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父、通う

「えっとねー、これはけむりだま! バーンってあしもとになげると、モクモクーってけむりがでるんだよ!」


「おお、それは凄いな! よしよし、これも一〇個貰おう」


「やったー! おじちゃんありがとー!」


 翌日。ニックはまたも件の雑貨屋にやってくると、イーモの営業に大盤振る舞いをしていた。一生懸命説明したことで商品が売れるのをイーモは純粋に喜んでいたが、アッネの方はそうもいかず若干困り顔になっている。


「あの、本当に宜しいんですか? 買っていただけるのは嬉しいんですけど、無理はなさらなくても……」


 この雑貨屋で買い物するのは、主に銅級から鉄級の冒険者だ。彼らが使えるように安価で便利なものをと揃えているが、それでもこれだけ一度に買うような人物はいない。そもそも大量に必要になることなどないし、安価とは言っても彼らがホイホイ買えるほど安くもないからだ。


 そして、これを小銭と笑えるような上級冒険者にとってはどの道具も大した意味はない。ニックのように魔法の鞄ストレージバッグでも持っていなければ持ち運べる量には厳然とした限りがあり、であれば安物を大量に持つより高くても効能の高いものを調達するのが当然だからだ。


「はっは。気にせずともいいぞ。儂はほれ、こうして魔法の鞄ストレージバッグを持っておるからな」


 もっとも、ニックは心配無用とばかりに肩にかけた鞄を叩いてみせる。店をまるごと買い占める程度の金銭的な余裕もあれば、子供の拳ほどの大きさの煙玉など何千何万と収納できる魔法の鞄ストレージバッグもある。使い道という点では無駄だと言われるかも知れないが、少なくとも無理は全くしていなかった。


「もーっ! おねえちゃんはイーモのじゃましちゃだめでしょ! いまはイーモががんばってるんだから!」


「はいはい、わかったわよ。じゃあニックさん、本当に無理はなさらないでくださいね?」


「ありがとうアッネよ。店の売り上げだけでなく、客のことをきちんと気にできるのはよい商人である証拠だ。お主はいい店主になりそうだな」


「うふっ、ありがとうございます。じゃ、私はちょっと奥にいますので、何かありましたら声をかけてください。イーモも、調子に乗ってあんまり変なものをお勧めしちゃ駄目よ?」


「わかってるもん! イーモはおじちゃんのやくにたつものだけおすすめするの!」


「おぅおぅ、ありがとうイーモ。それで、次は何をお勧めしてくれるのだ?」


「んっとねー……」


 可愛く首を傾げて考え込むイーモに、ニックの頬は緩みっぱなしだ。


「ふふ、やはり娘というのはいいものだな」


「ん? どうかしたの?」


「あー、いや、何でもない。イーモは可愛いなぁと思っただけだ」


「えへへー! だってイーモはかんばんむすめだもん!」


 その場でくるりと回転し、歯を見せて笑うイーモの無邪気な可愛らしさがニックの胸に染みる。ヨワゴシ達を応援したことなどもあり、ちょっとだけ寂しさを感じていたニックにしてみると、この姉妹との触れ合いは実に心地よいものだった。


(流石に今のフレイをこんな風に可愛がったりはできんからなぁ)


 娘の成長は嬉しいが、少し寂しい。そんな複雑なニックの親心など知る由も無く、イーモは店の中をチョコチョコと駆け回りニックにお勧めする商品を物色する。


「んーと、んーっと……」


「おい、店主! いるか!」


 と、その時。不意に店の扉が乱暴に開け放たれ、入ってきた鎧姿の男が大声を張り上げる。何事かとニックが振り返るのとほぼ同時に、店の奥から慌てた様子のアッネが飛び出してきた。


「は、はい! 何かご用でしょうか?」


「ん? 貴様がこの店の店主なのか? どう見ても子供だが……」


「あの、店主は父なんですけど、父は今体調を崩してまして、それで母が看病をしているので、私が店番をしてるんですけど……」


「何をしておる!? まだなのか!?」


「ハッ! まあいい。今からここに入ってこられるのはこの近辺を治めるツカイッパ男爵様だ。無礼のないように精一杯おもてなしせよ! そこのお前も、男爵様の邪魔にならないように端に寄って平伏せよ!」


「だ、男爵様!?」


「むぅ……」


 鎧姿の男の言葉にアッネはその場で直立不動の姿勢をとり、ニックもまた平伏はせずともそっと店の端による。言い方はともかく、確かにそう広いわけでもない店内でニックの巨体は邪魔だろうと思ったからだ。


「準備整いました!」


「うんむ、ご苦労!」


「よ、ようこそいらっしゃいました!」


 そうして店に入ってきたのは、豪華な服に身を包んだ小太りの中年男性。緊張の面持ちで挨拶をするアッネに視線を向けると、まるで値踏みするかのように顎に手を当て、だがすぐに眉をひそめて首を横に振る。


「ふーむ、駄目だな。これは薹が立ちすぎておる」


「とう……?」


「ニックおじちゃん、つぎはこれ!」


 と、言葉の意味がわからずアッネが首を傾げたところでイーモが小さく丸い何かを手にニックの元へと走ってきた。するとその姿を見た男爵がくわっと目を見開き、手にした杖を向けて言う。


「おお、これだこれ! おい小娘、これはいくらだ?」


「これ? ああ、こちらの商品は乾燥させた草に廃油を染みこませた安価な着火剤でして、お値段は銅貨――」


「そうではない! その小汚いゴミではなく、これだ! この娘はいくらなのだ?」


「は? え、えっと……? あ、まさか妹ですか!?」


「他に何がある!? さっさと答えよ。この娘はいくらだ?」


「じょ、冗談はおやめください! 妹は売り物ではありません!」


 まるで当たり前のようにイーモの値を聞かれ、毅然とした態度でアッネがそう答える。そんなアッネの態度に苛立ったように、鎧姿の男が腰から剣を抜いてアッネの鼻先に突きつけた。


「貴様! 男爵様のお言葉に異を唱えるか! 身の程を弁えよ!」


「ひぃっ!? お、お許しください! お店の商品なら何でも差し上げますから、妹は、妹だけは……」


「アッネ? 騒がしいけどどうしたの……!?」


 その時、店の奥から新たに妙齢の女性が現れた。彼女は店の中の状況を見て思わず悲鳴をあげそうになるも、グッと堪えて素早くアッネとイーモの元に駆け寄っていく。


「これは一体!? あの、私の娘が何か失礼を致しましたか?」


「ふんっ、貴様がこの娘達の親か。ならば良く聞け。こちらにおわすツカイッパ男爵様が、貴様の小さい方の娘をご所望だ。買ってやるから値をつけろ」


「は……? そ、そんな! 娘に値をつけるなどできるはずがありません!」


「ほっほぅ! そうかそうか、値はつかぬか……」


 ギュッと娘達を抱きしめる母に、男爵が楽しげにそう声をかけ……その口元がニヤリと歪む。


「つまりタダということだな。まあ我が領内に存在する全ての土地も財産も、命でさえもワシが貸し与えたものだ。それを回収するのに金を要求する傲慢な者が多かった故に買い取りを申し出たが、無償で提供するとは実によい心がけだ。


 おい、連れていけ」


「ハッ! さあ、こっちに来い!」


「そんな馬鹿な!? やめ、やめてください!」


「イーモ!」


「うわぁぁぁ、おねえちゃーん!」


 悪辣な笑みを浮かべる男爵の指示に、鎧姿の男が無理矢理に母を押しのけ、イーモの手を掴む。母とアッネは必死に抵抗するが、武装した男を前にできることはあまりに少ない。


「お願いします男爵様! どうか、どうか娘は! 代わりに私が参りますので!」


「お母さん!? イーモ!」


「貴様など何の役にもたたんわ! ほれ、さっさと連れ帰るぞ」


「ハッ! さあ、歩け!」


「イーモ!!!」


 追いすがる母娘の悲鳴など意にも介さず、男爵がその身を翻して店を出て行く。それに続いて鎧姿の男も店を出ようとした、まさにその瞬間。


「おおっと! 足が滑ってしまったぁ!」


「何っ!?」


「きゃあ!?」


 鎧姿の男の頭上に、いつの間にか側に立っていた筋肉親父の巨体がこれ見よがしに倒れ込んできた。

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