父、教えられる
「ほら、ここだよ! ここの色がちょっとだけ違うんだって!」
「ぬぅぅ……わからぬ……」
熱心に薬草と雑草の違いを語る少年冒険者に、ニックはひたすら眉根を寄せて棘の部分を凝視する。だがどうやってもその違いを見分けることはできなかった。
「まったく、こんなのが見分けられないなんて情けねーなーオッチャン」
「面目次第も無い……」
「仕方ないわよ。私達だって昔から見分けられたわけじゃないでしょ? ちっちゃい頃から集めてたからわかるってだけで」
「そうか? 俺は結構すぐわかってたぜ? 見た目もそうだけど、何か匂いが違うんだよな」
「匂いって……アンタ本当に基人族? 実は獣人だったりしない?」
「そんなわけねーだろ!」
「ははは……ごめんなさいニックさん。この二人はいつもこんな感じで……」
ニックへの指導をそっちのけで言い争いを始めてしまった二人に、気弱そうな少年が代わりにニックに頭を下げてくる。
「気にせずともいい。仲が良いのはいいことだからな」
「「誰の仲がいいって!?」」
朗らかに笑うニックに、二人が同時の同じ言葉を口にする。そうしてすぐに顔を見合わせると、またも言い争いを始めてしまった。
「まったくもう……」
そんな二人を見る少年も、困り顔をしてはいても本気で心配はしていない。つまりは見慣れた光景ということなのだろう。
「お主達は随分と仲が……あー、あれだ。お互いを知っているようだが、知り合いなのか?」
「あ、はい。ボク達は全員同じ村の出身なんです。最初はシュルク君に魔法の才能があるってわかったことで『僕はこんな所で埋もれる存在じゃない! 冒険者になって歴史に名を馳せてやる!』って言い出したんですけど、それにベアル君とカリンちゃんが乗っかる感じで。
で、あの三人だとどうしても心配だからってソーマ君がみんなを引率する感じで、ボクもそれについてきたっていうか……」
「ほぅ。たまたま幼なじみ全員に才能があったとは、なかなかに幸運だな」
「そうですね。正直ボク達が一番驚きましたけど」
最初にニックに挨拶したソーマという少年は長剣を手にした一般的な剣士であるのに対し、元気の溢れるベアル少年は盾と手斧を装備しており、カリンという少女は背中に弓を背負っていた。
この段階でも前、中、後衛とバランスの取れたパーティだが、ここまでは自分が望んで訓練すればある程度までなら誰でもなれる職業だ。だが残りの二人が違う。シュルクと呼ばれた少年は魔術師のローブを着ており、今会話しているホムと名乗った少年に至っては神官服を着ている。つまり攻撃と回復の魔術師がいるということだ。
この世界において魔力を持たない存在は滅多にいるものではないが、魔術として発現させるには間違いなく才能がいる。これだけのメンバーの揃ったパーティとなると銀級でも珍しく、彼らの成長はニックにしてもとても楽しみに感じられるものだった。
「どうだソーマ? わかるか?」
「うーん……ごめん、ちょっと難しいかも」
そんなソーマとシュルクは、腕組みして見下ろすシュルクの前でソーマが薬草とにらめっこしていた。魔術師ならば魔力感知は出来て当然なので、そのコツを教えているのだろう。
「まったく、この程度の事がわからないとは……」
「何言ってんだシュルク! お前だって魔力感知を使わなきゃ薬草の見分けつかないんだろ?」
「なっ!? 何言ってるんだ! そんなこと――」
「お前、村でもスゲー簡単に薬草を見つけるときと全然見つけられない時があったもんな。調子が悪いって言ってたけど、つまり魔力感知がうまく出来てない時は全然見分けが付かなかったんだろ! シドウさんの話を聞いてようやく合点がいったぜ!」
「そうなの? うわー、シュルクってそうだったんだ……」
「う、うるさいうるさいうるさい! 僕には魔法があれば十分なんだ! 僕の魔法の才能は凄いんだからな!」
「まあまあ落ち着いてよシュルク。シドウさんだって言ってただろ? 魔力感知が使えない時のために肉眼だけで見分ける訓練もした方がいいって。そっちは俺が教えるから」
「大きなお世話だ! それよりお前こそさっさと魔力感知を出来るようにしろよ!」
「うっ、が、頑張るよ……」
『何とも賑やかだな』
(はは。だが悪く無い。そうだろう?)
『ふむ。未来のある子供が努力する様は確かに素晴らしいがな。だがもう少しくらい思慮深くてもいいと思うが……』
(そうか? 儂はこのくらい元気な方がいいと思うがな)
こっそりオーゼンと言葉を交わし、ニックは思わず微笑む。勇者として生まれた……生まれてしまったフレイにはあまり子供らしい子供時代を送らせてやることが出来なかっただけに、前途溢れる子供達の声はニックにとって幸せの象徴であった。
「ほらオッチャン! よそ見してねーでちゃんと見分ける努力をしろよな!」
「お、おぅ!? すまぬ」
いつの間にか喧嘩を終えていたベアルに、ニックは焦って手元の薬草に視線を落とす。だがどうしてもトゲトゲ草とトゲアリトゲナシトゲトゲ草の見分けは付かなかった。その後ホムに魔力感知の指導もしてもらったが、やはりそちらもニックには身につかない。
「これはちょっと……厳しい、かな?」
「才能ねーなーオッチャン」
「ま、まあ人には向き不向きがあるし、仕方ないわよ! ね?」
「そうだね。苦手な事は他のことで挽回しましょう!」
「フン。こんな歳で冒険者になるような奴は、やっぱり落ちこぼれってことか」
「こらシュルク! ごめんなさいニックさん、コイツいっつも口が悪くて……」
「ハッハッハ。別に気にせんから大丈夫だ。子供は元気が一番だからな!」
「いや、ちょっとくらいは気にしようぜオッチャン……」
子供達からの慰めやら何やらを、ニックは全て笑顔で受け止める。
『貴様、魔法や魔力に関する才能は本当に無いな……まあそれを補って有り余る力があればこそ大した問題にはならんのだろうが』
「何だオッサン。結局駄目だったのか?」
そんなニック達の方に、シドウが苦笑いしながら近寄ってくる。
「他の奴らはどうだ? 苦手は克服できたか?」
「素の見分けは元々出来てましたけど、魔力感知はまだまだですね」
「俺は……どうなんだ? 実は俺が感じてる匂いって、魔力を感じてるとかってオチは無いか?」
「私は結構出来るようになりました! まだ半々くらいだけど……」
「ぼ、ボクは元から両方出来てたので、何とも……」
「フン! 僕みたいな偉大な魔術師は魔力感知だけ出来れば十分だ!」
「あー……まあ大体予想通りの展開だな。オッサン以外は」
「ぬぅ!? 儂か!?」
シドウの言葉に、ニックは驚きの声をあげる。
「いやぁ、聞いてた話だとオッサンなら何か無茶苦茶な方法で見分けたりしそうだったからなぁ……ま、正直そういうところが普通の人っぽいのは安心したが」
「安心と来たか! 儂にだって出来ぬことなどいくらでもある。だからこそ殴って解決できることくらいは全てやってのけようと努力したのだしな」
「その結果がアレなら、確かに大したもんだけどな。よーし、お前等全員集合しろ! そろそろ出発するぞ!」
シドウの声に周囲に散っていた新人冒険者達が集まってくる。全員が成功するまで面倒を見るなどということはしない。初心者講習はあくまできっかけであり、自分の意思で己を磨けない者が生き残れるほど冒険者家業は楽では無い。
「集まったな? それじゃこれから森の奥に入る! お前等お待ちかねの実戦訓練の時間だ」
今回もまたニヤリと笑ったシドウの言葉に、新人達からゴクリと唾を飲む音が聞こえた。





