仮面の英雄、活躍する
「ぬぅ!? 何故だ!? 儂……じゃない、我は決して変態などではない! お父さん仮面だと名乗ったではないか!」
「ふざけんな! そんな格好で屋根の上に立ってる奴が変態以外のなんだってんだ!」
謎の覆面親父が驚きの声をあげると、下にいたごろつきの一人が大声で反論する。その言葉に全身から「解せぬ」というオーラを醸し出す覆面親父だが、それに同意してくれそうな者は残念ながらこの場にはほぼいない。
「ん? 待て、お父さん? おいガキ、これがお前の親父なのか?」
「馬鹿なことを言わないでください! 主人はあんな変態では……っ、うぅ……」
「おかーさん!? むりにしゃべっちゃだめだよ!?」
ごろつきの言葉に、マームが思わず抗議の声をあげてしまう。イーモの父、つまりマームの夫は今も店の奥で横になっており、何やら騒がしいと思ってはいてもどうすることもできずにじっと耐えて腰を労っている。
そんな夫はやや細身のシュッとした外見をしており、ほぼ全裸の覆面筋肉親父と一緒にされるのはどうしても我慢ができなかったのだ。
「ぐぅぅ……と、とにかく我は子供の味方、お父さん仮面! さぁ、今すぐその汚い手を離すのだ!」
まさかの味方からの口撃に、お父さん仮面の繊細な心が痛撃を受ける。だがその程度でひるむお父さん仮面ではない。イーモ達に迫っていたごろつきに指を突きつけると、勢いをつけて屋根の上から飛び上がった。
「とうっ! 食らえ、お父さんキーック!」
『がおーん』
「ぐっふぁっ!?」
身長二メートルを超える筋肉の塊が落下の勢いをつけて放った蹴りに、ごろつきが溜まらず吹き飛ぶ。勿論きちんと手加減はなされているので、ゴロゴロと地面を転がり白目をむいて気絶はしていても死んではいない。お父さん仮面は子供の心に配慮する優しい正義の使者なのだ。
「くそっ、コイツただの変態じゃねぇぞ!? お前等囲め!」
「遅いわ! お父さんパーンチ!」
『がおーん』
「へぼぐっ!?」
躍動する筋肉が美しい弧を描き、お父さん仮面の拳がごろつきの顔面に突き刺さる。防御どころか反応すらできなかったごろつきはまたも地面を無様に転がり、先に倒れていたごろつきの体にぶつかって止まった。
「つえぇ!? 変態のくせに糞強いぞ!? このぉ!」
「変態ではない! お父さん仮面だ! お父さんチョーップ!」
『がおーん』
「はぐっ!?」
剣を手に襲いかかってきたごろつきの一撃を、深紅の外套をはためかせてお父さん仮面が華麗によける。そのまま体を回転させて放った手刀はごろつきの頭を吹き飛ばし、一瞬にして意識を奪われたごろつきの体は先の二人に覆い被さるように落下した。
「さあ、残りはお主一人だ。どうする? まだやるのか?」
「く、くそっ……あ、おい衛兵! お前等こっち側だろ! 俺を助けろ! あの変態を取り締まれ!」
まさかの展開に、最後に残ったごろつきが側にいた衛兵に呼びかける。だが衛兵はずっとしていた耐えるような表情を一転、ニヤリと笑ってごろつきに答える。
「……俺達に下された命令は、この場で何があっても見過ごすことだ。だから俺達は何があっても手を出さない。お前達がどんな非道な行いをしても……そしてお前達がどんな酷い目にあってもだ!」
「テメェ、そんなこと言ってただですむと――」
「ただですまぬのは、いたいけな子供に手を出すお主の方だ! 征くぞオー……ではない、獅子頭!」
『がおーん』
お父さん仮面の股間からいかなる感情も感じさせない平坦で投げやりな声が響くと、胸の前でクロスさせたお父さん仮面の両手が赤熱していく。と言ってもそれは魔法などではなく、両手をもの凄い早さで擦り合わせて摩擦熱を生じさせているだけなのだが、この場にそれを見極められる者はいない。
「な、何だ!? 手が赤く……!? 何を、何をするつもりだ!?」
「罪の炎をその身に刻め! 奥義! 燃える正義の獅子頭!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
お父さん仮面が両手を突き出すと、ごろつきの男の上着がはじけ飛びその体が吹き飛ばされる。先の三人と同じ場所に飛ばされたその男の胸には、獅子の顔を連想させるような真っ赤な火傷が刻まれていた。
なお、技の正体は両手の掌底を寸止めして衝撃波で服を弾き飛ばし、露出した皮膚を指先で擦りあげて火傷を負わせるというものだ。十指全てを精密に動かす必要があるためとんでもない集中力が必要な、まさに奥義と呼ぶに相応しい技である。
技を放ち終わり、両手を前に突きだして動かないお父さん仮面と、気絶状態で折り重なった四人のごろつき。場に満ちる静寂は、その場にいた野次馬の呟きに破られる。
「すげぇ……すげぇ! すげぇぜ変態筋肉仮面! あいつらを全部やっつけちまった!」
「最高だ! アンタ最高に格好いいぜ、変態筋肉仮面!」
「素敵! 変態だけど!」
「いや、待て! 違うぞ!? だから儂はお父さん仮面だと――」
「おじちゃん!」
湧き上がる変態筋肉仮面コールに、何とかそれを訂正しようとするお父さん仮面。だが彼が声をあげるより先に、その足下に幼い少女が駆け寄ってくる。
「すごい! おじちゃん、すごくつよいんだね!」
「む、イーモか。ははは、であろう? なにせ儂……じゃない、我はお主が呼んだ最強の英雄だからな」
「うん! おじちゃんすごい! おじちゃんさいきょう!」
嬉しそうにはしゃぐイーモに、お父さん仮面の顔がほころぶ。顔を覆った覆面から覗くのはわずかに目だけだが、そのまなざしは限りなく優しい。
「では、我はもう行こう。魔法で呼び出された我はあまり長時間ここにはとどまれぬのだ。だが忘れるなイーモよ。お主が本当に困ったことがあったとき、魔法の呪文を唱えたならば我は必ずやってこよう。
だからこれからも家族を大事にし、お手伝いを頑張るのだぞ」
「うん! ありがとうおじちゃん!」
大きく頷くイーモに、お父さん仮面はその場を立ち去ろうとして……ふと立ち止まりもう一度イーモに向き直る。
「あと、そうだ。これは是非ともお主に頼みたいことなのだが、我の名はお父さん仮面だ。決して変態でも筋肉でもない。それを是非とも皆に教えてやって欲しい」
「んー? いいよ?」
若干首を傾げてから頷いたイーモに、お父さん仮面は今日一番嬉しそうな声をあげる。
「おお、それはよかった! では頼むぞ! くれぐれも! くれぐれも頼むぞ!」
「わかった! イーモがんばる! ありがとう、おとうさんかめん!」
「では皆の者、さらばだ! とうっ!」
轟音を立てて大地を蹴り、お父さん仮面が空の彼方に跳んでいく。そこでようやく我を取り戻したマームが、未だに体に走る鈍い痛みを無視して全力でイーモを抱きしめた。
「ああ、イーモ! イーモ! よかった、本当によかった……」
「おかーさん!」
「ごめん、ごめんねイーモ。怖い思いをさせてしまって、本当にごめんね……」
「おかーさん……イーモだいじょうぶだよ? おじちゃんがおしえてくれたまほうがあれば、これからもずっとだいじょうぶだもん! イーモのまほうでみーんなまもるの! おかあさんもおねえちゃんも、あとおとうさんも!」
「イーモ……っ!」
「えへへー。あ、あとでニックおじちゃんにもおれいをいわなきゃ! まほうおしえてくれてありがとうって!」
「そうね……そうしましょう……うっ、うっ……」
もう二度と離さないとばかりに、マームがイーモの小さな体を抱きしめる。こうして謎の英雄の活躍は、町中の人々に知れ渡ることとなるのだった。