使い走り男爵、決断する
「まだか! まだその不届き者は捕まらんのか!?」
「ハッ! 申し訳ありません!」
苛立った声を出すツカイッパ男爵に、部下の男は直立不動の姿勢で答える。その額には嫌な汗が止めどなく流れており、緊張からずっと体が震え続けている。
「ふざけおって! 何が『お父さん仮面』だ! どうしてそんな変態一人にこうも邪魔され続けるのだ!」
ダンと机に拳を振り下ろす男爵。その手に鈍い痛みが走るが、それすら気にならないほどの怒りが男爵の胸の内を満たしている。
最初に「お父さん仮面」なる変態が出現してから早一週間。それ以後に行った子供の入荷作業は、その全てが失敗していた。
――なお、「お父さん仮面」という名前はイーモが頑張って定着させていた。悪乗りしていた若者達も「あれはおとうさんかめんだもん! イーモをたすけてくれた、さいきょうのえいゆうだもん!」と泣きそうな顔で迫られては、それ以上筋肉だの変態だのと言い続けることはできなかったのだ――閑話休題。
「と言うか、奴はどうやってこちらの動きを察知しておるのだ!? 何故毎回現場に現れる!? まさか貴様等が情報を売っているとでも言うのか!?」
「め、滅相もございません! そのようなことは、決して……」
「ならば何故だ! 答えてみよ!」
「それは……」
男爵の言葉に、部下の男は苦しげに顔を歪めて沈黙するのみ。実際お父さん仮面の出現場所は男爵の領地たる三つの町のみならず、その周辺の森や平原などにまで及んでいる。
しかも、それならばと複数箇所で同時に子供を攫おうとしても、多少の時間差はあれど結局全ての場所に現れるのだ。更に場所を増やし一〇カ所程度を同時に襲い、かつ子供を捕まえたらすぐに馬車に放り込んで全速力で駆けさせればあるいは……と思わなくもないが、いくらなんでもそこまで目立つ方法で子供を男爵家に運び込むことなどできるはずもない。
「そして、何故倒せん! 奴が強いとは言っても、所詮は一人なのだろう? なら腕利きを幾人か集めれば――」
「いえ、それが……奴の強さはあまりにも尋常では無いというか……」
至極まっとうな男爵の言葉にも、やはり部下の男は渋い表情を崩せない。前回は元銀級だという冒険者崩れまで雇って仕事に当たらせたが、お父さん仮面相手には鎧袖一触だったのだ。
「おそらくですが、アレに対抗するには最低でも金級冒険者相当の戦力が複数いるのではないかと……」
「馬鹿か貴様! 金級相当の戦力!? そんなもの王家でもなければ用意できんし、仮にできたとしてもとても元が取れぬわっ!」
銀級までと金級以上には、超えられない壁がある。人並みの才能を持つ者が真面目に努力すれば何とかたどり着けるのが銀級だが、金級に上がるには生まれ持っての天賦の才が必須になるからだ。
故にそんな実力の持ち主はそれこそ王家直属の近衛兵などの最上位の騎士か、名だたる英雄のような存在となる。そこには金で犯罪を請け負う墜ちた英雄とでも言うべき者も含まれはするが、男爵程度の権力と財力ではそんな相手はとても雇えない。
「ですが、そうなるとこれ以上は難しいかと……」
「むむむ……どうしたものか」
ツカイッパ男爵は頭を抱えて悩む。この地での出世に限界を感じていたツカイッパ男爵にとって、今は落ち目でありつつも何やら大きな動きを感じさせる帝国は実に美味しそうな相手に見えた。
そのため様々な国の貴族と繋がりのあるカッツヤック王国のロリペドール伯爵に帝国貴族との顔つなぎを頼んだのだが、その代価に要求されたのが見目麗しい幼子三〇人であった。
そのうち二〇人は既に捕らえてあるが、逆に言えばまだ一〇人足りない。取引相手が格下の貴族や商人なら今いるだけでごり押すことも考えられるが、自分など足下にも及ばない大貴族相手にそんなことをすれば待っているのは破滅だけだ。
「期日までもう一月も無い。それまでにどうにかあと一〇人子供を集めねば……だがどうする? どうすればいい?」
その場に部下がいることも忘れ、ツカイッパ男爵は考えにふける。貴族である自分になら領地から子供を集めるなど簡単だと高をくくり、二つ返事で引き受けてしまった以上「問題が起きたから少し待って欲しい」などとは言えない。
かといって自分の手勢ではお父さん仮面なる相手を打倒する手段が無く、事が事だけに外部に助けを求めることもできない。唯一可能性があるのは全ての事情を知るロリペドール伯爵であり、かの御仁ならば自分よりよほど強力な手駒を押さえてはいるだろうが、借金が返せないからと更に借金を重ねるような行為はいくらツカイッパ男爵でも躊躇われた。
「……いっそこちらの拠点におびき寄せてしまうのはどうでしょう?」
「何? どういうことだ?」
部下の男の言葉に、男爵は下を向いて考え込んでいた顔をあげる。
「はい。お父さん仮面にやられていたのは相手が強者だったこともありますが、やはり町中ということでこちらの手勢が限られていたというのが大きいと思うのです。ですがこちらの拠点におびき寄せるのであれば、その欠点をなくせます。
事前に場所がわかっているのですから、大量の罠と集められるだけの手練れを配置し、奴がやってきたところを一気呵成に討ち取る……というのはどうでしょう?」
「ふむ……」
部下の言葉に、男爵は再び考え込む。お父さん仮面なる相手がどれほど強かったとしても、それだけの布陣で攻められれば負けて当然だ。それを覆せるような、本物の英雄と呼ばれるほどの力の持ち主がこんな田舎で子供の誘拐などという些末な事件にずっとかかりきりというのはあり得ない。
「いける……か? だがどうやっておびき寄せる? まさかワシの家に攫われた子供がいるなどと吹聴して回るつもりではあるまいな?」
攫った子供は全て男爵家の地下に監禁している。これは領地のどんな場所よりもここが安全だからだ。より上位の貴族か王族でもやってこない限り、この屋敷に対する捜査権を持つものは男爵本人しかいない。
「それは勿論。そうではなく、招待するのです」
「誰をだ? まさかかの変態をか!?」
「違います。子供達です! 領地の未来を担う子供と話をしてみたいという理由で、男爵様がお屋敷に子供達を招待するのです」
「ワシが招待……? しかし、そんなことをしたら子供を捕らえることができないのではないか?」
公然の秘密とはいえ、男爵は表だって子供を攫っているわけではない。先日は仕事で町に出たついでに領地の視察をかねて目についた雑貨屋により、たまたまよさそうな子供がいたから直接仕入れてみようと思っただけで、普段の仕事は全て部下に任せてあり、当然誰も男爵の名を口に出したりはしていない。
「そうですね。ですが問題ありません。正式な招待であれば領民に断る選択肢は無く、そして奴にもそれを阻止する理由がありません。もしそんなことをすれば奴は単なる無法者に成り下がります」
「何を言っておる!? 奴は最初から無法者だぞ! このワシに楯突いておるのだからな!」
「あー、いえ、それはそうなのですが……ゲフン。とにかく、子供達がこの屋敷に入るところまでは奴も手を出すことはできません。そして子供達がここにたどり着いてしまいさえすれば、後はこちらでどうとでもなります。奴が現れたら予定通りに倒してから一旦子供達を解放、その後いつもの手段で回収すれば問題ありません」
「ふむ、まあそうだな。だが奴が現れなかったらどうする?」
「その時は……奴に罪を被ってもらいましょう。実はお父さん仮面こそが子供を狙う悪党で、男爵様は奴から子供を保護しようと必死に頑張っていた。ですがその努力の甲斐無く奴が屋敷に襲ってきて、子供達を攫ってしまった……ということでいかがでしょう?」
「その場合、ワシが奴に負けたことになるのか? それは気に入らんが……」
「そこは堪えていただきたい。現に今までも我らは負け続けですので、むしろ話に説得力が出ます。それにここまで来てしまった以上、多少の損を被ってでも子供の確保を優先した方がよいかと……」
「……………………よし、それでいこう。では、すぐに準備に取りかかれ」
「ハッ!」
長考の後ツカイッパ男爵が決断を下し、部下の男が返事をして部屋を出る。
「見ておれよお父さん仮面。このワシを怒らせたこと、必ず後悔させてやるからな。グッフッフ……」
かくして賽は投げられ、またひとつ歴史は動き出す――