水女、帰郷する
皆さんのおかげで、本日ついに200話となりました! これからも頑張って書きますので、引き続き応援よろしくお願い致します。
活動報告の方もあげておりますので、良ければ目を通していただければ嬉しいです。
「すみませんギャルフリア様。こっちのチェックもお願いできますか?」
「はーい。ちょっと待っててー……ハァ、しんど……」
魔族領域の端、海に面した生まれ故郷の里にて、ギャルフリアは今日も仕事に勤しんでいた。
「マジめんどい。四天王辞めたい……でもお給料いいんだよねー」
人のような体型をしながら全身を鱗に覆われている鱗魚族の男から資料を受け取り、食料生産の様子をチェックしながらギャルフリアがブツブツと漏らす。仕事の重要性とそれに見合う給料が支払われているだけに手抜きこそしないが、だからといって面倒であることにはかわりない。
「はーいおっけー。じゃ、これはこのままおねがーい」
「わかりました。それでは次の――」
ゴーン ゴーン
鱗魚族の男が新たな資料を取り出そうとしたところで、里の中に鐘の音が響き渡る。するとそれまで気怠げだったギャルフリアの体が勢いよく椅子から立ち上がり、いそいそと帰り支度を始めた。
「やーっと終わったー! じゃ、残りは明日ね!」
「え、あの、ギャルフリア様? これできれば今日中に見ていただきたいんですけど……」
「いーのいーの! 明日できることは明日でいいのー! それにアタシが見なけりゃ進まないっていうなら、他のみんなも今日はもう帰れるってことでしょ? 人生仕事ばっかりじゃないの。休むときにはきちんと休まないと駄目なんだからねー?」
「は、はぁ。いや、しかし――」
「じゃ、お疲れー!」
食い下がろうとする鱗魚族の男に二の句を告げさせない速度で、ギャルフリアはあっという間に事務所を飛び出した。過度な労働はお肌の大敵であり、給料以上の仕事はしない。それはギャルフリアの信条であり、要は面倒くさかっただけだ。
その後は軽く露天を冷やかしたりしつつ家までたどり着くと、以前より少し小さく感じるようになった家の扉を開く。
「ただいまー」
「お帰りフーちゃん。夕食の準備はできてるから、はよ手を洗ってき!」
家に帰ったギャルフリアを迎えたのは、人の上半身に魚の下半身を持つ人魚族の女性……ギャルフリアの母、オカーンだ。
「今日の夕食ってなにー?」
「ふっふっふ、今日はなんと、フーちゃんの好きなマチイモの煮っ転がしやで!」
「またー!?」
そのメニューに思わず声を上げてしまったギャルフリアに対し、オカーンが尾ひれを逆立てプリプリと怒る。
「またってなんやのんまたって! フーちゃんが好き言うたから、お母ちゃん一生懸命作ったんやで!?」
「確かに言ったけど……」
「なら贅沢ばっかり言うんやないの! ほら、さっさと準備して食卓にくるんやで!」
そのまま家の奥に入ってしまったオカーンを見送ると、ギャルフリアは誰憚ることなく盛大にため息をついた。
「ハァ。今日もマチイモとか、マジ飽きる……」
確かにマチイモの煮っ転がしはギャルフリアの好物であったし、久しぶりの帰郷に母が気を利かせて作ってくれたそれは美味しかった。が、それも五日も続けば話は別だ。懐かしさなどもはや遠い彼方であり、今は何か別の物が食べたい。
「何でママって一旦『好き』って言うと、同じ物ずっと作るんだろ? マジ意味不明なんだけど……」
それでも自分の為に作ってくれているのだとわかっているので、外食で済ますというのも気が引ける。結局ギャルフリアはブツブツとぼやきながらも身支度を済ませ、家族の集まる食卓へと顔を出した。
「お待たせー」
「やっと来たね! ほら、さっさと座り! お父ちゃんも待ちくたびれとるで」
パクパクパクパク……
「相変わらず何言ってるかわかんないし……」
食卓に着いたギャルフリアの正面には、巨大な魚の胴体から冗談のように人の手足が生えている奇魚族の男性が座っている。ギャルフリアの父、ホボウオだ。
ギャルフリアの方に体ごと顔を向けたホボウオはその口をパクパクと動かすが、ギャルフリアにはそこに意味のある言葉を聞き取ることはできない。
「お父ちゃんはフーちゃんに『お疲れ様』言うとるでー」
「何でわかるわけ!? ホント不思議なんだけど……」
「そんなんアレや! お父ちゃんとお母ちゃんは熱ーい愛で結ばれとるからやで! って、なに言わせるのん恥ずかしい!」
「自分で言ったんじゃん……」
頬を染めてバシバシと父の体を叩く母の姿に、ギャルフリアは呆れた声で呟く。ちなみに、普通の奇魚族はきちんと会話することができる。ホボウオがそれをできないのは、彼が強烈な「先祖返り」であるからだ。
魚人は水辺に住むということ以外は獣人種に近く、その獣人種にはごく稀に種の特徴を色濃く受け継ぎすぎたが故に人類種としての力を失う者がいる。ホボウオもそれで、水中であれば無類の強さを誇る対価として人の言葉を発する能力を失っているのだ。
そして、そんな二人の間に生まれたギャルフリアは、完全にして不完全な魚人。魚人の血を引きながら完全な人型であり、魔法の補助がなければ水中で生きることすらできない不完全な存在でありながら、どんな魚人よりも水を操る術に長ける完璧な魚人。それがギャルフリアであった。
「ほなら、食べよか! おかわりもあるから、どんどん食べるんやで!」
パクパクパク……
「はーい」
オカーンの一言で、食事が始まる。だがここでもギャルフリアの心が安まることはない。
「ちょっ、ママ!? こんなに食べられないって!」
「何言うてるのん。子供は一杯食べな大きくなれへんで! ほら、これも食べとき!」
「いらないから! てかアタシ今ダイエットしてるところだし」
「またそんなこと言うて! 何がダイエットや! 女の子はちょっとくらい丸い方が可愛いんやで! 見てみいこのお母ちゃんのナイスボデー!」
パクパクパク……
ポンッとお腹を叩いて見せたオカーンに、ホボウオがパクパクと何かを語りかける。するとポッと頬を赤くしたオカーンが、その場でくねくねと長い尾をくねらせ始めた。
「なんやお父ちゃん、突然恥ずかしい! いややわー……今夜辺りフーちゃんの弟か妹が増えるかも知れへんで?」
「ホントやめて。両親のそう言うのとかマジ無理だから!」
「照れんでもええやん! 家族は多い方が賑やかで楽しいやろ」
「うーるーさーいー!」
パクパクパク……
「だから何言ってるかわかんないしー! もー! アタシ食べ終わったから部屋に戻るからね!」
「はいはい。あ、部屋の掃除はしといたで!」
「はぁ!? 何で人の部屋を勝手に掃除するわけ!? 入らないでってあれだけ言ったのに!」
「子供の部屋はお母ちゃんの部屋も同じやろ! お父ちゃんの部屋かてお母ちゃんが掃除してるんやから、何も問題ないやないか!」
「問題大ありなのー! ほんっと最悪! ちょーうざい」
「こらフーちゃん! お母ちゃんに何て口きくんや!」
パクパクパクパク……
「ほら、お父ちゃんもこう言ってるで! ちゃんと謝り!」
「何言ってるかわかんないって言ってるでしょ! もういい、寝る!」
思い切りふてくされて、ギャルフリアが足音を鳴らしながら自分の部屋へと戻る。わざと音を立てて勢いよく扉を閉めれば、そこは子供の頃から何も変わらない自分だけの空間……割と頻繁に母に侵略されるが……だ。
「マジ無理! マジ無理だから! 人の部屋に無断で入るとかあり得ないから!」
ボスボスと枕を叩き、ギャルフリアが憤りを露わにする。部屋の外からわずかに漏れ聞こえる「年頃の娘は難しくてかなんわー」という母の声がその思いに拍車をかけ、せっかくふかふかだった枕が見るも無惨なぺったんこへと変わってしまう。
「ハァ。さっさと仕事終わらせて王都に帰ろう。あっちのがまだ落ち着くし……まあ確かに久しぶりのママの手料理は美味しかったけど」
ひとしきり枕を叩いて満足すると、ギャルフリアは部屋の明かりを消してベッドに横になり、そのまま静かに目を閉じた。懐かしい故郷の匂いが誘うのは、かつてここで暮らしていた日々の記憶。
誰よりも強い力を持ち、誰とも違う姿の子供の自分。そんな自分にいつも口うるさく世話を焼いていた母と、何を言っているのか、何を考えているのかもよくわからなかった父。
「あー、アタシって不幸。マジ不幸だわー」
そんなことを呟きながら、意識はゆっくりと微睡みに誘われ……そして。
「ウオーッホッホッホ! ギャルフリアさんはご在宅かしらぁ?」
「……マジ最悪なんだけど」
朝の目覚めは、微妙に生臭い高笑いと共に訪れた。