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父、名乗りをあげる

 その晩のお父さん仮面の活躍は、イーモを雑貨屋に連れ帰ることで終了した。ぐったりしているイーモの姿に悲鳴をあげたマームだったが、ただ寝ているだけだと気づきホッと胸をなで下ろす。だがその時には既にお父さん仮面の姿はなく……そして翌日。


「おお、すまんな」


「いえいえ、この程度しかできず申し訳ありません。おかわりもありますから、ゆっくり飲んでいってください」


 朝から雑貨屋に顔を出したニックは、マームからの手厚い歓迎を受けていた。そう広いわけでもない店の一角にニックが座れるように大きな椅子が用意され、商品棚を空けて作られたスペースにはちょっとお高いお茶が入ったティーポットが置かれている。


「しかし、いいのか? これはそこそこいいお茶ではないのか?」


「はい。少しだけ奮発させていただきました」


「そうか……店主殿が腰を悪くして働けないというのに、無理をさせてしまっただろうか?」


 わずかに表情を曇らせるニックに、マームが慌てて首を横に振る。


「とんでもない! 確かに主人が体を壊してから収入が減ったのは事実ですけど……こう言ってしまうと身も蓋もないのですが、ニックさんに連日商品を大量購入していただいているおかげで、むしろここ最近の売り上げは平時より多いんです」


 そう言っていたずらっぽく笑うマームの顔は、いつも元気な彼女の娘のように愛嬌が溢れている。


「それに、これはお礼ですから。今日という日の朝を家族揃って迎えられた。そのせめてもの感謝の気持ちです」


「ははは。相変わらず何のことはわからんが……だが、美味いお茶だ」


 優しい瞳にまっすぐに見つめられ、ニックは照れたようにそっぽを向きつつお茶を口にする。その温かさが喉を通って体を駆け巡り、まるで心まで温めてくれるかのようだ。


「ではニックさん。アッネとイーモももう少ししたら来ると思いますから、どうぞごゆっくり――」


「ニック! 冒険者のニックはいるか!」


 笑顔のままマームが仕事に戻ろうとしたところで、不意に大声と共に店の扉が開かれた。何事かと二人が顔を向ければ、そこに立っていたのは武装した兵士。


「うむ? ニックなら儂だが……」


「その巨体、本人で間違いなさそうだな……では冒険者ニック、さっさと店の外に出ろ!」


「待て待て待て。一体お主は何で、儂に何の用だというのだ?」


「何の用だと!? ふざけるな、この犯罪者が!」


「は、犯罪者!?」


 兵士の言葉に、側でオロオロしていたマームが思わず悲鳴のような声をあげる。


「ほう、儂を犯罪者と呼ぶか」


「そうだ! いいからまずは店から出ろ! それともまさか、こんなところで暴れるつもりか!?」


「む……わかった」


 腰の剣に手をかけ威嚇する兵士に、ニックは素直に席を立つ。


「ニックさん……そんな、私達のせいで……っ!」


「なに、気にするな。こうなることは予想していたからな」


 真っ青な顔で震えるマームに、ニックはパチリとウィンクしてみせた。そうして兵士の後を続いて店を出ると、そこでは二〇人ほどの兵士が店の入り口を取り囲んでニックを逃がさないようにしており、その外側には騒ぎを聞きつけた人だかりが、そして中央正面には見覚えのある豪華な馬車がある。


「やはりここにいたか。探す手間が省けたわい」


 聞き覚えのある声と共に、馬車の扉が開かれる。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべつつそこから出て来たのは、豪華な貴族服に身を包んだ小太りの中年男性……ツカイッパ男爵だ。


「これはこれは、確か……ツカイッパ男爵様でしたかな? 儂のような低級冒険者に、男爵様がどのようなご用ですかな?」


「どのような用か、だと? ふふん、そんなもの決まっておるではないか! ワシは貴様に裁きを与えにきたのだ! 衛兵!」


「ハッ! 冒険者ニック、貴様には男爵邸への不法侵入および男爵家で雇用した警備員に対する殺人、暴行、さらには男爵家の財産を不当に奪った強盗の容疑がかかっている! 無駄な抵抗はせず、神妙に縛につけ!」


 男爵の言葉に側にいた兵士が手にした書状を広げると、周囲に集まっていた野次馬にも聞こえるように大声でその内容を読み上げる。周囲にざわめきが広がるなか、だがニックはとぼけた表情のまま首を傾げてみせる。


「むーん? 何だそれは? 儂には何の心当たりもないのだが?」


「なるほど、まだとぼけるか。では説明してやろう。昨日の夜、ワシの屋敷にお父さん仮面などというふざけた名を名乗る変態が賊として侵入したのだが……その正体が冒険者ニック、貴様だと言っているのだ!」


「ほぅ! この儂があの英雄殿の正体と! それは面白い推測だが、一体何を根拠に男爵様はそのような世迷い言を主張しておられるのかな?」


「何が世迷い言か! というか、むしろ何故あれでごまかせると思ったのだ! その声、その体型! 両方を直接目にしていれば、同一人物であることなどゴブリンでもわかるわ!」


 男爵の言葉に、両方を見たことのある野次馬達もこっそりと頷く。声に外見、立ち振る舞いや雰囲気など、あらゆる面でニックとお父さん仮面はそっくりであり、本気で正体を隠す気があったなどとは誰も思っていなかったからだ。


「なるほどなぁ。しかし声など魔法でどうにでも変えられるであろう? 体型も……まあ幻影系の魔法ならどうにかなるのではないか? 結局全ては状況証拠では?」


 それでもあくまでしらを切るニックに、ツカイッパ男爵はニヤリと笑う。


「ふんっ! 貴族であるワシの言葉は貴様等平民の言葉とは重みが違う。ただそれだけで貴様を有罪としてもいいのだが……だがワシは公明正大で善良なこの地の領主だ。故に貴様にはきちんとした取り調べをしてやろう。暗く冷たい地下牢で、心ゆくまできっちりとな」


「……なるほど、そう言う心づもりか」


 冷めたニックの視線を受けて、男爵は愉悦に顔を歪める。


「そうだとも! なあニックよ、昨日の夜の言葉を覚えておるか? 人にはそれぞれ分相応の在り方があると。


 ワシは貴族! この地の領主、男爵だ! そのワシと単なる平民の冒険者である貴様では、そもそも立っている場所が違うのだ!


 さあ、その犯罪者……いや、容疑者を引っ立てろ!」


「ハッ!」


 男爵の言葉に、兵士の一人がニックの腕に手かせをはめる。その光景に周囲から小さな悲鳴が聞こえたが、これだけの武装した兵を前にそれ以上の行動をとる者はいない。


「ふむ、これがお主の選択か……そう言えば、昨夜はイーモ以外にも多数の子供が招待されていたと聞く。その子供達はどうなったのだ?」


「んー? 今の貴様にそんなことを気にする余裕などないだろうが、まあ余興だ。教えてやろう。ワシの答えはあの時と同じ……いいようにしただけだ。このワシのいいようにな。ガッハッハッハッハ!」


「そうか……ならばもう何も言うまい」


 万が一、億が一。妙に潔い態度を示したことから改心する、あるいはせめて自重を覚える可能性もあるかと思ったニックだったが、その期待は予想通りに裏切られた……そう、全ては予想通り。


「ふっはっはっはっは……」


「何だ、何を笑う? 恐怖と絶望のあまりに気でも触れたか?」


「いや、何。こうも予想通りに事が運ぶというのが、なんだか楽しくてな。戦闘ならばともかく、こういう政治的なやりとりは儂ではなくムーナ辺りの担当なのだが……なかなかどうして、儂も捨てたものではないな。ふっふっふ……」


「チッ、訳のわからん負け惜しみを……おい、さっさと連れていけ!」


「ハッ! おい、歩け!」


 手かせをはめたニックの背を、兵士の男が蹴り飛ばす。だがニックの体がその程度で動くはずもない。


「まあ慌てるな。最後にひとつ、ここで名乗りをあげさせてもらえんか?」


「名乗り? 何を――」


「構わんぞ? 負け犬の最後の遠吠え、聞いてやろう。精々惨めに鳴くがいい!」


 兵士の言葉を男爵が遮り、その顔が楽しげに歪む。だがそれを見たニックの顔こそ凶悪にニヤリと笑い……


「ならば名乗ろう! 我が名はニック! 銅級冒険者、ニック・ジュバンだ!」

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