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父、見送られる

「もう行くのかい?」


 盗賊事件から二日後。旅支度を調えたニックが町の門にさしかかると、そこにはヒトナミーナが待っていた。


「ミーナか。まあな」


「随分早い出立じゃないか。もう少しくらいここで一緒に仕事をしていかないのかい? アンタなら――」


「はは。魅力的な提案ではあるが、あまり一つ所に長居するつもりは無いのだ。それに別れの挨拶ならば昨日のうちに済ませたであろう?」


「まあね。昼間から飲む酒ってだけでも最高なのに、それが他人の奢りとくれば、まさに天上の美酒だったよ」


 笑顔で言うニックに、ヒトナミーナもまたニヤリと笑って返す。激しい死闘を終えたということで、ヒトナミーナとヨワゴシは昨日は仕事を休んでいた。それを知ったニックが二人に声をかけ、先日の約束を果たすとして二人に酒をご馳走したのだ。


「唯一誤算があるとすれば、ヨワゴシがあそこまで酒に弱いとは思わなかったてことだねぇ」


「ははは。まあ人には向き不向きがあるからな」


 その時のことを思い出し、二人は揃って苦笑いを浮かべる。酒を飲むのは人生で三度目だというヨワゴシはエール数杯で酔っ払ってしまったうえに、その酔い方は泣き上戸であった。


 泣いてすがられたヒトナミーナはどうしていいか困り果て……だがそこで言われた言葉を思い出し、ヒトナミーナの顔が優しく微笑む。


「出遅れはあっても、手遅れはない、か……まさか自分の言葉を他人に言われる日が来るとはねぇ」


 それは泣いたヨワゴシの告白。自身もまた酒に酔い、フリータとの過去を知られたことで弱気になってしまったヒトナミーナが漏らした「本当にアタイみたいなのでいいのかい?」という問いに対する、ヨワゴシの本心からの叫び。


――『僕は確かに四年間ヒトナミーナさんを見ているだけしかできなかったへたれ野郎です。でもその四年があったからこそ、僕はこうしてヒトナミーナさんの隣にいられるようになったんです!


 僕は誰より出遅れました。でも手遅れなんかじゃありません! 僕が最後の男になって、ヒトナミーナさんを幸せにしてみせます!』――


「ふふっ、人の腰に抱きついて泣いてるような男が、あんなことを言うなんてねぇ」


 最初は自分を慰めるために考えた、言い訳のような言葉。だがそれが他人を救い、巡り巡って自分をも救うことになったという数奇な事実に、ヒトナミーナは感慨深げに微笑む。


「それで? ミーナはどう応えるつもりなのだ?」


「さあねぇ。ま、とりあえずしばらくはパーティを組んでみるつもりさ。そもそもヨワゴシの奴、昨日のこと全然覚えてないみたいだしね」


「そうなのか!? それはまた……いや、彼奴らしいと言えばそうなのか?」


 ほんの数日の付き合いではあるが、肝心なところを決めきれないのが実にヨワゴシらしいとニックは笑う。


 なお、この場にヨワゴシがいないのはそれが理由だ。記憶の喪失に加え酷い頭痛に苛まれているため、ヨワゴシは今も宿のベッドで一人苦痛に呻いている。二日酔いを抜く魔法や薬はあるが、銅級冒険者が寝ていれば治る状態異常に金をかけるはずもない。


「どっちみち、今更焦るようなこともないしね。今度はゆっくりやっていくさ。本当の自分をさらけ出して……そうしたらヨワゴシがアタイに愛想を尽かすかも知れないけどね」


 自分がどんな生き方をしてきたかは、自分こそが一番知っている。自虐的に笑うヒトナミーナの肩に、ニックは力強く手を置く。


「そんなことはない……などとは言わぬ。遠くから見ているのと共に時を過ごすのとでは、当然見えるものは違うからな。だが正直に己を晒したならば、その結果に悔いは残らぬ。


 人生は長く、その全てが成功するなどあり得ん。だからこそ良きことも悪しきことも、己が納得できることが重要なのだ。


 後悔の無い人生をおくれ。命潰えるその時に、笑って死ねるようにな」


「参考にさせてもらうよ。ねえニック……アンタには本当に世話になったね」


「む? 何だ改まって。儂は大したことはしておらんぞ?」


 意味深な視線を送るヒトナミーナに、しかしニックは首を傾げるのみ。


「……………………」


「……………………」


 そのまま無言で見つめ合う二人だったが、先に折れたのはヒトナミーナの方だった。


「ハァ。まあいいさ。とにかくアタイが言いたいのはこれだけさ……ありがとう。アンタはアタイの……いや、アタイ達の恩人だ」


 スッとヒトナミーナが右手を差し出す。だがニックはその手を取ることはない。


「恩人とは大仰だな。今まで通りの友人と言ってくれるなら、その手を取るのもやぶさかではないが?」


「ふっ、ニックには敵わないね。いいとも! アンタはアタイの友人だ! まったく、たった数日でこれだけアタイの人生をひっくり返せるんだから、本当に大した男だよ!」


 笑いながらニックの手を取り、ヒトナミーナが強引に握手をする。今度はニックもその手を握り返し、互いの手の感触が二人の胸に確かに絆を感じさせた。


「それで? これからニックは何処に行くんだい?」


「行き先はまだ決めておらんな。まあ適当に近くの町をふらふらしながら面白そうな場所を探ってみるとかか。あ、そうだ。一つ頼みがあるのだが」


「なんだい? 前も言ったけど、アタイにできることなら大抵のことは協力するよ?」


「うむ。実は儂は古代遺跡の情報を集めておってな。もし珍しい遺跡やあまり人に知られていない遺跡などの情報があったら、冒険者ギルドで儂宛てに言づてを残しておいてくれんか?」


 ある程度親しくなった相手にはいつもしている頼み事を、ニックは今回も口にする。それを聞いたヒトナミーナは、笑顔で大きく頷いた。


「ああ、そんなことかい。いいよ。アタイも所詮鉄級だから古代遺跡に関わるような仕事は自力で受けたりできないだろうから、集まっても精々噂くらいだろうけど」


「それでいいのだ。儂が知りたいのはむしろそういうのだからな。小さな村などに立ち寄った時に、その村の者しか知らぬような噂とか、そういう話を集めてくれればいいのだ」


「それならアタイにも協力できそうだね。わかった、ヨワゴシにも言っとくよ」


「頼んだぞ。では、縁があればまた会おう!」


 言ってニックは背を翻し、ヨクアールの町を後にする。そうして背後に手を振るヒトナミーナの気配が無くなった辺りで、腰の鞄から声が聞こえてきた。


『今回は随分と短い滞在だったな。普段ならもう少し長居するのではないか?』


「ん? まあそうなのだが、ちょっとな」


『ふむ?』


 今一つ煮え切らないニックの言葉に、オーゼンは思わず疑問の声をあげる。実際いつもならもうしばらく滞在して遺跡の情報などを集めるのだが、今回はそれをしていない。


 だが、その理由をニックは語らない。新たな幸せを育んでいくであろう二人を前に、マインとの日々を思い出してほんの少しだけ切なくなったなど、たとえ相棒であろうとも語るのはなんだか恥ずかしかった。


「さ、それより次は何処に向かうか? 大枠で行ってない場所というと後は獣人領域か……でなければ海の方か? どちらも大分距離はあるから、幾つもの町を経由することになるとは思うが」


『ふむ。獣人には貴様と出会った最初の村で会っているから、それならば海だな。確か海底にも百練の迷宮はあったはず』


「そうか! よし、では次の目的地は海だ!」


 進む方向が決まり、ニックはゆっくりと町の周囲を回り出す。海は反対方向だったが、流石に今から町に戻ってヒトナミーナと顔を合わせるのは気まずいが故だ。


『なんというか、締まらん旅の始まりだな……』


「ガッハッハ。まあこういう日もあるということだ。ふむ、反対の門であればミーナもいないであろうし、いっそ町中に戻ってあの美味い煮込みを買い込んでみるか?」


『……我は食事をとらぬから強く否定はしないが、そこであの二人に鉢合わせする方がよほど気まずいのではないか?』


「ぬぅ、確かに。ではそれも将来の楽しみにとっておくか」


 言ってニックは空を見上げる。高く澄んだ秋の空には、かつての自分と妻のように仲良く寄り添う二人の友の姿が浮かんで見えた。

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