冒険者達、けりをつける
「ふざけんなこの野郎!」
仲間の死に硬直していた盗賊達が、ヒトナミーナを押さえていた手を離して腰から剣を抜き放つ――その隙を見逃すほどヒトナミーナは甘くない。
「ぐあっ!?」
「何!? チッ!」
「おっと、二人目は無理だったか。でもアタイを無視しちまうのは迂闊が過ぎるだろ?」
自分の上に倒れ込んでいる盗賊の腰から剣を抜き放ち、死体を思い切り蹴飛ばすことで足を押さえていた方の盗賊の体をよろけさせ、すかさず切りつけて倒す。そのまま返す刀で腕を押さえていた方の盗賊にも斬りかかったヒトナミーナだったが、流石にそちらは防がれてしまった。
「これで形勢は逆転……とまでは言わないけど、大分こっちに……ヨワゴシ!?」
五対一ではどうにもならずとも、三対一ならまだ望みはある。男を見せてくれた相棒に賞賛の一つも贈ろうと思ったヒトナミーナの目に飛び込んだのは、再びフリータと対峙するために自分に背を向けたヨワゴシ……その背中にある大きな傷だった。
「アンタ、大怪我じゃないか!?」
「はは。大丈夫ですよ。それにこうするしかなかったんで……」
驚くヒトナミーナに、ヨワゴシは苦笑して答える。明らかに格上のフリータを相手にヨワゴシがヒトナミーナを助けるには、一撃食らう覚悟で背を向けて走るしかなかったのだ。
「それに……今ならさっきよりずっとマシに戦えますから」
「本当かい!? 無理するんじゃないよ?」
「わかってます。だからこちらは任せてください」
それだけ言うと、ヨワゴシは一旦ヒトナミーナへの意識を消す。自分より強い人が、自分の相手より弱い相手と戦っているのだ。それを心配するなどおこがましいし、そもそもそんな余裕もない。
「ハァ……ハァ……」
ヨワゴシの背中に刻まれた傷は、致命傷でこそないが決して軽くはない。流れ落ちる血が意識を遠のかせ、焼け付くような痛みが意識を引き戻す。そのギリギリのせめぎ合いのなかで、ヨワゴシの頭はこれまでよりずっと冷えていた。
「チッ、死に損ないの糞が! お前もう本当に死ねよ!」
「嫌だ!」
ガギィンと音を立てて、苛立ちを込めて放たれたフリータの剣をヨワゴシが受け止める。その手応えの違いに、フリータは思わず顔をしかめる。
「何だ? さっきと手応えが……?」
「ハァ……ハァ……」
(できる。今なら……)
さっきまでのヨワゴシは、感情に任せて剣を振るっていただけだった。そこにはせっかく教えて貰った体捌きなど微塵も生きていない。
だが、今は違う。ヒトナミーナが窮地に陥ったこと、そして自分が大きな怪我を負ったことで冷静さを取り戻し、今のヨワゴシはニックと特訓した成果を十全に発揮している。
「チッ、まあいいか。オラオラオラオラ!」
「えっ!? あ、ちょっ!?」
……だが、訓練でちょっと強くなったといっても、ヨワゴシは所詮銅級冒険者。その力はヒトナミーナには及ばず、そして対峙するフリータはヒトナミーナより強い。つまり多少善戦できるようになったと言っても、当然そのままでは勝ち目は無い。
「ま、待って! 一旦! 一旦休憩とか挟みませんか!?」
「挟むわけねぇだろボケが! 死ね!」
「おっと、させないよ」
だが、そこに参戦したのは残りの盗賊を片付けたヒトナミーナだ。傷を負うのを厭わずとにかく早く盗賊達を倒しきったヒトナミーナの剣が、ヨワゴシを襲うフリータの剣を受け止める。
「よく頑張ったねヨワゴシ。ここからはアタイも一緒だよ」
「ミーナ、テメェ! この俺に剣を向けるつもりか!? ひとりぼっちでしょぼくれてたお前を助けてやったこの俺に!?」
「そうだね。そのことに関しては、本当に感謝してるよ。あの当時フリータがアタイを救ってくれたことも、アタイがアンタの生き方に憧れたことも、何もかも事実さ。でも、だからこそアタイはあの時の気持ちを誤魔化さない」
「だったら――」
「だからアタイはこう言うんだ。アタイの憧れたフリータならきっと言うであろうこの言葉を……『アタイは何者にも縛られない。それは当然、過去にもだ』ってね!」
「ヒトナミーナさん……っ!」
「さあ、やるよヨワゴシ。さっさと昔にケリをつけて、そしたら町に凱旋だ! 今日の酒はアタイが奢るよ」
「……ハイッ!」
ニヤリと笑うヒトナミーナに、ヨワゴシが輝くような笑顔で答える。たとえヒトナミーナの左腕がだらんと垂れ下がっていても、ヨワゴシの顔色が今にも倒れそうなほどに青白かろうとも、そこには希望が……未来が満ちていた。
「ウゼェウゼェウゼェウゼェ! 俺の邪魔をするやつは、みんなまとめて死にやがれ!」
「ヨワゴシ、下がんな!」
フリータの嵐のような猛攻を、ヒトナミーナが右腕の剣で受ける。苛立ちでフリータの剣筋が荒れているために防ぐだけなら簡単だが、逆に力は増しているため一撃ごとに右腕が悲鳴をあげているのがわかる。
「ヒトナミーナさん!?」
「防御はアタイがやる! アンタはとどめを頼む! アタイの過去に……思い出に、アンタが終止符を打つんだ!」
「ハイ!」
「ハァ!? お前等が俺を倒すだぁ!? 裸に剥かれて片腕の糞女と、今にも死にそうな糞雑魚が俺を!? 馬鹿にするのも大概にしやがれ!」
「ぐぅぅ……まだ、まだだよ!」
一撃ごとに腕がもげそうになり、ヒトナミーナは歯を食いしばる。だがそれでも剣を構える腕をおろすわけにはいかない。
(でも、もって後二、三撃。なら――)
肉を切らせて骨を断つ。ヒトナミーナはむき出しになった自分の肌にあえて剣を受けることで、その血しぶきでフリータの目を塞ぐことを考えていた。そうすればおそらく自分は死ぬだろうが、それ以外に勝ち筋を見いだすことができず……何より、自分の為にヨワゴシがしてくれたことを彼女もまた返したかった。
(ごめんよヨワゴシ。でもアンタならアタイなんかよりいい女がいくらでも――っ!?)
最後の一撃を誘うための前段階。これで最後とばかりに渾身の力を込めてヒトナミーナの剣がフリータの剣を受け止めた時……それは起こった。
「えっ!?」
「なっ!?」
ガシャーンという大きな音を立てて、フリータの剣が砕け散る。それは普通に考えればあり得ない光景で、そのあり得ない事態にフリータとヒトナミーナは呆気にとられ……そして唯一、銅級故に対人経験が乏しく、その現象があり得ないという事実を知らないが故に冷静だった男……ヨワゴシの溜めに溜めた一撃が放たれる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ぬあっ!?」
血を失いすぎて力を無くしていたヨワゴシが考えた最後の一撃、それは己の体重を全てのせた渾身の突きだ。
隙を見定め、残る全力を込めた一撃。それすら格上のフリータは反応して腰を落としたが、一瞬前まで自分の顔があった場所を死が突き抜けていき、その頭皮をザリッと削る感触にそのまま尻餅をついてしまう。
「ひ、ひぃぃ!? 頭、俺の頭が!?」
「いい面構えになったじゃないかいフリータ。さあ、これで終わりだよ」
ほとんど動かない腕になけなしの力を込めて、ヒトナミーナがフリータに剣を突きつける。その隣にはまるで幽鬼のようにふらふらと立つヨワゴシが、じっとフリータを睨み付けている。
「く、糞っ! 糞糞糞! お、覚えてろお前等! いつか必ず後悔させてやるからな!」
地に這いつくばり、必死の形相でフリータが逃げていく。その後ろ姿を、ヒトナミーナとヨワゴシはじっとその場で見つめていた。
「追わなくていいんですか?」
「構やしないよ。どのみち追いかける力ももう無いし……って、それより早くアンタの治療をしないと! アタイの荷物は……クソッ!」
その場にへたり込んでしまったヨワゴシを見て、ヒトナミーナが慌てて遠くに放り投げられた自分の鞄を探す。だが戦闘中に踏まれたのか鞄から液体がこぼれており、中の回復薬が割れてしまっているのは明白だ。
「ど、どうしよう? アンタ回復薬は……」
「そんな高いものは、ちょっと……ごめんなさい、僕もう……」
「ちょっ、縁起でも無いこと言うんじゃないよ! 何処か、何処かに何か……あっ!」
不意に、ヒトナミーナの視線の先に小さな瓶が転がっているのが見えた。精緻な細工が施されたその瓶は、明らかに高級な回復薬だ。
「フリータが落としていった? いや、そんなのどうでもいいね。ほら、回復薬だよ!」
「……………………」
「あーもうっ!」
ぐったりと目を閉じたままのヨワゴシに対し、ヒトナミーナは回復薬の半分を背中の傷に直接かけ、残り半分を自らの口に含んで――
「んっ……」
ヨワゴシの口に、ヒトナミーナの口が強引に押しつけられる。そのまま舌で口腔をこじ開けられると、ヨワゴシの喉がゴクリと回復薬を飲み込むのがわかる。
「はぁ、これでとりあえずは大丈夫か……」
回復薬は傷を治すことはできても、失った血を補ってはくれない。さしあたって死の危険からは逃れられたが、ヨワゴシには……そして自分にも休息が必要だ。
「こんな血の臭いが蔓延してるところ、すぐにでも離れないとヤバいんだけど……今は仕方ないか」
重い体を引きずって、ヒトナミーナは近くの木に背を預けた。
「……ありがとよ、ヨワゴシ。アンタ最高にいい男だよ」
その膝の上では、ヒトナミーナのむき出しの太ももと腹に顔を埋めたヨワゴシが、どこか幸せそうな顔で静かに眠っていた。