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父、思いつく

 物乞いの男から得た情報も活用し、ニックはその後しばらく町での情報収集を続けた。だが結局「子供が強制的に連れて行かれている」という話に対する軽い裏付けが取れた程度で、最初に聞いた情報以上のものを得ることはできなかった。


「ふーむ、これはちょいと厳しいな」


 日が暮れ、宿へ戻る道すがら。ぽつりと漏らしたニックの呟きにオーゼンが反応する。


『そうなのか? 貴様のことだから、あの男爵とやらを殴ってさっさと終わりにしてしまうかと思ったが』


「そうできれば簡単なのだが、相手は一応貴族だからな。半端に追求しても言い逃れられてしまうであろうし、そもそも領主ということはここの衛兵は全て彼奴の部下ということだ。事件の隠蔽どころか下手をすれば儂に全ての罪を被せてくることすら無いとは言えんからな」


 単純に男爵を始末するというのなら、ニックにとっては容易いことだ。そうすれば真相はわからずともこれ以上の被害者が出ることはなくなり、一応の解決を見ることはできる。


 だが、確たる証拠も無く独断でそんなことをすれば単なる犯罪者だ。娘に迷惑がかかるとか以前に、そのような行為をニックが許容できるはずもない。法でも道理でもなく、愛する妻と娘に笑顔で向き合える生き方こそが、ニックにとってもっとも重要なことであた。


「必要なのは確実な証拠だ。だがそもそもそれが存在するかどうかがわからないことがまず問題なのだ」


『ん? どういうことだ? 子供を集めているというなら……ああ、そうか』


「そうだ。集めた子供がまだ男爵の屋敷にいるとは限らない。そもそも屋敷以外の場所に監禁されている可能性もある。言い逃れのできぬ状況を抑えるには……ふむん?」


『どうしたのだ?』


 考え込んでいたニックの顔が、ふとにやける。それを見たオーゼンの中に言い知れぬ不安がよぎったが、そんなことはつゆ知らずニックは不敵な笑い漏らす。


「ふっふっふ、なに、ちょっと面白いことを思いついたのだ」


『……何だろうか。我には嫌な予感しか浮かばぬのだが』


「そう言うなオーゼン。お主にも協力して欲しいしな」


『我に、か? それは構わぬが、一体――』


「ふふん、言質はとったぞ?」


 ニヤリと笑うニックに、オーゼンは金属の体がぞわっと震えるような錯覚を覚える。だが既に発してしまった言葉は取り消せず、また取り消そうが訂正しようがおそらくニックが考えを変えそうな気が全くしない。


『む、無論だ。我に二言はない……ないが、まあ、あれだ。あまり不本意な扱いをされた場合は、抗議の声をあげることはあるぞ?』


「大丈夫だ! むしろ格好いいと思うぞ?」


 さっきまでの苦い表情から一転、少年のように瞳を輝かせるニックに、オーゼンはそこはかとない不安をその内に抱えることとなった。





「そんな、ウチだけじゃなく、領主様がそんなことをなさっていたなんて……」


 明けて翌日。再び雑貨屋に訪れたニックが昨日集めた情報を説明すると、アッネがその目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべた。


「でも、どうしましょう? 領主様のなさることとなると、私達ではどうすることもできず……今日もこれから品物を納めなければならないのですけど」


 アッネの隣では、そう言ってマームが困り果てた顔をしている。まさかこんなことになるとは思っていなかったため、今日は週に一度商品を納めている得意先へのお使いの仕事があったからだ。


「いつもなら、アッネが一人でお使いに行ってくれていたんです。でもこんな状況で一人でお使いに行かせるのは……かといってイーモと一緒では余計に危ないでしょうし」


「えぇー!? イーモあぶなくないよ? よりみちとかしないもん!」


「あぁ、ごめんねイーモ。そういうことじゃないの」


 不満そうに唇を尖らせたイーモを、マームが慌ててなだめる。いくら狙われているのがイーモだとしても、この状況でアッネを一人でお使いに出せるほどマームの肝は据わっていない。かといってイーモと二人では攫ってくれと言っているようなものであり、自分がお使いに出ても店には子供二人になってしまう。


「主人が腰を痛めてさえいなければ……」


「病気では仕方あるまい。そういうことなら儂がアッネについて行こう」


「え? いいんですか?」


「ああ、構わんよ」


 驚いたアッネに、ニックは笑顔でそう答える。その後はイーモの方に近づくと、その場に腰を落としてワシワシとイーモの頭を撫でた。


「だが、それだけでは残されたイーモは不安であろう? だから儂が、とっておきの魔法を教えてやろう」


「まほう!? イーモ、まほうつかえるの!?」


「ああ、そうだ。儂がこの町にいる間だけではあるし、教えるのはたった一つだけだが……それを使えばどんな困難も乗り越えられる、無敵の魔法だ」


「おしえて! イーモにおしえて!」


「はは。いいぞ? ではよく聞くのだ……」


 朗らかに笑い、ニックがそっとイーモの小さな耳に口を近づける。そうしてボソボソと魔法の呪文を呟くと、盛り上がっていたイーモの表情が微妙に不機嫌になった。


「なんかおもってたのとちがう……」


「そう言うな。これは所謂召喚魔法という奴だからな。無敵の英雄を呼び出す最強の魔法なのだぞ?」


「むー。わかった。じゃあこまったらつかうね」


「うむうむ。そうしてくれ。ではアッネよ、行くか」


 もう一度イーモの頭を撫でてから、ニックが立ち上がり声をかける。それを見てマームから荷物を渡されたアッネもまた母と妹に背を向けると、挨拶をして歩き出した。


「あ、はい。わかりました。じゃあお母さん、イーモ。行ってきます」


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


「おねーちゃん、おじちゃん、いってらっしゃい!」


 二人からの見送りを受けて、ニックとアッネは店を出て歩き出す。軽く雑談をしながら進んでいくと、程なくして周囲にわずかな殺気混じりの視線を感じるニックだったが――


「? どうかしましたか?」


「いや、何でもないぞ」


『哀れな……』


 ニックに……あるいは人質に使えるからとアッネに向かって放たれた刺客は、顔を見せることすらなくニックの指弾で退場する。実際には七人のごろつきに一人だけ指揮官として男爵配下の強めの剣士も混じっていたのだが、ニックからすればどちらも大差ない。


 額に真っ赤な痣を刻んだ男が何人も突然倒れたことで一時通りが騒然となったが、全く近寄らせなかった為にそれらは少し遠くの話。ニック達は気にせず道を進んでいく。


「しかし、こっちが動いたと言うことは向こうも……む?」


「あの、ニックさん? 本当にどうかしたんですか?」


「ああ、すまん。ちょいと用事ができたようでな。もうお主が襲われることは無いであろうから、ここから先は一人でも平気か?」


「え? ええ。何度も通ってる道ですし、平気ですけど……え、襲われ!? 一体何が――」


「話は店に帰ったらだ。では、またな!」


 困惑するアッネをそのままに、ニックは素早くその場から消える。そのまま人気の無い裏路地に入ると、早速身支度を始めた。


「さあ、出番だぞオーゼン! 儂等の初陣、きっちりと飾ってやろうではないか!」


『待て待て待て待て。我は何も聞いていないが、一体何をするつもりなのだ!?』


 戸惑いの声をあげるオーゼンをそのままに、ニックは次々と服を脱いでいく。その様子に不穏な空気しか感じないオーゼンが声をあげるが、ニックの手がとまることはない。


「む? 説明していなかったか? まあすぐにわかるであろうし、今は時間が惜しい」


『いや、我としては非常にわかりたくないのだが……この流れはそう・・なのだろうな』


 もはや諦めたように声を落とすオーゼンに、ニックはニヤッと笑ってみせる。


「なんだ、やはりわかっているではないか。流石は儂の相棒だな。では行くぞ……『王能百式 王の尊厳』!」


『くぅぅ……』


 幼き少女の呼び声に応え、股間から聞こえる嘆きをいい具合に聞き流し、身支度を調えた筋肉親父の巨体が今まさに宙を舞う――

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