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父、情報を集める

「さて、ではとにもかくにも情報収集だな」


 雑貨屋を後にしたニックが、そう呟きながら町を歩いて行く。店から離れることに若干の不安がなかったわけではないが、そもそも自分がつきっきりで守るというのは現実的ではないし、何より体面を重んじる貴族が引き下がったその日にもう一度襲撃をかけてくる可能性は相当に低い。


 ならば動くのは今であり、その足はいつも通りに賑やかな酒場の前へとたどり着くと――


『ぬ? おい貴様、情報を集めるのではなかったのか?』


 そのまま酒場を通り過ぎたニックに、オーゼンが話しかけてくる。


「ああ、そうだぞ。だが今回の情報収集は酒場では駄目だ。いくら酔っていたとしても、衆目のあるところでおおっぴらに貴族の……ましてや領主の悪口など言えるものでもあるまい?」


『ふむ、言われてみれば当然か。では何処に向かっているのだ?』


「ふふっ、まあ見ておれ」


 ニックはポンと腰の鞄を叩くと、そのまま路地に入っていく。すると少しずつ周囲が暗くじめっとした空気になり、みすぼらしい身なりの者達がすえた臭いを漂わせ始める。


『ここは……貧民街、か?』


「そうだな。村まで小規模になればともかく、町と呼ばれるような場所であればどれほど善政を敷いてもこの手の場所はできてしまうものだ。人が集まる以上、どうしても格差は生まれるからな……ふむ」


 遠巻きに感じる視線を完全に無視しつつ、ニックは軽く周囲を見回しながら歩き続ける。そのまま更に奥へ奥へと進んで……一人の男の前でその足を止めた。


「お主がよさそうだな」


「旦那、アッシに何かご用で?」


「なに、情報を売って欲しいのだ」


「情報、ですかい? ご冗談を……アッシはしがない物乞いですぜ?」


「最初に買うのは、お主の情報だ」


 言って、ニックはピンと銀貨を一枚指で弾く。だが物乞いの男はそれに反応をしめさず、その視線はニックを見つめたままだ。


「旦那、勘弁してくだせぇ。そりゃ情報屋が物乞いのふりをしているのが多いことくらいアッシだって知ってますぜ? でもだからって物乞いが全員情報屋なわけねぇでしょう?」


「だろうな。だからお主のところに来たのだ」


「…………何か確信があってのお話で?」


「無論だ。と言っても本当に確信を得たのはさっきだがな」


「へぇ……それをお聞きしても?」


「はは、簡単なことだ。お主、気配のみ・・で周囲を探っておっただろう?」


「……っ」


 軽く笑いながら言うニックに、物乞いの男がほんのわずかに体を震わせる。それはよほど注意して見ていなければ気づかない程度のものだったが、ニックからすればわかりやすすぎるほどの反応だ。


「三流ならば体が動く。二流ならば視線を巡らす。だが一流は……ただ気配のみで探る。目を閉じ耳を塞いでなお人が知れる情報というのは、これで意外と多いからな」


 パチンとウィンクしてみせたニックに、物乞いの男が苦笑いしてガリガリと頭を掻く。


「……まいりやした。どこぞのお偉いさんの紹介ならまだしも、まさか独力で見抜かれるとは。アッシも焼きが回ったもんだ」


「なに、よほどの強者でなければ気づかんだろう。だが最後の詰めは甘かったな」


「詰め、ですかい?」


「物乞いが銀貨を前に平然としていては駄目であろう? 普段から金をやりとりしているのが丸わかりだぞ?」


「うっ……」


 ニックの指摘に、物乞いの男は思わず声を詰まらせた。実際彼はあくまで物乞いになりすましているだけで実際の物乞い活動をしているわけではないし、そもそもこんな貧民街の奥まで入ってきてわざわざ施しをするような人物がまずいない。


 そして、優秀な情報屋であれば銀貨どころか金貨の取引すらある。だからこそ銀貨に反応しなかったのだが、それこそが致命的な失態だったと指摘されたからだ。


「こりゃ一本とられやしたね。そりゃそうだ。いっつもここで座ってるから、すっかり感覚が麻痺しちまってた……以後気をつけやす」


「そうした方がいい。で、情報は売ってもらえるのか?」


「へい。どんな情報がご入り用で?」


「うむ。まずはこの町の領主、ツカイッパ男爵のことだ。そやつの人となりや評判、ここ最近の周囲の出来事などを知りたい」


 言って、ニックはもう一枚銀貨を弾く。物乞いの男は今度はそれをしっかりと受け止めると、懐にしまって話を始めた。


「ツカイッパ男爵ですかい……人となりは、まあ典型的な小悪党でさぁ。親から引き継いだ領地を好き勝手に運営していやすが、評判はそこまで悪くはありやせん。勿論善人ってわけじゃなく、無理矢理搾り取って畑を駄目にするほど馬鹿じゃないってだけのことでやすが」


「なるほど。正しく小悪党だな。続きを」


 ニックが追加で銀貨を弾けば、物乞いの男もまた続けて口を開く。


「ただ、それも少し前までのことでさぁ。ここ最近領地の町から子供を集めてるようでして、男も女も関係なく、年齢は四歳から一〇歳くらいまででやすかね? かなり強引にやってるらしく、子供を連れて行かれた親からは不平不満が出てやすね。中には表だって楯突いて口封じをされたって話もありやす」


「む……子供を集めている理由はわかるか?」


 言ってニックが銀貨を弾く。だが物乞いの男はそれを受け取らず、ただ首を横に振るのみ。


「残念ながら、そこまでは。ただまあ、最近はどうにも帝国の動きがきな臭いってんで、色々と暗躍してる貴族が増えてきやしたからね。一人二人ならともかく、こうも一度に動かれちゃ情報がこんがらがって商売あがったりですぜ」


 物乞いの男が小さく肩をすくめ、お手上げのポーズをとる。その態度をみてこれ以上は何を聞いても無駄だろうと思い、ニックは最後にもう一度だけ、鞄の中から硬貨を取り出した。


「そうか。いや助かった。では最後にもうひとつだけ情報を買おう」


「へい。何を……っ!?」


 そうしてニックが弾いた硬貨は、今までとは違って金色に輝いている。驚いた表情の物乞いの男に対し、ニックはズイッと顔を近づけた。


「買うのは儂の情報だ。しばらくの間、儂の情報を誰にも売るな。事が終わった後なら構わんが……まあその頃にはほとんど価値がなくなっているだろうからな。どうする? 売るか?」


「……わかりやした、お売りします。はぁ、旦那にゃ本当に敵わねぇなぁ」


 凄みを増したニックの顔に、物乞いの男は疲れた笑みを浮かべた。


「情報屋のアッシが言うのもなんですが、噂ってのは意外と当てにならないもんでやすなぁ。旦那はもっと抜けてるというか、大雑把な感じの人だと思ってやした」


「はは。その評価自体は間違っておらぬが、それだけの男が生き残れるほど甘い戦場は渡っておらぬよ。では、用があったらまた寄らせてもらおう。それまで息災でな」


「ありがとうごぜぇやす、ジュバン卿・・・・・。追加の情報が入りやしたらご連絡さしあげますので、今後ともご贔屓に」


 その言葉に応えることなく、ニックは颯爽とその場を立ち去った。その背が視界から消えるまで見送ったところで、物乞いの男はやっと大きく息を吐く。


「ハァー。ありゃ無理だ。あんなのを敵に回すとは、ツカイッパ男爵もおしまいだな。おい」


「……なんでしょう?」


 呟くような声に反応し、物乞いの男の背後で暗い影が揺らめく。いつもなら念のため備えさせる人物だが、今回は念のためこの場を離れさせて・・・・・いたため、一瞬遅れての反応だ。


「ツカイッパ男爵の周囲を見張れ。遠くから見るだけでいい。何があってもこちらからは一切の干渉を禁じる」


「……話に聞いた限りでは、ジュバン卿は清濁併せ飲む方だとお見受けしました。ならばいざという時はお助けして縁をつないだ方がよいのでは?」


「お前馬鹿か!? あー、いや、俺の指示でここから離れさせたんだから仕方ないか。卿に手助けなど必要ない。余計なことをしなくても、卿が失敗することなんてあり得んよ」


 疲れた口調でそう言うと、物乞いの男は天を仰ぐ。秋の空は抜けるように青く高く、それを見上げる表情は暗い。


「あれは弱点なんかじゃない。むしろ勇者の方が手綱だ。上が馬鹿な命令を下す前に、俺達ができるだけ早く正確な情報をあげてやらないとな」


 これからの気苦労を思って吐いたため息は、雲一つ無い空をひゅるんと吹き抜けていった。

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