父、ネタばらしをする
「そうだなぁ。どうせしばらくはすることもなくここから動けぬのだ。ならば久しぶりにお主と語らうのもよかろう。このところ何かと忙しかったしな」
そう言うと、ニックは部屋に据え付けの椅子に腰掛け、魔法の鞄から一本の酒を取りだし瓶のままグイッと呷る。ドワーフの国で手に入れたそれは焼けるような熱さで喉を過ぎていくと、やがて心地よい熱が腹の底から湧き上がってきた。
「それで? 何が聞きたいのだ?」
『何をおいても知りたいのは、あの格好の意味だ。貴様はあれに意味があると言ったが、一体どんな意味があったのだ?』
「なんだ、お主にしては珍しく察しが悪いな」
『馬鹿を言え。どんな合理的な思考を巡らせても、町中で裸同然の格好になる理由など思いつくものか!』
からかうようなニックの口調に、オーゼンが敢然と抗議の言葉をあげる。この一週間あまりどれほど考えたところで、ほぼ全裸になる利点などオーゼンには欠片も思いつかなかったのだ。
「ふむ……最も大きな理由は、儂と『お父さん仮面』が別人であるということを示すことだ。儂のこの鎧はメーショウ殿の手による高価なものでこの辺では目立つし、何よりこの『流星宿りし精魔の剣』は世界で唯一、儂しか持っておらぬ剣だ。これを提げていては儂とお父さん仮面が別人とはどうやっても通らぬからな」
『別人になりすましたいという意図はわかるが、なればこそ何故あの変装とも言えぬ姿なのだ? あんなもの誰が見ても正体が丸わかりであろう?』
「そんなことはない……と言いたいが、確かにそうであろうな。実際儂には変装の才能は無いらしい。娘にも一瞬で見抜かれてしまっていたからなぁ」
ニックの脳裏に浮かぶのは、勇者パーティを追い出された翌日の事。かなり気合いを入れて変装をしたというのに、フレイのみならずムーナにもロンにもバレバレだと言われた時のことだ。
ちなみに今回変装に使ったのは、あの時買った変装セットの一部である。その悲しみを胸に酒を呷り、ニックは更に言葉を続ける。
「だがなオーゼン。誰が見ても正体が察せられることと同一人物だと確定していることには、天と地ほどの違いがあるのだ。あの男爵とのやりとりを聞いていたであろう? 儂であると推測するのは簡単だが、それを証明する具体的な証拠は何も無い。それこそに意味があるのだが……その辺は話の最後にまとめて言うとしよう」
『む、そうか。ならばそれはそれとして、では何故裸なのだ!? それこそその意図に沿うなら、裸になる理由がこれっぽっちもなかろう!?』
「そこは偽装工作の一環だな。儂と『お父さん仮面』をより別人とするために、股間の獅子頭で力を得ているという設定を見せたかったのだ。普段の儂はあんなもの身につけておらんし、そのうえで身につけている時と同等の力を持っているとしたら、それこそ他人には『何故あの姿なのか?』という理由に説明がつかんだろう?」
『ぐっ……い、いや、それでもやはり全裸になる必要は……』
「確かに上は普通に着ていてもよかったが、そっちの方がより変ではないか?」
『…………まあ、うむ。それは一理あると認めざるを得ぬ』
下半身だけが丸出しの筋肉親父と、全裸の筋肉親父。両方を思い浮かべたオーゼンだったが、どちらかというなら全裸の方がましな気がした。
『だ、だがそれなら王の万言でも……』
「馬鹿を言うな。エルフと間違えられたりしたら、それこそ国際問題になってしまうわ!」
『ぬぬぬぬ……そもそも、そもそもだ! そもそもこんな回りくどい手が必要だったのか? 最終的に国の機関が調査をするという結論に至ったなら、最初から貴様がジュバンの名を出してあの貴族を告発すればよかったではないか!』
「いや、それは無理なのだ」
何とか変装の……正確には今後のために全裸の必要性を否定したいオーゼンだったが、その言葉にニックは苦笑いを浮かべて答える。
「儂はジュバンの名を持ってはいても、あくまで娘のおまけだからな。本物の勇者と違い、特権のようなものは何も持っておらぬ。故に儂がジュバンの名を出し『あの貴族は怪しいから調べてくれ』と要請しても調査機関を動かしたりはできぬのだ。
まあ流石に無視はされぬからこの町の衛兵が調べてはくれるだろうが、領主の不正をその配下である衛兵が調べてもなぁ」
『それは確かに握りつぶされるであろうが……だが、さっきは違ったではないか!』
「そうだ。故に儂は訴えるのではなく、訴えられる必要があったのだ。儂から罪を訴えても行われるのは通常の捜査になる。だが儂を罪人だと訴えれば、この国のみならず多数の国からなる調査隊が結成される。そうなれば男爵程度で罪を誤魔化すことなど事実上不可能だからな……と言っても、実際に調査隊が結成されることは無いであろうが」
『? どういうことだ? その調査隊を結成させることが貴様の目的ではなかったのか?』
言っている意味がわからず、オーゼンが混乱したようにニックに問う。それに対してニックはグイッと酒を呷ると、まるで悪戯小僧のようにニヤリと笑って見せる。
「違うぞ。儂はあくまであの男爵の罪を認めさせ子供を助けたかっただけで、問題を大きくするつもりもなければ解決の手柄も欲しくはない。だからこその変装、だからこその『お父さん仮面』なのだ」
『ぐぅ、勿体つけるな! さっさと結論を言うのだ!』
「ははは。そう焦るな。いいか? 確かに今回の事件をそのまま扱うなら、大事になることは避けられない。だが国としては他国の調査隊に自国の貴族の罪を調べられるなど絶対に避けたいはずだ。純粋に恥という意味もあるが、それにかこつけて何を調べられ、どんな理不尽を押しつけられるかわからんからな。
故にこの国の対応はこうだ。男爵邸に踏み入ったのはあくまで『お父さん仮面』という謎の存在であり、儂とは別人である。故に儂は一連の事件と何の関係性もなく、必然男爵の訴えはただの思い込み、勘違いであり、調査隊も結成されない……というところだな」
『それでは事件の解決は――』
「そちらは徹底して調査するだろうさ。その結果に儂が納得しなければ、儂は『実はお父さん仮面は自分だった』と名乗り出ることができ、そうなればこの事件は正式に『勇者特別法』の対象になってしまう。
なので捜査に手を抜いたりできぬし、男爵に温情などあるはずもない。国の威信と犯罪貴族、どちらを切り捨てるかなど考えるまでもなかろう?」
『なるほど。つまり貴様が脅す側にまわっているということか……正義の味方が聞いて呆れるぞ?』
「ははは。世の中綺麗事だけで回ってはおらぬからな。子供達の未来の為なら、その程度の泥いくらでも被ってやるわ」
軽く笑い、ニックが酒瓶を傾ける。常人ならば一口で酩酊するような強い火酒も、ニックならば樽ですら問題ない。酔わないというわけではないが、気合いを入れればそんなものは一瞬で吹き飛んでしまう。
「つまり、それこそが変装の意味。儂をお父さん仮面だと確定させないことで、国の出す結論に逃げ道を用意しておいたということだ。儂としてもジュバンの名で活躍してしまうとまた娘に怒られてしまうからな。この辺が丁度いい落としどころなのだ」
手柄も罪も、「お父さん仮面」が持って行ってくれる。子供達を助けた無敵の英雄は、最後にニックとこの国をも救うことで、その役目を終えるのだ。
『そうか……貴様にしては随分と頭を使ったものだ』
「まあな。だがこれでも随分と楽ができた方だ。あの情報屋……バレテーラと言ったか? あの者が単なる二流の情報屋であったら、最初から『勇者特別法』を前提とした解決しかなかった。その場合はこの町のみならず周辺諸国もしばらくは騒がしくなったであろうし、儂もそれなりの期間この町に拘束されることになったであろう。
優秀な諜報員を抱え込んでいたことこそが、この国と儂の両方を救ったと言えるだろうな」
『フフッ、あの男爵にとっては何とも不幸な話だ』
「違いない。だがこれで子供達も安心して過ごせるようになるであろうし……後はゆっくりと結果を待つとしよう」
満足げにそう呟くと、ニックは久しぶりに気を抜いて二本目の酒瓶の封を切るのだった。