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父、正体を明かす

 堂々たるニックの名乗りに、その場にいた多くの者が「だから何?」と首を傾げる。別に伝説の英雄やどこぞの王族が偽名を使っていたとかでもなく、結局ニックはニックであったからだ。


 だが、その状況でいち早くその意味に気づいた男爵は、楽しげだった顔を歪めて即座に思考を巡らせ始める。


(二つ名? まさか貴族だったのか!? だがジュバンなどという家名の貴族など、我が国では聞いたことも……待て、ジュバン? ジュバンだと!?)


「き、きさ、貴様! よ、よりにもよってジュバンを名乗るだと!?」


「ほほぅ。その様子なら儂の真意はしっかりと伝わったようだな」


 震える声で怒鳴る男爵に、ニックは余裕の笑顔で返す。状況は何も変わっていないのにまるきり立場が入れ替わったようなその反応に、周囲の野次馬どころか男爵の引き連れてきた兵士達すら不安げな表情を男爵に向ける。


「なあ、ジュバンって何だ? どっかの有名な貴族とか?」


「さあ? でもあのオッサンが貴族なぁ。人は見かけによらないっていうけど」


「あの、男爵様? 俺達はどうすれば……」


 ジュバンの名は、一般にはほとんど浸透していない。ジュバンの家名はあくまでも王族や貴族を納得させるためのもので、勇者本人も必要も無いのに後付けされた家名など名乗ったりしないし、そもそも何百年かに一度、たった一人が名乗るだけの家名など浸透するはずもない。


 だが、家名を名乗るなら貴族であるということだけはわかるし、貴族であればどんな木っ端でも扱いが変わる。ニックの扱いをどうしていいかわからなくなった兵士の問いに、ツカイッパ男爵は額に青筋を立てて叫んだ。


「殺せ! 今すぐ此奴を殺すのだ! 貴族を、ましてやジュバンを名を騙るなど、大罪も大罪! もはや審議の必要すらない! 即刻この者の首を落とせ!」


「へ!? いや、しかし――」


「なんだ、信じておらんのか?」


「当たり前だ! ジュバンとは勇者のみが名乗ることを許された家名! そして今代の勇者は年若い娘だと聞く。まさか貴様、その見た目で十代の女だとでも言うつもりではあるまいな!」


「はっはっは。流石にそんな無茶な主張をするつもりはないが、嘘もついておらんぞ? 今代の勇者フレイ・ジュバンは儂の娘だ」


「む、娘!? 貴様が勇者の父だと!?」


「証拠もあるぞ。っと、これでは鞄に手が入らんな……ちょっと失礼」


「はぁ!?」


 ニックの手を拘束していた木製の枷が、まるで砂糖細工か何かのようにあっさりと壊れる。その常識外れな光景に男爵と兵士が唖然とするなか、ニックは肩に提げた魔法の鞄ストレージバッグからひとつの指輪を取り出した。


「ほれ、これが儂が賜った指輪だ。ちゃんと紋章も入っているであろう?」


「確かに……」


 ニックに指輪を見せつけられ、兵士の男が微妙な返事を返す。田舎の男爵領の兵士ではその紋章が本当にジュバンのものなのかは判断がつかなかったが、青く輝く宝石の内部に金で紋章が刻まれているという、そもそも作り方からしてよくわからないそれがとんでもなく高価な物であるということはわかった。


「ぐ、ぐぬ、ぐぬぬぬぬ……」


 そして、田舎領主であろうとも貴族は貴族。ツカイッパ男爵にはその指輪が間違いなく本物だということがわかる。わかるが……だからこそ認めることができない。


「に、偽物だ! いや、指輪は本物かも知れんが、どうせ貴様が盗んだに決まっている! そうだ、ワシの家に侵入した強盗なのだから、本物の勇者の父を襲って盗んだのであろう! さあ殺せ! 今すぐにこの賊を殺すのだ!」


「男爵様、それは……」


「そいつぁ待ってもらえませんかね? 男爵様」


 不意に、野次馬の中から一人の男が歩み出て来た。何処かで聞いたことのある声の主は、しかしあの時とは違う立派な鎧に身を包んでいる。


「何だ貴様は!? 何の権限があってこのワシに意見しておるのだ!?」


「何のって……わかってるでしょう? アンタが始めちまったから、アッシらが出張ることになったんですぜ? これだから下級貴族は」


「下級だと!? このワシを誰だと思って――」


「王家直属特別調査官、バレテーラだ。男爵様の・・・・申し出により、この件は我らが預かることになる。その後どうなるかは……わかってるな?」


「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!」


 一瞬にして表情も口調も変わった物乞いの情報屋……バレテーラの言葉に、男爵は悔しげに唸る。王家の紋の入った白銀の鎧を着ている時点で、相手の身分は予想がついていた。それでも悪あがきをせずにはいられず……だがツカイッパ男爵ができるのはそこまでだ。


「一応仕事だから説明してやる。勇者……正確にはジュバンの名を持つ者に対して重大な法的問題が生じた場合、勇者特別法に基づき当事国及びその周辺国家、ならびに参加を表明した他国からの人員によって構成される特別調査隊が結成される。


 その調査隊に我が国の潔白を表明するために、我々が現場の保全や容疑者の確保なんかを担当するわけだ。ってーことだから……連行しろ」


「ハッ!」


 バレテーラの言葉に、やはり人混みから表れた明らかに立派な鎧に身を包んだ四人の騎士が現れ、そのうち二人がツカイッパ男爵の腕を抱えて連れていく。


「こんな、こんなことが……ワシは、ワシは……」


「観念しろ。何もかも自業自得だろう」


 もはや抵抗する気力も無くうなだれた男爵が、自分の乗ってきた馬車に入れられる。だがその行く先は男爵邸ではなく、ニックを取り調べ・・・・するために様々な準備を施した詰め所だ。その準備が生かされることはないだろうが、それが調査官にどんな印象を与えるかは想像に難くない。


「ハァ……ったく。で、どうですかい旦那? こんな感じで」


 再び何処か憎めない口調と顔つきに戻り、ガリガリと頭を掻きながら振り返ったバレテーラに、ニックは軽く笑みを返す。


「うむ、まあこんなものだろう。しかしお主が直接来るとはな」


「おや、アッシが来るのは旦那にも想定外だったんで?」


「まあな。あの時儂は『情報を売るな』とは言ったが、『流すな』とは言わなかった。故に報告はなされるであろうし、数日前から周囲に気配を感じておったから名乗れば出てくるとは思っておったが……お主のような立場の者が公に顔を晒すとはな。よかったのか?」


 少し心配したニックの顔に、バレテーラは小さく肩をすくめて答える。


「ま、ここでの仕事はもう終わりでやすからね。それにしてもあの男爵、馬鹿なことをしたもんだ。まさかジュバン卿に正面から嫌疑をかけるとは……」


 勇者には様々な特権が認められているが、だからといって何をしてもいいというわけではない。かといって各国内部の法のみで裁こうとすると、様々な利権や政治的な思惑が発生して正当な裁きを下すのが極めて難しい。


 そのため勇者に対して何らかの嫌疑を訴える場合は必ず幾つもの国から派遣された調査隊が結成され、関わった内容に関する徹底的な調査が行われる。当然今回の事件も幾つもの国が調査員を送り込んでくると予想されるため、ツカイッパ男爵の悪行が白日の下に晒されるのはもはや時間の問題だった。


「では、儂もこれから取り調べか?」


「勘弁してくださいよ。旦那にお願いすることは何もありやせん。こっちで全部調べはついてやすし、旦那にしても別に容疑を否認するわけじゃないんでしょう?」


「まあ、それはな」


 ニックには罪を犯した自覚があり、それを誤魔化したり否定したりするつもりは毛頭無い。流石に懲役刑や死刑のような罰が下るなら抗議も抵抗もするだろうが、壊した屋敷の修繕費を払うなどの相応の罰であれは甘んじて受ける覚悟があった。


 だが、その罪が罪として問われるかどうかは別の話だ。自国の貴族が領民を誘拐し、他国の貴族に奴隷として売り渡そうとしていたなど国家の恥以外の何物でもない。それを阻止した相手……しかもジュバンの名を持つ勇者の父に国が罪を問うかと言えば、答えはまず間違いなく否だろう。


「とは言え、一応三日くらいは今お泊まりの宿で待機してもらってもいいですかね? アッシらにも体裁というか、色々ありますんで」


「わかった。では儂は宿に戻るとしよう……ああ、その前に。あそこにいるご婦人、マームに今回の件のいきさつを説明してもらっても構わんか?」


 ニックの視線の先に、ひたすらに困惑の表情を浮かべたままこちらを見ているマームの姿がある。できれば自分が直接説明したいと思うニックだったが、この状況で悠長にそんなことをしているわけにもいかない。


「わかりやした。そっちはアッシがやっておきますので、ご安心を。おい、ジュバン卿をご案内しろ。くれぐれも丁重にな」


「了解しました! ではジュバン卿、こちらへどうぞ」


 この場に残った騎士の一人が、そう言うとニックを先導して歩く。普通ならば逃げられないように前後に一人ずつ、やむを得ず一人というのならせめて背後から着いていくものだが、ニックが逃げるとは一切考えていないからだろう。


 無論ニックも逃げたりはせず、二人は何事も無く宿へとたどり着いた。そのままとってある部屋へと入り、着いてきた騎士が廊下で待機しているのを確認してから扉を閉めると――


『さて、ではそろそろ色々と説明してもらえるのだろうな?』


 ずっと疑問を放置され続けてきたオーゼンが、責めるような声でそう問うてきた。

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