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父、微妙に名誉を挽回する

「そう緊張すんなって。実戦訓練とは言え、相手をするのはゴブリンとかその辺りだ。どのみちこんな人数連れて森の奥になんて行けないからな」


 シドウの言葉に対する新人達の反応は様々だが、大別すればホッと胸をなで下ろす者と「今更ゴブリンか」と侮るような反応をする者の二種類だ。その反応にシドウはまたもニヤリと笑い……そしてどちらでも無いニックはこっそりとオーゼンに話しかける。


(なあオーゼンよ。あの男、やたらニヤリと笑いすぎではないか?)


『今気にするのはそこなのか!? まあ散々この森の奥で暴れ回った貴様なら、今更何とも思わないのは理解するが……』


「じゃ、俺が先導するから着いてこい。ただし今回は無駄口は無しだ。できるだけ気配を殺し、音も立てないように注意して進め。この人数で集まってるのがバレたらゴブリン程度じゃ逃げちまうからな」


 まさかニックにそんな事を言われているとは思わないシドウは、そういってこなれた動きで森へと踏み入っていく。その移動速度は思いの外速く、慌てて新人冒険者達もそれに追随していくが、なかなか移動音を消すことはできない。


「くっ、どうしても音が出ちゃうな」


「ソーマは足の使い方が素直すぎるんだよ。ほら、もっとこうしなやかな感じ?」


「ベアルは本当にこういうの得意よね。それに比べて……」


「ご、ごめんね。ボクこういうの苦手で……」


「フン! こんなの静音魔法を使えば……って、使えばいいじゃないか! よーし――」


「オイ、魔法は禁止だ。まだ獲物を見つけてもいないのに魔力を無駄に消費するな」


「ぐっ……」


 勢い込んで魔法を使おうとしたシュルクに、シドウが小さい、だが鋭い声で警告する。思わず言葉に詰まるシュルクだったが、その意見の正当性を認めて飲み込める程度には冷静だった。


「やーい、怒られてやんのー」


「っ!? この、ベアル――」


「いい加減にしなさいお馬鹿共! 全く……」


「あはは……そ、それにしてもニックさん、凄いですね」


「ん?」


 前を歩いていたホムに突然褒められ、ニックは首を傾げる。


「確かに。全然音がしてないです」


「何でそんなでかい体で無音移動なんてできるんだよ。わけわかんねーなオッチャン」


「そうか? まあこういうのは慣れだからな。お主達も場数を踏めば自然と出来るようになるであろう」


 鋼の如く引き締まった筋肉の鎧を身に纏う二メートル越えの巨漢だというのに、ニックの移動音は全くしない。無論本物の超一流の相手であれば感知できるであろうが、少なくともこの場にニックの出す音を聞き取れる者は……シドウを含めて……いなかった。


「うわぁ、熟練者ベテランみたいな発言ね。実際出来てるからそうなんでしょうけど」


「くそっ、何でこんな落ちこぼれ中年が出来て、このボクが……」


「はっは。精進せよ若人よ」


『正直我にもかなり意外だ。貴様にこんなことが出来るとはな』


(まあ、それなりの修羅場はくぐってきたからな)


 魔物の中には気配に敏感なものも多く、それこそ視界に入る前にこちらを感知するなど魔族領域の魔物であればどんな奴でも出来た。故に気配を消すのは必須技能であり、当然ニックにもそれが身についている。でなければ如何に背後をとったとはいえ魔神を殴り倒すことなどできなかったであろう。


『こういう繊細な技能も身につけているというのに、何故普段はああも大雑把なのか……』


(出来るといっても気疲れするからな。殴れば済むならその方が圧倒的に楽であろう?)


『うぅ、わかっている。貴様はそういう奴だ……』


「止まれ。お出ましだ」


 突然シドウが小さくそう言い、腕を伸ばして後続を押しとどめる。全員がその場で立ち止まると、前方十メートルほど先に緑色をした小さな人型の生き物が見えた。


「ゴブリンが三匹……周囲に他の魔物の気配無し。なら丁度いいな。よし、お前達は全員ここで少し待て」


 そう言うと、シドウは中腰のまま滑るような足取りでゴブリンの方へと近づいていく。そうして十分に距離を詰めたところで、ゴブリン達の顔に目がけて小さな丸い玉を投げた。


「ウゴッ!?」


 それは狙い違わず三匹の顔に当たり、黄色い粉を顔の周囲にまき散らす。それを吸い込んだゴブリンは途端にダランと腕を垂らして脱力し、ボーッとその場に立っているだけになった。


「見たか? 今のは幻惑玉って言って、こんな風に吸った魔物をボーッとさせる効果がある。と言ってもゴブリンとかの弱い魔物にしか効果がないうえに結構な値段がするから基本大赤字だ。あと人間相手に使ったら厳罰に問われるから注意しろ。


 てことでコイツらには教材になってもらうわけだが……おい、お前!」


「は、ハイ!」


 シドウに声をかけられ、ごく一般的な剣士の装備をした少年がややうわずった声をあげる。


「今からコイツを一匹だけ目覚めさせる。そうしたらお前、コイツと一対一で戦ってみろ」


「わ、わかりました……」


 返事をすると、少年剣士は腰からショートソードを抜いて構える。やや腰が引けてはいるが、戦闘に対する恐怖というよりはこの場の特殊性から緊張しているのではないかとニックには感じられた。


『あれは大丈夫なのか?』


(仮にも冒険者を名乗り登録もできているのだ。ゴブリンと正面から一対一で戦って負けることはあるまい。まあいざとなったらあのシドウという男が助けるだろうしな)


 心配する声を出すオーゼンに、ニックはこっそりそう応える。その後すぐにシドウの投げた玉が一匹のゴブリンの前で青い粉を吹き出し、それを吸い込み正気に戻ったゴブリンと少年の一騎打ちが始まった。


 当初の予想とは裏腹に意外と安定した動きを見せた少年が終始ゴブリンを圧倒し、程なくして危なげなく勝利を収めると、シドウが上機嫌に声をあげる。


「よしよし。なかなかだったぞ。まあこの場にいる奴でゴブリンに勝てないようなのは……いないとは言わないが、そいつは戦闘職じゃないからだろうしな。とはいえ後衛だろうが回復職だろうが自分の身くらいは守れた方が絶対にいい。鍛錬は怠るなよ?


 それじゃ次は……そうだな、お前」


「僕?」


 次にシドウが指名したのは、シュルクだった。


「そうだ。剣は見たから、次は魔法ってな。お前の得意な魔法でゴブリンを倒してみな」


「……わかった。他の奴らとは格が違うって見せてやる!」


 またしてもニヤリと笑うシドウに、シュルクは鼻息も荒くそう答えると杖を構えてゴブリン達の前に立つ。


「魔術師相手に肉弾戦をさせても意味がねーな。このまま右の奴を倒せ。何か問題はあるか?」


「無い。危ないから下がってろ!」


「ヒュー、おっかねぇ」


 おどけてヒョイとその場を飛び退いたシドウを確認し、シュルクは両手で杖を握り込み詠唱を始める。


「紅きもの、熱きもの、貫き 輝き 焼き尽くせ! 『バーニングランス』!」


 瞬間、シュルクの眼前に出現した炎の槍がゴウッと音を立てて射出され、狙い違わず右のゴブリンの頭を吹き飛ばし、背後の木に大きな焦げ跡を作った。


「どうだ!」


「うーん。大した威力だが、失格だな」


「な、何で!?」


「当たり前だろ。動かないゴブリン相手に無意味に強力な魔法を使って消耗した挙げ句、討伐証明の耳まで吹き飛ばしてるじゃねーか。それともまさか、今の魔法しか使えないのか?」


「そ、そんなことない! 戦況に合わせていくつもの魔法を使いこなせてこそ一流の魔術師なんだぞ!?」


「なら使い分けなきゃ駄目だろ。わかってんならちゃんと実戦しろ」


「うっ……」


 さっきの名誉挽回と気合いを入れて魔法を使ったのに、褒められるどころか空回りを指摘されまたも駄目出しをされたシュルクの表情がこわばる。そんなシュルクにフッと笑うとシドウはそのまま肩をすくめて言葉を続けた。


「ま、いいところ見せようとして張り切ったってのはわかるがな。他の奴らもしっかり覚えとけ。力ってのはただ出し続けりゃいいってもんじゃねぇ。ちゃんと使いどころを弁えて節約するのが一流ってもんだ。じゃあ、最後にオッサン!」


「む? 儂か?」


「そうだ、オッサン……ニックさん。ここいらでひとつ大人の凄さってのを見せてやってくれないかね?」


 そう言って、シドウはまたもニヤリと笑う。そこには幾通りかの違う意図が透けて見えたが、それを一切気にすること無くニックもまたニヤリと笑って歩み出る。


「良かろう。ならばしかとその目に焼き付けるがよい!」


 実はこの時、オーゼンが内心「自分もちょっとだけニヤリと笑いたい」と思っていたのは彼の中だけの秘密である。

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