仮面の英雄、大暴れする
「覚悟だと!? それはこちらの台詞だ! この状況で自分が優位だとでも思っているのか!?」
お父さん仮面の周囲には、武装した敵が十数人。その奥にも数え切れないほどの人員がおり、更に逃走防止……本来は侵入防止だったが……のために通路や庭にも多数の人員が配置されて、続々と部屋に集まってきている。
普通に考えればこの時点で勝敗は決まっており、故に男爵の余裕の表情は変わらない。
「流石に天井をぶち抜いてくるとは予想外にもほどがあったが、だがそれだけだ。さあ、一斉に斬りかかれ!」
「覚悟しろ変態野郎!」
「俺の今夜の酒代になりやがれ!」
男爵の号令により、臨時雇いのごろつき達がお父さん仮面に襲いかかる。四方八方から斬られ突かれ、お父さん仮面の巨体に幾本もの剣が殺到し――
「甘いわ! 獅子頭!」
『がおーん!』
今までよりも気合いの入った獅子の咆哮。それと同時にお父さん仮面の皮膚へと到達した刃は、しかしただの一筋とて傷を生み出すことはできない。
「なっ!?」
「んな馬鹿な!?」
腕も、足も、腹も、胸も、首に切りつけた刃すら動かない。押そうが引こうが突き刺そうが、プニりとしたわずかな感触の先に進める存在は皆無。
お父さん仮面を取り囲み、呆けた顔をするごろつき達。その様子に満足げに笑うと、今度はお父さん仮面が動く。
「次はこちらからだ! お父さん回し蹴りぃ!」
『がおーん!』
「がほっ!」
「げへっ!」
「ぐはっ!」
丸太のように太い足がブゥンと音を響かせ回る。ただ一度の蹴りでごろつきが三人まとめて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて潰れた蛙のような声を出した。
その人ならざる膂力に驚愕を浮かべるごろつき達。だがここに至っても男爵の余裕は崩れない。
「フンッ、やはりその股間の魔法道具が力の源か。ならば……やれ!」
「ハッ! 総員、起動せよ!」
その言葉に、部屋の奥で無数の人物が怪しく蠢く。それに合わせてお父さん仮面の股間から、お父さん仮面にしか聞こえない声が届いた。
『むっ!? これは……』
「何だ? どうした?」
『どうやら魔法道具の力を乱す魔法道具を起動したようだな。ほとんどは大したことのないものだが、一つだけ強力なものが混じっている。このままでは……』
「どうなる?」
『この形態を維持できない。つまり……何というか、丸出しになる』
「な、なんだとぉ!?」
股間の獅子頭の言葉に、お父さん仮面が初めて動揺の色を見せる。今までも何かと裸になる事は多かったが、それでもお父さん仮面にも譲れない一線というものはあり、丸出しは完全にアウトであった。
「ハッハッハ! どうだ! 貴様の力の源がその下品な魔法道具だということはお見通しだ! 力を失う恐怖に打ち震えるがいい!」
「なんたる凶悪な罠か! だが負けぬ! そんなもの壊してしまえばよいのだ!」
そんなお父さん仮面の様子を見て、勝ち誇る男爵。だがお父さん仮面はそれを気にする余裕も無い。
「さあ、魔法道具の力を無くした変態など、さっさと討ち取ってしまえ!」
「邪魔だぁ!」
お父さん仮面が腕を振るう。ごろつきが三人宙に舞う。
「力を無くした……」
「どけぇ!」
お父さん仮面が蹴りを放つ。ごろつきが一〇人ほど吹き飛ばされる。
「力を……」
「ええい、うっとうしい! まとわりつくでない!」
お父さん仮面がごろつきの頭を掴み、その場で振り回す。阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る。
「何故だ!? 魔法道具の力は奪ったはずなのに、何故それほどに戦える!?」
自らの力の源たる股間の獅子頭を封じられ、確かに焦っているはずのお父さん仮面。だがその焦る様子とは裏腹に、弱体化する気配がまったく無い……どころか、むしろ強くなっているようにすら見える。
「男爵様、こりゃ話が違いますぜ! あの魔法道具を封じりゃ楽勝だって言ったのに……」
「ええい、黙れ! あの焦りようを見よ! 間違いなく効果はあるのだ! あ、それともあるいは発揮できる力に限界があり、それが差し迫っているのか? とにかく攻めよ! あんなものはやせ我慢の強がり、もはや虫の息のはずだ!」
「虫の息って、そりゃ俺達の方じゃないですかい……?」
お父さん仮面の凄まじい暴れっぷりに、雇われごろつきが嫌そうな顔をする。勝ち戦の尻馬に乗るだけで大金が稼げるからとやってきただけで、こんな化け物と戦う気概などごろつき達にあるはずもない。
かといって、目の前で荒れ狂う筋肉の塊から逃げられる気もこれっぽっちもしない。どうにか注意をそらせないかと思ったごろつきの目に、ふと床に横たえられた少女の姿が目に入る。
「よし、あれを――」
「おい変態! これい………………?」
そんなごろつきよりも早く、側にいた別のごろつきが少女を人質に取ろうとした瞬間。ごろつきが死を自覚するより先にその頭部が跡形も無く消し飛んだ。
「我がそれを許すと思うか? 罪なき幼子を盾とするつもりなら……その行動に覚悟を持て」
それは今までの口調とは一線を画す、重く強い言葉。今まで吹き荒れていた暴虐の嵐が児戯だと言わんばかりのその重圧に、それまで何とか食い下がっていたごろつき達が次々と得物を手放し、踵を返していく。
「お、俺は降りるぜ! こんな奴に勝てるわけがねぇ!」
「俺もだ! もう嫌だ! 帰る!」
「ま、待て貴様等! 倍! 奴を倒せば約束の額の倍を……いや、この際三倍、四倍出すぞ! だからこのワシに楯突く賊を――」
「倍だろうが何だろうが、死んだらそれで終わりだろうが! いいから邪魔すんじゃねぇ!」
お父さん仮面に押し寄せていた人の波が、一気に反転して屋敷の外へと流れていく。下手に多人数を雇っていたがために正規の警備兵でもその流れを阻むことはできず、すぐにお父さん仮面の周囲からは人影が消えていく。
「待て! 待つのだ! えーい、そいつらを止めろ!」
「ハッ! しかし、その場合お父さん仮面に対する対処はどうすれば……」
「そんなもの、両方だ! こいつらもあの賊も、両方まとめてどうにかしろ!」
「そう言われましても、そんな人員はとても……」
「ふぅ……どうやらここまでのようだな」
ひたすらわめき散らすだけの男爵を前に、この場では数少ない正規の警備兵の男が困り果てた顔で答える。そんな二人の前に姿を現したのは、全ての障害を排除したお父さん仮面だ。
「まったく、厄介な仕掛けをしおって……だがそれもこれで終わりだ」
お父さん仮面が手に力を込めると、そこに持っていた魔法道具が音を立てて握りつぶされる。室内の人が減ってしまえば、部屋の隅で震えるだけの人物から魔法道具を奪い取ることなどお父さん仮面には造作もない。
「それで、どうする? 雇ったごろつき共は皆逃げたか倒れた。頼みの綱とする魔法道具も破壊した。それでもまだ戦闘要員は残っているようだが……そいつらをけしかけてみるか?」
「ぐぅぅ…………ん?」
初めて間近で見るお父さん仮面の姿に、ツカイッパ男爵は憎々しげな視線を向ける。だがそこでふとあることに気づき、その顔に醜悪な笑みが浮かんだ。
「貴様……そうか、そういうことか。わかった。ならば今夜はワシの負けだ。子供は連れて行くがいい」
「ほう?」
「だ、男爵様!? いきなり何を――」
「うるさい黙れ! なあお父さん仮面とやら。ワシは常々思うのだ。人にはそれぞれ分相応の在り方というものがある。ならば敗北を認めて素直に引き下がることも時には重要なのではないかとな」
「ふむ? 殊勝な心がけではあるが……」
男爵の申し出に、お父さん仮面はわずかに首を傾げる。だがすぐに気を取り直すと、お父さん仮面は床に倒れて眠ったままのイーモの側へと歩み寄った。
「まあよかろう。ならばこの子は我が連れて行く。他の子供達は――」
「皆まで言うな。きちんとワシがいいように処理しておく」
「そうか……ならば今は引き下がろう。だが男爵よ、忘れるな? もし今日招いた子供が一人でも家に帰らぬ時は……」
「わかっている! さっさと消えろ変態め!」
「むぅ……では、さらばだ」
最後に憮然とした声を出し、お父さん仮面が天井に空いた大穴から去って行った。ボロボロに荒れ果てた室内で、部下の男が男爵に詰め寄るように声をかける。
「男爵様! どういうおつもりですか! あの賊をみすみす逃した上に、あのような約束まで……」
「フンッ! わかっておらんのは貴様の方だ。ワシの考えは明日になればわかる。しかしそうか、あの姿……フッフッフ」
「男爵様……?」
ほぼ完敗とでも言うべき状況で、しかし男爵は不敵に笑った。その意味がわからぬ部下の間抜け面を鼻で笑いながら、ツカイッパ男爵は己の勝利を確信する。
「思い知らせてやろう。世界の在り方、分相応という奴をな。フッフッフ、ハッハッハッハッハ!」
その場の全ての部下や使用人達が混乱するなか、ツカイッパ男爵はただ一人機嫌良く高笑いを続けた。