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水女、吹っ飛ばす

今作品が「第七回ネット小説大賞」の一次選考を通過致しました! これも皆様が応援してくださったおかげです。今後も頑張りますので、引き続きブクマ、評価等の応援を宜しくお願い致します。

「何事ですか!?」


「あ、お嬢さん! 危ないですから近づかないでください」


 慌てて悲鳴の方に駆けていくタカビーシャを、側にいた鱗魚族サハギンの漁師が止める。


「悲鳴が聞こえましたが、何があったのですか!? 詳しく説明してください!」


「クラーケンです! クラーケンが出たんです!」


「クラーケン!? こんな浅瀬にですか!?」


 漁師の男の言葉に、タカビーシャは思わず声をあげる。クラーケンとはグニャグニャした柔らかい体に八本の太い触手を持つ、超大型の魔物だ。その強さは巨体に見合うだけのもので魚人といえど生半な覚悟では立ち向かうこと敵わず、だがその巨体故に通常はもっと遠洋、海の深い場所にしか生息しない。


「とにかく行ってみましょう。現場を見なければ何も言えませんわ」


「いや、だから危ないですって! ちょっ、お嬢さん!?」


 今度は男の言葉を聞かず、タカビーシャは一目散に浜辺へと走って行く。するとそこには海に浮かんだ生け簀を前に、我が物顔で触手を振り回す巨大なクラーケンの姿があった。


「これは……ちょっと貴方、状況は?」


「あぁん? 何を……って、お嬢さん!? これはとんだ失礼を!」


「そういうのはいいですから、詳しく状況を説明してくださるかしら?」


「へ、へい! と言っても、アイツが突然海の向こうから出て来て暴れてるってだけで、それ以上には何とも……」


「漁師さん達の避難は?」


「指示は出してます。すいません、勝手なことを……」


「いえ、お手柄ですわ。では私から正式に指示を出します。今漁に出ている船は全て撤収、もし逃げ切れないようでしたら船を捨てて泳いで逃げてきても構いません。生け簀も同様です。動かせるものでもありませんし、防衛は考えず放棄して逃げてください」


「わかりやした! おいお前等聞いたな! 正式に許可が出たから、全力で逃げ切れ! これでつまんねぇ怪我でもしたら、お嬢さんと網元に顔向けできねぇぞ!」


「「「オウ!」」」


 その場の責任者であった男の声に、至る所から声が返ってくる。本来そこまでの権限はタカビーシャにはなかったが、父の働く背を幼い頃から見ていたタカビーシャにとって、こんな時父がどうするかを想像するのは簡単だった。


「くそっ、せっかく作った生け簀が……」


 だが、それでも目の前で自分たちが作り上げた物を破壊され、奪われる様は心に響く。悔しげな顔を浮かべる漁師達に、タカビーシャはあえて高笑いをあげる。


「ウオーッホッホッホッホ! 何をしょぼくれた顔をしているのかしら? 我が家にかかればこの程度の損失など大したことはありませんわ! 皆が無事ならどうとでも――っ!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」


 不意に、生け簀の方から甲高い悲鳴があがった。全員の視線が集中する中、クラーケンの触手の一つが小さな人影を捕まえているのがわかる。


「なっ、子供!? 何で生け簀に!?」


「ウチのガキじゃねぇか!? ひょっとして隠れて遊びに来てたのか!? クソッ!」


 魚人は海で溺れたりしない。そのため漁場に遊びに来る子供は割といるし、仕事の邪魔をしない限りは大人もとがめたりしない。そうして仕事をする父の背中に憧れるのは漁師の子供なら皆が経験することだからだ。


「馬鹿、何するつもりだ!」


「うるせぇ離せ! ウチの、俺の子供なんだ! 待ってろ、すぐに助けてやるからな!」


「うわぁぁぁ、父ちゃーん!」


「落ち着け! いいから冷静になれ! おい、誰か魔法で触手を切り落とせ!」


「無茶言うな! この距離からうねる触手に魔法を撃って、もし子供に当たったら……」


「離せ! 離せよ! 俺が助ける! 俺が身代わりに――っ!?」


「ウオーッホッホッホッホ! こちらですわぁ!」


 その場にいる者のほとんどは触手に捕まった子供に、残りは暴れる父を取り押さえるのに意識が向いていた。だからこそ誰も引き留めるものがいなかったため、飛び出したのはタカビーシャだ。


「お嬢さん!? 何を!?」


「ほらほら、ご覧なさいクラーケン! こちらにこぉんなに活きのいい獲物がいますわよ? ウオーッホッホッホッホ!」


 素早く生け簀にたどり着いたタカビーシャは、自慢の鱗が傷つくのも厭わずその場でビッタンビッタンと横になって飛び跳ねてみせる。するとクラーケンの巨大な瞳がギロリとタカビーシャを睨み、その触手がタカビーシャの体に巻き付いた。


「うぐっ、でもこの距離なら……流れるもの たゆたうもの 集まり、圧まり、敵を切り裂け! 『ウォーターカッター』!」


 タカビーシャの詠唱から放たれた水の刃が、子供を捕らえていた触手を切り落とす。


「うわぁっ!?」


「逃げなさい、早く!」


「お、お姉ちゃんは?」


「私は大丈夫ですわ! いいから早く!」


「う、うん! 父ちゃーん!」


 水面に落下し拘束する力を失った触手から、人魚族マーメイアの男の子が一目散に浜へと泳いでいく。すぐにクラーケンが別の触手を伸ばしたが、人魚族マーメイアの泳ぐ速度には敵わない。


「ウオーッホッホッホッホ! 残念でしたわねぇ! では私もこれで失礼を……おぐぅ!?」


 タカビーシャの体を締め付ける力が一段と強くなる。そのせいで自慢の鱗が幾つも剥がれおち、苦しくて魔法を詠唱することもできない。


「ぐふっ、くっ、はっ……ウオー……ホッホッホ……」


 だが、タカビーシャは諦めない。それどころか勝利を確信して笑う。なぜなら彼女の目には、とんでもない勢いで水を纏って駆けてくる「妹」の姿が映っていたからだ。


「なにしてくれとんじゃこのボケがぁぁぁぁ!!!」


 すっかり話さなくなった昔の言葉遣いが漏れるなか、ギャルフリアが水を纏った足を振り上げる。ただそれだけの動作で水面が鋭利な刃物となって盛り上がり、タカビーシャを捕らえていた触手があっさりと宙を舞う。


「ウオッホォォォォォ!? ……あふん!」


「うわ、痛そー」


「『うわ、痛そ―』ではありませんわぁ!? そこは普通空中で受け止めるのではなくて?」


「えぇー……だってビーちゃん重いし」


 空中でクルクルと回転し、そのまま水面にビタンと叩きつけられたタカビーシャの抗議の言葉に対し、ギャルフリアは悪びれることなく眉をひそめてそう答える。奇魚族ウオイドはその形状故に胴体の部分が大きく、たとえば基人族のような体型のギャルフリアに比べるとその体重は数倍になるからだ。


「それに魚人なら海に落ちて溺れたりしないし、なら大丈夫かなーって」


「確かに大丈夫ですけど……まあいいですわ。それよりその不届き者を――」


「わかってるって。じゃ、ちょっと待っててね」


 美しかった鱗がボロボロになった姉の姿に、クラーケンへと振り返ったギャルフリアの表情が凍る。


「アタシの里で、よくも好き放題してくれたじゃん。マジあり得ないし、マジウザいし……アタシ今、マジ怒ってるから」


 前に突き出した右手の指先から、五条の水がまるで光線のようにほとばしる。それは点でクラーケンの巨体を点で穿つだけでなく、指の動きに合わせて線で体を切り刻んでいく。


 あまりの激痛にのたうち回るクラーケン。やたらめったら触手を振り回し、水を纏って水上に立つギャルフリアに打ち付けるが、全ての衝撃は水に流され水面を揺らすのみで、ギャルフリア本体には蚊に刺されたほどのダメージすら与えられない。


「チョームカツクけど、弱い者いじめとか好きじゃないから、これで終わり! テンアゲマックス! タイだるぅ、ストリーム!」


 ギャルフリアがその場で足を踏みならし、握った拳を天高く突き上げる。するとクラーケンを中心とした巨大な渦が海上へと発生し、水の竜巻とでもいうべき現象が散々に切り刻まれたクラーケンの巨体を巻き込んで遙か上空まで伸びていき――


「飛んでっちゃえー!」


 大気を揺るがす爆音と共にその渦が海の方へと角度を傾け、全てを巻き込んで飛んでいった。その痕跡が消え去れば、後には何も残らない・・・・・・。そこにあるのはただ静かな水面だけだ。


「ふぅ、しゅーりょー」


「お疲れ様ですギャルフリアさん」


「へへーん! どうよビーちゃん。アタシだってやるときは――」


「ですが!」


 得意げな表情で振り返ったギャルフリアに、しかしタカビーシャは怒ったように腕を組み声をあげる。


「全部吹き飛ばすとか、どういうおつもりですの!? クラーケンの被害より貴方の魔法の方が被害甚大ですわよ!?」


 海には、もう何も無かった。修理すれば使えるであろう生け簀の残骸も、逃げるときにうち捨てられた船も、何もかもがなかった。巨大なクラーケンの体を吹き飛ばす水の竜巻だったのだから、それより遙かに軽い木製のそれらなど文字通り木っ端の如きものだったのだ。


「あ、あはは……まあ、あれじゃん? そこはほら、またみんなで頑張ろーってことで」


「頑張ろうじゃありませんわ! いいですかギャルフリアさん、貴方は仮にも魔王様に四天王として取り立てられた――」


「ちょっ、なんでー!? アタシみんなを守って敵をやっつけただけじゃん! なのになんで怒られるわけー!?」


「それとこれとは話が別ですわ! 決めました! 貴方にはこの私が、人の上に立つというのがどういうものなのかをみっちりと教えて差し上げます!」


「えぇー、そういうのマジいらないんだけど……」


「いいえ、必要です! この私が貴方を立派な淑女に育て上げてみせますわ! ウオーッホッホッホッホ!」


「うぅ、マジ最悪なんだけど……」





「お、戻ったかギャルフリア。久しぶりの帰郷はどうであった?」


「あぁ、魔王様。マジ大変でしたわー。うおほほほほほほほー」


「そうか……っ!? お、おいギャルフリア、何だそのしゃべり方は!? まさかお前まで個性がどうとか言い出すつもりなのか!?」


 死んだ魚のような目をしたギャルフリアに、魔王は思わず背後に控える男との間でチラチラと視線を彷徨わせる。


「魔王様? 何故私を見るのでヤバス?」


「た、頼む! これ以上は! これ以上変なのが増えたら、余の胃が、胃痛が……ぐぅぅぅぅ……」


「ま、魔王様!? ヤバス! 魔王様がマジヤバス!」


 思わず腹を押さえてうずくまる魔王に、ヤバスチャンが慌てて駆け寄ってくる。そんないつものやりとりを横目で流しつつ、ギャルフリアは盛大なため息をついた。


「マジしんどー、ですわー……」


 なお、彼女が元に戻ったのはそれから一週間後のことである。

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