父、張り切る
「邪魔するぞ」
「あ、おじちゃんだ! いらっしゃいませー!」
今日も一仕事終え、雑貨屋に顔を出したニック。店の入り口から入ってきた巨大な人影に、イーモが輝くような笑顔で出迎えてくれる。
「おお、今日も元気だなイーモ」
「そうだよ! イーモはいっつもげんきいっぱいなの!」
「そうかそうか」
少女との何気ないやりとりに、ニックの顔が今日もほころぶ。常ならばそのままイーモに商品を紹介して貰うところだが、今日はそうなる前に店の奥からバタバタと走る音が聞こえてきた。
「ニックさん!? ああ、よかった! 今日もいらしてくれたんですね!」
「マーム殿? そんなに慌ててどうしたのだ?」
「実は、こんなものが届きまして……」
言ってマームが差し出したのは、一通の書簡だ。見るからに高級そうな封書にはご丁寧にも家紋を押した封蝋がなされており、明らかに庶民の扱う物ではない。
「これは……中身は何だったのだ?」
「それが、招待状なのです」
「招待状?」
オウム返しに問うニックに、マームが深刻な表情で頷く。
「今日の朝早くのことです。家の前に馬車が止まり、中から出て来た人が私にこれを手渡してきました。その際に男爵様からの書簡だと告げられ、馬車が立ち去ってから大慌てて中身を確認したのですが、その内容が……」
「儂が見てもよいのか?」
「勿論です」
マームの許可を取り、ニックが中に入っていた手紙を目を通す。するとそこには「ツカイッパ男爵が領地の将来を担う子供達から忌憚の無い話を聞きたがっている。ついては対象となる子供は今日の七の鐘(午後六時)に合わせて迎えの馬車を出すので、それに乗って男爵邸へ来るように」という内容が持って回った言葉で書かれていた。
「なるほど、ついに動いたということか」
その手紙に、ニックはこっそりと笑みを漏らす。今まで散々男爵の企みを邪魔してきたが、当然ニックとしてもいつまでもここに留まるわけにはいかない。
故にもし男爵が一旦子供達に手を出すのを諦め事態を静観するという選択をとったならば、情報だけは自分に流れるように手配しつつも一旦この地を離れる以外に手が無かったのだが……
「それでニックさん。私達はどうすればよいのでしょうか?」
「うん? どう、とは? 男爵様からの正式な招待状となれば、受ける以外に選択肢はあるまい?」
「それは……そうなのですけど……」
ニックとイーモに交互に視線を走らせつつ、マームが言葉を詰まらせる。実際貴族からの招待状など、平民からすれば強制出頭の命令書のようなものだ。貴族の面子を正面から潰して生きられる平民などおらず、一族郎党まで責め苦を負わされるのを覚悟しなければ欠席などできるはずもない。
「ですが、あの男爵様の招待、しかもイーモだけというのが……大変不躾なお願いなのですが、ニックさんのお力でなんとかなりませんか?」
「儂の? 儂はただの冒険者であって、貴族の決定をどうこうできるような権力など無いぞ?」
「そうではなく! ですからその、変……装というか、お父さん仮面に助けていただくわけには?」
うっかり「変態」と言いそうになって、慌てて訂正するマーム。心から感謝しているし今となっては信頼もしているが、あの格好に対する評価は全く別の話だった。
「何故儂にそれを頼むのかはわからんが、無理であろうなぁ。少なくとも書状を出しての正式な招待を邪魔するのは、単なる犯罪行為だからな」
「そう、ですか…………そうですよね…………」
「だいじょうぶだよおかーさん! イーモはいもうとだけどおねーちゃんだから、ひとりでもだいじょうぶなの! それにこわいことがあったら、またまほうをつかうからへいきなんだよ!」
「イーモ……でも……」
「もーっ! おかーさんはしんぱいしすぎなの!」
無邪気に笑う娘の顔に、だがマームの表情は晴れることはない。お父さん仮面の強さは実感しているが、それでも幼い娘を一人であんな貴族の元に行かせるなど、母として心配しないはずがない。
「なに、心配する気持ちはわかるが、大丈夫だ。あのお父さん仮面とやらは、儂から見てもなかなかにやる男だからな。アレならば子供をむやみに危険に巻き込んだりはせんよ」
「そうだよ! おとうさんかめんはむてきのえいゆうなんだよ! わるいやつなんてみんなバーンってやっつけちゃうんだから!」
「そう……そうね。わかったわイーモ。私も貴方とお父さん仮面を信じるわ」
信じることしかできない己の無力を嘆き、だが信じられる相手と出会えた己の幸運を喜び、そして何より信じたことで己の腕の中に娘がいるという事実を噛みしめマームが言う。
ひとしきり娘を抱きしめたマームは、その手を離すとまっすぐにニックの方に向き直り、その頭を深々と下げた。
「ですから、どうか娘を宜しくお願い致します」
「ぬぅ、何故に儂に頼むのかはわからんが、まあわかった。しかしそういうことなら、儂も少し準備をせねばならんな。悪いが今日はこれで暇乞いをさせてもらうとしよう」
「えー!? イーモのおすすめ、きいてくれないの?」
「ははは、すまんな。だが次は必ず聞かせてもらうから、今日は許してくれ」
「むー、せっかくイーモがいっしょうけんめいかんがえたのに……」
一日二日ならともかく、流石に一週間以上通っているとお薦めできる商品もなくなってくる。なのでここ二日ほどは冒険者とは何の関係も無い商品をなんとか薦めようとアッネとイーモが頭をひねった解説を考えてくれており、それを聞くことはニックの楽しみに、それを話すことはイーモの楽しみになっていた。
「我が儘言っちゃ駄目よイーモ。ニックさんにもすることがあるんだから。それにほら、そろそろだったでしょ?」
「あっ! そうだ!」
「ん? 何かあるのか?」
「えへへー。まだないしょー!」
「むぅ、内緒か! ではその内緒が明かされるのを楽しみにしておこう。またな」
「うん! またねおじちゃん!」
元気に両手を振るイーモに見送られて店を出ると、でれていたニックの表情がにわかに引き締まる。
「さあオーゼン。今夜は忙しくなるぞ?」
『そうだな。また我は貴様の股間に張り付いて「がおーん」と言うだけの道具と化すのだな』
鞄の中から聞こえた声に、ニックが思わず苦笑する。
「なんだオーゼン、お主拗ねておるのか?」
『当たり前であろう! 我は偉大なるアトラガルドの至宝! それがあんな……あんな変態の象徴のような扱いを受けるなど……』
「変態ではないと言っておろうが! そもそもあの格好にはちゃんと意味があると言ったではないか!」
『意味? ハッ、どうせ格好いいからとかそう言う理由であろう?』
かなり投げやりなオーゼンの言葉に、ニックは思わず眉をひそめる。
「んん? 何も聞いてこなかったからてっきりわかっているのだと思ったのだが、まさかオーゼン、お主本当に気づかなかったのか?」
『な、何がだ? 我が何を見落としているというのだ!?』
「ふーむ……いや、ならば種明かしは最後にしよう。その方が面白そうだからな」
ニヤリと笑うニックの言葉に、オーゼンがすかさず抗議の声をあげる。
『何だそれは!? 言え! 今すぐ言うのだ!』
「まあまあ、そう焦らずともよかろう。お主とてあの料理大会の時に、似たようなことを儂にしたではないか」
『意趣返しだと!? 小さい! 小さいぞニック! 我が見込んだ貴様の器はそんなにも矮小なものであったのか!?』
「ふふん。挑発しても無駄だ。さあ、知りたければ今夜も頑張るぞ!」
『ぐっ……まあ子供達を助ける活動には何の否やもない。無論協力はするが……あとでちゃんと教えるのだぞ?』
「勿論だ。約束しよう」
鞄の相棒に笑顔で頷くと、ニックは諸々の準備のため、やや足早に宿の部屋へと戻っていった。