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雑貨屋妹、まほうを使う

 少し時は遡り、雑貨屋の中。ニックとアッネが出かけたことで、マームとイーモは二人で店番をしていた。三の鐘(午前一〇時)が鳴った辺りの隙間時間ということもあり、商品棚の整理などをしつつ時を過ごしていると、不意に店の扉がやや乱雑に開け放たれた。


「邪魔するぜぇ」


「あ、いらっしゃいませ」


「ませー!」


 扉から入ってきたのは、しっかりと武装した四人の男。とは言え冒険者であれば武装しているのは当然だし、昨日やってきた男爵やその護衛と思われる鎧姿の男とは当然別人だ。


 だからこそマームもイーモも特に警戒することなく接客しようとしたが――


「おい、このガキか?」


「だろ? まあ違ったとしてもガキなら何でもいいって話だし、金にはなるんじゃないか?」


「ならいいな。つーことだ。おいガキ、こっち来い」


 剣呑な雰囲気を出した男の一人が、イーモの腕を強引に掴む。


「いたっ!? いたい! やめて!」


「お客さん!? 何を!?」


「うるせぇ、金にならねぇ年増は黙ってろ!」


 慌てて止めに入ろうとしたマームを、男の一人が突き飛ばす。


「きゃあ!?」


「おかーさん!? おかーさんになにするの!?」


「うるせぇな。いいから黙って着いてくりゃいいんだよ」


「やーっ! やだ! はなして! おかーさん!」


「イーモ! 貴方達、すぐに娘から手を離して! でないと衛兵を呼びますよ!」


 雑貨屋があるのは当然表通りであり、一歩店を出れば普通に人通りがある。こんなところで騒ぎが起きれば、あっという間に衛兵が飛んでくるはずだ……普通ならば。


「衛兵ねぇ。いいんじゃねーの? 呼びたきゃ呼んでも?」


「な、何を言って……まさか!?」


 驚きの顔をするマームに、男が嫌らしい笑みを浮かべる。


「そーいうこと! 俺達の雇い主様は、しっかりと衛兵にも言い聞かしてくれてるみたいだぜぇ?」


「助けでも何でも呼べばいいけどよ、泣いても叫んでも誰も助けになんてこねーって」


「いやいや、ほら、たまにいる正義面した勘違い冒険者なら助けに入ったりするんじゃねーか? まあ俺達に手を出した時点でそいつらの方が犯罪者になるんだけどな! ギャーッハッハッハッハ!」


「そ、そんな……」


 高笑いする男を前に、マームの顔が絶望に歪む。それでも娘を渡すまいと精一杯の抵抗を試みるが、武装した男達を前にしては何をすることもできない。


「おかーさん! たすけて、おかーさん!」


「イーモ! お願い、娘を返して!」


「しつっけぇな! もう諦めろって!」


 暴れるイーモを肩に担ぎ上げ、男達が店を出る。すぐにその場は騒然となったが、偶然にも・・・・そこに居合わせた衛兵達は何故か一向に動こうとしない。


「お願い、誰か! 娘を助けて!」


「おかーさん! おかーさん!」


「おい、アンタ衛兵だろ!? 何で黙って……あ、いや、何でも無い」


 見るに見かねた近所に住む男が衛兵に声をかけるも、逆にジロリとにらみ返されて引き下がる。その一連のやりとりからも「そういうこと」だと理解したことで、もはやこの場に二人を助けようとする者はいない。


「イーモを…………娘を、はなせぇぇぇぇぇぇ!!!」


 誰も助けてくれないなら、自分が。決意を固めて男を睨み、腰だめに荷ほどき用の小さなナイフを構えてマームが突っ込む。だが戦闘経験など無いマームの攻撃が通じるはずもなく、逆に冒険者の男の蹴りがマームの体を吹き飛ばした。


「おかーさん!?」


「おい衛兵、今この女、俺に刃物を構えて向かってきたよな? なら今のは俺の正当防衛で、コイツは凶悪な犯罪者ってことだよな?」


「……………………そうだな」


 苦々しい顔で答えた衛兵に対し、襲われた男の方は嬉しそうな声をあげる。


「ヒュー! ってことは、この犯罪者は俺のモンってことでいいんだよな? へへっ、人妻ってのは響きがいいぜ」


「あぐっ……」


 壁に向かって蹴り飛ばされ、ぐったりとしたマームの髪を男が乱暴に掴んで顔をあげさせる。


「おね……がい……娘を……」


「おかーさん! はなして! はなしてよっ!」


「イテッ!?」


 その様子に耐えかねて、暴れたイーモが男の手に噛みつき地面に落とされる。したたかに体を打ち付けつつもすぐに起き上がると、そのまま母に向かって全力で走った。


「おかーさんをはなせ!」


「イッテ!? くそっ、蹴るんじゃねーよガキが!」


「あうっ!?」


 母の髪を掴んでいた男のすねを、イーモが思い切り蹴飛ばす。それにより母は男の手から離れたが、今度は男の怒りがイーモへと向く。自分に向かって伸びてくる大きな手を前に、しかしイーモは母を守るようにして両手を広げて立ち続ける。


「おい、ガキには怪我させるなよ?」


「チッ、少しくらいならいいだろ? 今回は報酬もよかったし、安物の回復薬で治る程度の怪我なら問題ねぇはずだ。俺はこういう調子に乗ったガキには痛い目みせねぇと気が済まねぇんだよ!」


「イーモ……逃げて……逃げなさい……お母さんはいいから……早く……っ!」


「ううん、にげない! イーモはにげないよ! だってイーモはまほうつかいだもん!」


「ハァ!? プッ、魔法使い! こんなガキがどんな大層な魔法を使うってんだオイ!?」


 まっすぐに自分を睨む少女の言葉に、男が思わず吹き出す。他の三人も腹を抱えて笑っており、その顔にはニヤニヤした笑みが耐えることがない。


「知ってるかガキ? 嘘つきは泥棒の始まりって言うんだぜ?」


「うそじゃないもん! イーモ、さいきょうのまほうがつかえるんだから!」


「へー、そりゃすげぇ! なら使ってみろよガキ! 俺達は優しいから、そのくらいなら待ってやるぜ?」


「うぅ……うっ、うっ……」


 男達の馬鹿にした笑い声に、イーモの幼い心は押しつぶされそうになる。それでもイーモは小さな拳をギュッと握り、目に涙を溜めてなお泣かないように歯を食いしばり耐える。


「イーモが……イーモが……おかあさんをまもるの! だからおねがい。たすけて……たすけて! たすけて! おとうさんかめーん!」


 少女の悲痛な叫びが、太陽の下高らかに響く。


「プッ、プハッ! な、なんだそれ! お父さんたすけてーって、それが魔法ってか!?」


「馬鹿、笑うなよ! ガキがガキなりに精一杯考えたんだろ! クックック」


「てか、なんで仮面? 意味わかんねーし」


「ほらほら、どうした? 魔法の発動はまだなのかぁ?」


「くるもん! むてきのえいゆうが、イーモをたすけにきてくれるもん!」


「あぁ、はいはい。じゃあその無敵の英雄とやらが来る前に、さっさと連れて――」


「待てぇい!!!」


 不意に、男達の頭上から大声が響く。


「何だ? 誰だ!?」


「てか何処から……」


「あっ、あそこ! 屋根の上!」


 その場の全員がキョロキョロと周囲を見回すなか、何処かの誰かがそう叫ぶ。そうして皆の視線が集中した先にいたのは――


「我は力! 幼き子供の叫びに応え、理不尽を打ち砕く最強の拳!」


「へ……」


 顔を白い覆面で隠し、その背には深紅の外套がはためく。


「我は正義! 邪悪を許さず諸悪を罰し、害悪を滅する破壊の鉄槌!」


「へ…………」


 だが、その体には一糸纏わず、鍛え上げた筋肉がピクピクと蠢いている。


「我は希望! 救いを求める心に宿る、運命すら覆す無敵の英雄!」


「へ………………」


 そしてその股間には、燦然と輝く黄金の獅子頭。


「我が名は……お父さん仮面!」


『がおーん』


「「「変態だー!!!」」」


 屋根の上で颯爽とポーズを決める筋肉親父に対し、その場に居合わせたほぼ全員が、心をひとつにして叫んだ。

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