわかりきっていることだ。


「無論、助ける」


『だろうな』


 即答するニックに、オーゼンはやはりかと苦笑する。いかにも強そうな冒険者であるニックの同情を引くためにあえて目の前であんなやりとりをやってみせたのだろうかとも考えたが、仮にそうだったとしてもニックの決断が変わるとは思えない。


「気になることがあるとすれば、こんな場所に人の言葉で意思疎通ができるような高位の魔物がいることだが……まあその辺は見てみればわかるであろう。よほどの相手でもなければ無力化して話し合いもできるだろうしな」


『貴様だからこそできる方法だな。普通ならもっと時間をかけて調べねばならぬところだというのに』


 真実を知るには時間がかかり、世の中には取り返しの付かないことなどいくらでもある。


 だがニックは強い。その強さは様々な余裕を生み出せる。「殺さず制圧する」ことが可能であればこそ、ニックには「とりあえず殴って大人しくさせる」という選択肢が取れるのだ。生きてさえいれば話を聞くことも誤解を解くことも、仲良くなることすらできるのだから。


「では、時間まで一眠りするか。よそ者の儂がいつまでも部屋でゴソゴソしていてはあらぬ誤解を受けるかも知れんしな」


『貴様にしては殊勝な選択だな。てっきりもっと張り切るのかと思ったが』


「はっはっは。張り切るのはこの後だ。さて、どんな魔物が出てくるか……願わくばアイツ・・・のような者だとよいのだがな」


 言ってニックは目を閉じる。瞼に浮かぶ友の勇姿に少しずつ意識が薄れていき……


『む? 何だそのアイツとは?』


「うるさいぞオーゼン。儂は寝ると言ったではないか」


『貴様が気になる事を言うからであろうが! 言え! 言うのだ! 一言答えればすむだけの話であろう!』


「あー、その話は長くなるから、また今度な」


『ぐぅぅ、今度! 今度必ず聞くからな!』


 静かに寝息を立て始めるニックをそのままに、オーゼンだけはモヤモヤとした夜を過ごすのだった。

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