父、爆買いする
海を目指して旅を始めたニックとオーゼン。全力で走ればあっという間にたどり着くが、そもそもアトラガルドが滅んだ謎や百練の迷宮の場所などを調べるという目的もあり、今日も今日とてごく普通に道を歩き、ごく普通の町にたどり着く。
『何というか、何の特徴も無い町だな』
「何を今更。今まで通ってきた町は、むしろこういう場所の方が多かったであろう?」
『そうなのだが……いや、そうだな。どうしても貴様が問題を起こした町ばかりが印象に残ってな』
「ははは。儂とて世界を旅してきたのだから、その気持ちはわかるがな」
通りを歩きながら雑談に興じるニックとオーゼン。町へ着いたばかりということもあって、まずは一通り見て回るかと露天やら何やらを冷やかしているが、これといってめぼしいものも見当たらない。
「もう少し回って何もなければ、適当に宿でもとるか。その後は冒険者ギルドだな」
『わかった。まあこの規模の町では興味を引く依頼などなさそうだが』
「甘いなオーゼン。こういう町にこそあっと驚く依頼が眠っていたりするものなのだぞ? 強者が立ち寄る理由などないが故に、解決されずに何十年と放置されたままの依頼とかな」
『ほう? それは少し興味があるな』
「ならば後でそういう話もしてやろう……っと、ここは雑貨屋か?」
やや古いがしっかりした作りの店の前で、ニックは足を止める。この手の小さな町ではそれこそ雑貨屋に日用品から魔法道具まで集まっていたりするので、意外な掘り出し物があることもあるからだ。
「邪魔するぞ」
「あ、いらっしゃいませ!」
「ませー!」
扉を開けて中に入れば、ニックの巨体を出迎えてくれたのは可愛らしい少女達だ。十代前半と思われる少女と五、六歳くらいの少女の二人……顔立ちが似ているので、まず間違いなく姉妹だろう……に出迎えられ、ニックの顔が思わずほころぶ。
「おっと、これは可愛らしいお出迎えだ。少し商品を見せて貰って構わんか?」
「勿論です。ごゆっくりどうぞ」
ニックの言葉に、店の奥のカウンター越しに少女が頭を下げる。それを確認してニックが棚の品などを眺めていると、その足下に年下の方の少女がチョコチョコと歩み寄ってきた。
「ねえねえおじちゃん。おじちゃんはぼーけんしゃ?」
「ん? そうだぞ。お主は店の手伝いか? 偉いな」
その場でしゃがんで言うニックに、しかし少女は激しく首を横に振る。
「ちがうの! イーモはおてつだいじゃなくて、てーいんさんなの!」
「うむん?」
「す、すいませんお客さん! こらイーモ、お客さんの邪魔しちゃ駄目でしょ!」
「じゃまじゃないもん! おじちゃんはぼーけんしゃでおきゃくさんだから、てーいんのイーモがぼうけんしゃがほしがるものをみつ……みく? みくつろってあげるんだもん!」
「見繕う、ね。ごめんなさい、すぐに下がらせますので……」
恐縮して何度も頭を下げる少女に、しかしニックは責めるどころか上機嫌に笑う。
「ハッハッハ! 構わんとも。実に頼りになりそうな店員殿だ。ではイーモよ、お主は儂に何を薦めてくれるのだ?」
「えっとねー、これ!」
ニックに言われて小さな少女が掲げたのは、赤い液体の入った瓶のようなものだ。
「回復薬か? しかしこの容器は硝子ではないな」
「あ、はい。硝子は高いので、近くで取れる魔物の素材を使って入れ物にしているんです。洗って使いまわしとかはできないので完全な消耗品ですけど、その分お安くなっているんですよ」
「ぼーけんしゃはあぶないから、けがをいっぱいするでしょ? だからおくすりはたいせつなんだよ!」
「ほほぅ、それは確かにその通りだ! ならばそうだな……一〇個ほど貰うか。他にも何かお勧めあるか?」
「え、一〇個もですか!? ちょ、ちょっと待ってください。確か在庫があっちに……」
「あるー! じゃない、あるます! こっちはねー、ほぞんしょく! ぼーけんしゃはずーっとまちにかえらないから、これがあるとおなかがすいたときべんりだよ! でもあんまりおいしくないの……」
思わぬ多量の注文に年上の少女が戸惑うなか、イーモの方はトテトテと店の中を走り、油紙に包まれた保存食を持ってくる。冒険者なら誰もが見慣れている品であり、その味を知っているだけにニックも思わず苦笑する。
「ああ、確かにそれは美味くはないな」
「うん。たまーにだけど、だめになりそうなこれがごはんになるときがあるの。そのときはすごくしょんぼりしちゃうんだ……」
「何言ってるのイーモ!? そんな、言うほど悪くはないですよ? 決して他のお店で扱っている保存食と違うわけでは――」
「ああ、わかっておるから大丈夫だ。ではそれも一〇個ほど貰おうかな」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうおじちゃん!」
ニッコリと笑った姉妹が、それぞれに店の棚から商品を運び始める。そうして二人の意識が離れた隙をうかがって、オーゼンがこっそりと話しかけてきた。
『貴様、そんなもの買い込んでどうするつもりだ? どちらも全く必要ないものであろう?』
「馬鹿を言うなオーゼン。こんな子供が頑張って商売をしているのだぞ? ここで金を使わず何処で使うというのだ!」
『そんな力説をされてもな……まあ貴様の稼いだ金なのだから、好きにすればいいとは思うが』
グッと拳を握って訴えるニックに、オーゼンが呆れた声を出す。実際回復薬はもっと質のいいものが大量に魔法の鞄に入っているし、そもそも魔法の鞄があるのだから保存食など必要としていない。
だが幼い姉妹が立派に仕事をしている姿を見て、買わないという選択肢はニックにはなかった。何なら金貨を置いていってもいいくらいの気分ではあるが、流石にそれは自重する。
「お待たせしました。回復薬が一個銅貨二〇枚で、保存食が銅貨三枚、それぞれが一〇個ずつですから、合計で――」
「イーモがいう! イーモがいうの! えっと、二〇が一〇で……」
年上の少女がハラハラと見守るなか、イーモの指がぐねぐねと曲がり必死に数を数えていく。そうしてしばし時が流れ……
「ぜんぶで、ぎんかが二まいとどうかが三〇まい!」
「よかった、あってる……はい、銀貨二枚と銅貨三〇枚になります」
「うむ、ではこれを」
当たり前だがとっくに計算を終えていたニックはすぐに鞄からぴったりの枚数の硬貨を取り出し……イーモの方が目をキラキラさせて手を差し出しているのに気づいて、その小さな手のひらに銀貨を乗せた。
「やった! キラキラ!」
「こら、イーモ走らないの!」
「ははは、元気な妹さんだな。では、これは残りだ」
「ありがとうございます。えっと……はい、しっかりあります。大量のお買い上げありがとうございました」
「うむ。にしても、他に人の姿が見えんが……この店はお主達二人で経営しているのか?」
「まさか! 普段はお父さんがお店をやってるんですけど、ちょっと前に腰を痛めちゃいまして。お母さんはその看病をしてるので……」
「だからおねーちゃんとイーモがてーいんさんになって、おみせをやってるんだよ!」
ニコニコ顔で店の奥に銀貨をしまってきたイーモが、腰に手を当て小さな胸を反らしてみせる。
「なるほどそれで……二人とも偉いな。このような美人の看板娘が店番をやってくれるなら、お父上も安心であろう」
「そんな、美人だなんて」
「ふふーん! イーモ、かんばんむすめー!」
照れる姉と喜ぶ妹。二人の姿が愛らしくて、ニックの笑顔が更に崩れる。
「儂は今日この町に着いたばかりの銅級冒険者のニックだ。数日は滞在する予定であるから、また寄らせてもらおう」
「あ、はい! 私はアッネ、この子は妹のイーモです。今後ともウチのお店を宜しくお願いします」
「またきてねー!」
受け取った荷物を魔法の鞄にしまい込み、立ち上がったニックの背に姉が頭をさげ、妹が手を振る。そんな見送りを受けて、ニックは仮に面白い依頼がなかったとしても、しばしこの町に滞在してみるのもいいかと密かに思っていた。