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父、すっとぼける

「へがぶっ!?」


 ドシーンという大きな音と振動を伴い、倒れ込んだニックの巨体が鎧姿の男を物の見事に押しつぶす。すぐ側にいたにも関わらず何の被害も受けなかったイーモがキョトンとした顔で見つめるなか、ニックがわざとらしく頭を掻いてみせた。


「あいたたたた……いやぁ、うっかりうっかり!」


「お、おじちゃん!? だいじょうぶ?」


「おお、すまんなイーモ。儂は大丈夫だぞ」


「お、おも……」


「だ、大丈夫ですかニックさん!? 今思いっきり顔から倒れましたけど!?」


「アッネか。確かにちょいと鼻を打ったが、なにこの程度。魔竜王の一撃に比べれば大したことはないぞ」


「くるし……どけ……」


「そ、そうですか? それならいいんですけど……あ、打ち身用の軟膏があるんで、一応塗りましょうか? 少しは良くなるかと……」


「そうか? 気を遣わせて悪いな。では――」


「さっさと……どけぇ!」


 自分の上にうつ伏せに横たわったままのんきな会話を続けるニックに、鎧姿の男がしびれを切らして怒鳴り声をあげ、渾身の力でニックの巨体をはねのけた。すぐにそのまま腰に手をやりニックを切り伏せようとしたが、そこに剣が無いことに気づく。


「捜し物はこれか?」


「っ!? さっさとよこせ!」


 抜き身のまま持っていた剣は、ニックの巨体に押しつぶされた拍子に床に転がっていた。ニックがそれを拾って差し出すと、鎧姿の男は奪う勢いでそれを掴もうとし……だがニックの手によって鞘の中に収められてしまう。


「な、に……!?」


「こんな狭い場所で剣など振り回したら危ないであろうが。ほれ、店の外まで送ってやるからさっさと出ろ」


「ちょっ!? 待て! うぉぉ!?」


 鎧姿の男が暴れる間もなく、ニックが鎧姿の男の腰を掴んで店の外へと移動する。そうして苛立たしげな表情を浮かべる男爵の前に男を下ろすと、ニックはそのままドカッと雑貨屋の入り口の前に腰を落とした。


「さっきから何を騒いでいる!? あの娘はどうした!?」


「男爵様! も、申し訳ありません。あの男に邪魔されまして」


「邪魔……?」


 小太りの貴族が、怪訝な視線をニックに向ける。だがニックは平然とそれを受け止め、その場でヘラヘラと笑いながら答えた。


「邪魔などとんでもない! 儂はちょっと転んでしまっただけだ」


「馬鹿を言うな! あんな転び方などあるものか! あれは間違いなく飛びかかってきたではないか!」


「そう言われてもなぁ。ほれ、儂は見ての通り体が大きいであろう? それ故にそう見えたのかも知れんが、それは勘違いというものだぞ?」


「ふざけ――」


「もういい! それより貴様、邪魔をするつもりがないというならさっさとそこをどけ」


 鎧姿の男の言葉を遮り、男爵がそう口にする。それを聞いたニックはもぞもぞと上半身だけを動かし、その後申し訳なさそうな表情を作ってみせた。


「あー、すまぬ。どうやら今の衝撃で動けぬようなのだ」


「嘘も大概にしろ! さっきこの俺を運んできただろうが!」


「それはそうなのだがな。ほれ、古傷というのは思わぬところで悪化したりするであろう? 儂もかつては名の知れた戦士だったのだが、魔族との戦いで膝に矢を受けて以来、こうして時々体が言うことをきかなくなるのだ」


「ぐぬぬ、戯言を……」


「もうよい。それより貴様……名は何という?」


 歯噛みする鎧姿の男をよそに、男爵は冷ややかな目でニックに問う。


「儂か? 儂はニックだ」


「そうか。ニックか……このワシにたてついたこと、今更後悔しても遅いぞ?」


「男爵様にたてつくなど、滅相も無い! 儂は善良な冒険者だぞ?」


「……フンッ! おい、帰るぞ」


「は!? あ、ハッ! 貴様、覚えてろよ!」


 店先にとめてあった豪華な馬車に乗り込むと、男爵一行はその場から去って行った。馬車の姿が見えなくなったところまで確認すると、ニックは何事もなくその場で立ち上がり、店の中へと戻っていった。


「おじちゃん!」


「ニックさん!」


 ニックの足下に、二人の少女が走り寄ってくる。特にイーモはニックの足にすがりつき、泣きそうな顔でニックのことを見上げている。


「おじちゃん、だいじょうぶ? いたいことされてない?」


「ハッハッハ。大丈夫だイーモ。儂はこう見えて強いからな」


 笑顔でそう言ってニックがグッと力こぶを作ってみせると、泣きそうだったイーモの顔がすぐにパッと輝き、一度ギュッと強く足に抱きついてから姉の方へと戻っていった。


「おねえちゃん、おじちゃんだいじょうぶだって!」


「そうね、よかったわねイーモ」


「あの、ニック……さんですか? 申し遅れましたが、私はこの子達の母で、マームと言います。この度は助けていただき、ありがとうございました」


 と、そこで二人の母を名乗った女性が一歩前に出ると、ニックに向かって深々と頭を下げた。


「なに、儂がやりたくてやったことだ。お主が気にすることはない……一応聞くが、余計なお世話、ということはなかったか?」


「とんでもない! いくら男爵様のお言葉とはいえ、大事な娘を売れだなんて、そんなこと……」


「おかーさん? どうしたの? おなかいたいの?」


「ううん、違うのよイーモ。何でもないの」


 悲壮な顔をするマームにイーモが歩み寄り、母が娘の小さな体をギュッと抱きしめる。そのまま一緒に近寄ってきていたアッネの体も抱き寄せると、細く、だが力強い母の腕が二人の娘をがっちりと抱き込んだ。


「うむうむ、親子の愛というのは実によいものだ……が、すまぬが先に状況を整理したい。少し話を聞かせてもらっても構わんか?」


「あ、はい。私にわかることでしたら」


「ではまず、あの男……ツカイッパ男爵だったか? あれは何者だ?」


 ニックの問いに、マームがわずかに思案してから答える。


「何者……と言われると、この町を含む近隣三つの町を治める領主様だということくらいしかわかりません。正直お顔を拝見するのも初めてなくらいなので、それ以上は……」


「そうか。であればお主の娘、イーモに目をつけたというのも?」


「はい。心当たりがまったく……」


 途方に暮れた表情のマームに、ニックもまた考え込む。先のやりとりから考えても、イーモ個人というよりは幼い娘を連れていくという感じだった。それは一筋の救いでもあり、より深い闇の現れでもある。


「ふーむ、そうなると、あの男爵とやらはまた来るかも知れんな。敵愾心が儂に向くようには仕向けたが……」


「えっ!? それは大丈夫なんですか!?」


 ニックの言葉に、マームが驚愕の声をあげる。この地に店を構える平民であるマームにとって、貴族の……ましてや領主の怒りを買うなど、絶望以外の何者でもないからだ。


 が、冒険者であるニックにとっては違う。思い詰めたような表情をするマームに、ニックは軽く笑いながら答えた。


「ん? ああ、心配ない。冒険者に対して貴族ができる嫌がらせなど、たかが知れておるからな。儂ならばどうとでもなる」


「そう、なんですか?」


「そうなのだ! あ、言っておくがこれはあくまで儂ならば、だからな? 他の冒険者も同じように軽く貴族を撃退できるなどと考えてはならんぞ?」


「はい、それは勿論大丈夫ですが……」


 マームにしてみれば、むしろ貴族を撃退できると豪語するニックの存在こそが異質だ。だが何ら気負う様子もなくそう言ってのけるニックを見て、マームのなかに幾ばくかの安心感と、そして何より――


「とは言え、何もわからぬまま座して待つのは明らかな悪手だ。また後で顔を出すが、儂も少し調べてみることにしよう」


「……あの、何故そこまで私達を助けていただけるのですか?」


 不信。今目の前で娘をとられそうになったばかりなだけに、無償で自分達を助けようとするニックのことが、マームにはどうしても信じ切れなかった。ひょっとして男爵とグルで、でっち上げの事件を解決した報酬として金や店、もしくは子供達を奪われるのではないか? そんな思いが浮かんでくるのがどうしても止められない。


「はは、わかるぞ。その腕に大事な者を抱いているからこそ、無償の善意に警戒をするのは当然だ。それをはねのけてしまえばそもそも何も守れないとわかっていても、慎重であることは重要だ」


「あっ……」


 言われて、マームは己の不明を恥じた。そもそも相手が男爵、領主なのだから、ニックに自作自演などさせるまでもなく自分たちのことなどどうとでもできるのだ。またニックに何か別の目的があったとしても、むざむざと娘を奪われるよりはずっといい。


 ニックが「既に大きな不利益を被って自分たちを助けてくれた」という事実を思い出し、マームは思わず顔を伏せた。それでも腕の中にある二つの温もりが、その子達の母として再び顔をあげさせる。


「大変な失礼を致しました」


「気にするな。それでお主達を助ける理由だが……欲しい報酬があるのだ」


 そう言うと、ニックはゆっくりとマームの方へと歩いてきた。その大きな手が伸びてきて、マームは一瞬身をすくめる。


 お金ならば、払えるだけ払おう。もしも自分の体が目的ならば、主人には悪いが応じよう。何もかも娘を失うことに比べれば……そんな覚悟で身をこわばらせるマームをよそに、ニックの手は二人の娘の頭を撫でる。


「儂にも娘がいてな。今はもう大人になって、こうして頭を撫でるわけにもいかなくなったのだが……それでも儂は父であり、だからこそ思うのだ。子供の笑顔に勝る報酬などありはしない、とな」


「……ありがとう、ございます」


「おかーさん!? なんでなくの? イーモいたくないよ? おじちゃんはなでてくれただけだよ!?」


「違うの、違うのよイーモ。そうじゃないの……」


「そうよイーモ。お母さんだって泣くことくらいあるのよ?」


「むーっ! おかーさんもおねーちゃんもなくの? ふたりがないたら、イーモもなんだか……うわぁぁぁぁぁぁん!」


「アッネ……イーモ……っ!」


「お母さん……っ」


「おかーさーん! わぁぁぁぁぁぁぁん!」


 母と娘が抱き合って泣く姿に、ニックは何も言わずそっと背を向け店を出る。やるべきことを為すために。愛し合う家族を守る為に。


 母が泣いた。娘も泣いた。だがこの日一番泣いたのは、腰痛のため身動きがとれず、最後まで奥の部屋で一人蚊帳の外だった彼女らの父であったという……

※はみ出しお父さん 腰痛


現実世界でも作家などの長時間座り続ける人の腰を痛撃クリティカルヒットする腰痛ですが、この世界でもなかなかに重病です。というのも腰痛の主な原因は腰の筋肉が固まっていたり骨の関節の位置がずれていたりすることなため、その状態が正常であると認識されてしまうことから回復魔法や回復薬では治すことができないからです。


これを治すには「あるべき姿に戻す」効果、即ち無くした腕や足が生えてくるレベルの癒やしが必要になりますが、そんな魔法が使える人物は世界に一〇人もおらず、部位再生の回復薬は一流と呼ばれる錬金術師なら調合自体はできますが、こちらは素材の収集難度が猛烈に高いために莫大なお金を払ったうえで、更に権力やらなんやらを持つ人でなければ早々手に入るものではありません。


当然そんなものを平民が使えるはずもなく、ですが療養に長期間の安静が必要、つまり働けないというのは稼ぎがカツカツな平民にはかなり厳しい現実であり、割としゃれにならない「収入が途切れるので結果として死に至る病」が腰痛なのです。


そう、腰痛は辛くて大変な症状なのです。皆さんも腰は労りましょう(経験者談)

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