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父、本当に追放される

「ふーむ。どうしたものかな」


 勇者パーティを追い出されてから数日。皆と一緒にとっていたのとは別の宿の一室にて、ニックは頭を抱えていた。


 娘の独り立ちを見届けた次の日から、ニックはやはり心配になってフレイ達の後をこっそりとついてまわった。いずれは本当に独り立ちさせるにしても、今しばらくは自分のいない状況での娘達の活動を見ておきたかったからだ。


 だが、その試みはことごとく失敗した。どれだけ距離を離しても見つけられ、どんな変装をしても一瞬で見破られてしまうのだ。


「何が悪かったのだろうか?」


「強いて言うなら、何もかもねぇ」


 ベッドに腰掛けるニックの前で、しどけなく椅子に座ったムーナが応える。


「と言うか、アレで騙せると本当に思ってたわけぇ?」


「むぅ? 儂の変装は完璧だったではないか! あの為だけにわざわざご婦人用の服を仕立て直したのだぞ!?」


「そんなでっかいバァさんがいるわけないでしょぉ!? その時点で論外よぉ!」


「何と!?」


 驚くニックに、むしろムーナの方が驚きを隠せない。身長二メートルを超える筋肉達磨の婦人などというものがごく自然に存在する世界なんて想像するだけで恐ろしい。


「い、いや、しかし! 教会の尖塔からこっそり見守っていた時も気づかれたぞ? 近くで見守りたいのを必死で我慢して距離を空けたというのに、何故!?」


「ニック殿の気配は強烈ですからな。拙僧ならば隣町くらいまで離れてもぼんやりとおられる方角くらいは感じられますぞ?」


 もう一人の同席者であるロンもまた、ニックに対してダメ出しをする。基人族に比べて竜人族の方が気配に敏感であることを差し引いても、ニックの存在感は強烈だ。


「そうなのか!? ぐぅぅ、なんと言うことだ。儂の溢れ出る娘への愛がこんなところで障害になるとは……」


「絶対違うけどぉ、もうそれでいいわよ。面倒くさい」


 拳を震わせ落ち込むニックに、ムーナが投げやりに言う。


「それにぃ、ニックったら私達に先行して魔物を倒したりしてたわよねぇ?」


「な、何のことだ?」


 ジロリと睨むムーナの視線に、ニックがフイッと顔をそらす。これっぽっちも誤魔化せていないその様子に、ムーナが大きくため息をつく。


「ハァ。普通に考えて、魔針木の森でクサイムにしか出会わないとかあり得ないでしょぉ? そもそも死体だけ片付けてあっても血の跡とかはそのままだったしぃ?」


 ちなみに、クサイムというのは人の手が加わっていない場所であれば何処にでも生息するプニョプニョした生き物だ。基本的には無害だが、一定以上の衝撃を与えると破裂して猛烈に臭い体液をまき散らすため、冒険者からは蛇蝎の如く嫌われている。


「ほ、他の魔物が食い荒らした後ではないのか? こう、がぶっと囓って血は流れたっものの、体は綺麗に丸呑みしたとか」


「ニック殿……そんな魔物があの森に生息していないのは、幾度もあそこで狩りをした拙僧達ならば全員わかっていることではありませぬか。まあ仮に百歩譲ってそうだったとしても、今後も同じ魔物・・・・が出現するというのは絶対に避けねばなりません。戦闘経験を積まねばならないことは、ニック殿とておわかりでしょう?」


「うむ、そうだな……確かにその通りだ」


 ロンからの苦言に、ニックはガックリと肩を落とす。自分が表だって守れないからと可能な限り危険を排除した結果、どうやらまたやり過ぎてしまったと自覚したからだ。


「……何度も申しますが、ニック殿はやり過ぎなのです。自重してこれなのでは、本当に一度距離をおいた方が互いにとって良いのではありませぬか?」


「……………………そうか」


 ニックの呟きを最後に、長く重い沈黙が部屋を満たす。だがそれを破ったのもまた、ニックの言葉だった。


フレイを守る。ただそれだけを胸に生きてきたが……その儂の存在こそが、娘の成長を妨げる要因であったか。はは、儂は本当の意味で、勇者パーティの足手まといであったとは……」


「ニック殿……」


「わかった。儂は明日この町を発つ。お主達と距離をあけるため、そうだな……とりあえずは内地の国を目指すか」


 世界は丸い。まるで料理を運ぶトレイのように平たく丸いのが世界だ。その周囲は海に囲まれており、古来より幾人もの勇敢な船乗りが世界の外を求めて船を出したが、ただ一人として戻ってきた者はいない。


 ただひとつの丸くて巨大な大陸。その西側三分の一が今や魔族の領域だ。残る東の領域の北が獣人族、中央が基人族、南をエルフやドワーフなどの精人族がそれぞれ統治しており、この場合の内地とは基人族の国を指している。


「なあ、ムーナにロンよ。幾人もが加わっては抜けていった勇者パーティであったが、今残っているのはお主達二人だけだ。故に伏して頼む。どうか娘を、フレイを守ってやってくれ。勇者ではなく儂の娘を、お主達二人に託す」


 言ってニックは深々とその頭をさげた。いつも豪快に笑っていたいつものニックとの違いに戸惑う二人だったが、そこに在る娘を想う親の愛に、否やなど在ろうはずも無い。


「お任せ下されニック殿。何処までやれるかはわかりませぬが、拙僧の力の及ぶ限りフレイ殿はお守り致します」


「そうねぇ。何だかんだであの子とも長い付き合いになってきたしぃ? ちょっとくらいはサービスしてあげるわよぉ?」


「かたじけない。流石に内地まで行ってしまうと、助けを呼ばれても戻ってくるのに五分はかかるからな」


 何気なく言われたニックの言葉に、ムーナとロンの体がピキリと固まる。数日前に魔神の話を聞いたときのアレだ。


 なお、魔神はあの後いつの間にか姿が消えていた。気にはなったが現実的にどうすることもできないということで、その件に関しては触れないということで勇者パーティの見解は統一されている。


「……いえ、内地からここまで馬車で一ヶ月くらいかかりますよね? ニック殿そんなに速く走れるんですか?」


「全力であればそのくらいいくであろう? まあ通り道にあったものが根こそぎ吹き飛ぶであろうから、普段はそんなことはせんが……」


「ちょっとロン! 今すぐコイツに永続効果の弱体化魔法をかけなさい! 絶対コイツ野放しにしたら駄目な奴よぉ!?」


「そんな凶悪な魔法使えませんよ。仮に使えたとしても、ニック殿に効果があるとは思えないですし。


 むしろムーナ殿の方こそ、得意の古代魔法に強力な呪いとかそういうのは無いのですか?」


「無いわよぉ! こんな筋肉バカに効く魔法なんて何処まで遡っても無いわぁ! ホントあんた大概にしなさいよぉ!」


「何をそんなに興奮しておるのだ!? 自重するために少し距離をあけるが、いざという時は呼んでくれというそれだけの話ではないか!」


「違うわぁ、全然違うわよぉ!」


「おおおぅ!? や、やめんかはしたない!」


 椅子から立ち上がり全力でニックの肩を揺らすムーナ。ガクガクと揺れるニックの顔の前でムーナの巨乳もブルブルと震えるが、当のムーナはそれどころではない。


「ムーナ殿、落ち着いてくだされ! ニック殿には何を言っても無駄でありましょう」


「はぁ、はぁ、そうねぇ。もう何を言っても無駄よねぇ」


「ぬぅ、何だか儂の扱いが雑ではないか?」


「アンタの存在そのものが雑なのよぉ! フレイの方はアタシ達がいい具合に見ておくから、もうアンタはさっさと旅立ちなさい! ほらほらほら!」


「お、おい待て! 今からか!? 明日旅立つと言ったではないか!」


「もう面倒見切れないのよぉ! 行かないって言うなら、アタシにも考えがあるわよぉ?」


「ほほぅ。儂を脅すと?」


 不適に笑うニックを前に、ムーナは己の服に手をかけ豊満な胸を白日の下にまろび出すと、おもむろに大きく息を吸い込み叫んだ。


「キャー! おそわれるぅー! だれかぁ!」


「そ、それは流石に卑怯であろう!? わ、わかった! 今すぐ出て行く! 行くから!」


「今すぐ出て、イク!? 大変よぉ! フレイの弟か妹が出来ちゃうわぁ!」


「うぉぉぉぉ!? さ、さらばだ! 娘のことは頼んだぞ!」


 取るものも取りあえずニックが飛び出していき、部屋の中にはムーナとロンだけが取り残された。


「ムーナ殿、今のは流石にマズいのでは?」


「大丈夫よぉ。ちゃんと消音の魔法は使ってあるもの。それにこのくらいしないとアイツは何だかんだって言って出て行かないもの。全く過保護にも程があるわぁ」


 種族の違いからムーナに性的魅力を感じることの無いロンに、服を直しながらムーナが答える。


「愛が深いというのも考え物ですな。さて、フレイ殿になんと言って説明したものか」


「あっちはあっちで大変だものねぇ」


 顔を見合わせ苦笑いを浮かべる二人。そんな彼らの苦労を知ること無く、今度こそ本当にニックは勇者パーティから離脱するのだった。

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