人並冒険者、悟る
「誰が見たって勝負はついてる! ならもういいじゃないか!」
「そういうことじゃねぇよ。俺の邪魔をするとか、どういうつもりだって言ってんだよ!」
「あぐっ!?」
「ヒトナミーナさん!?」
フリータが手にした剣の柄でヒトナミーナの腹を思い切り殴る。溜まらず腹を押さえて数歩後ずさったヒトナミーナに、ようやく体を起こしたヨワゴシが慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!? お前、ヒトナミーナさんになんてことを!」
「アァ!? 俺の女を俺がどうしようと勝手だろうが! あー、もう糞萎えたわ。なあミーナ、お前どうすんだ? 俺のものになって俺と自由を満喫するのか? それともあの時みたいに……俺から自由を奪おうとするのか?」
「アタイは……アタイは……」
苦しそうに切なそうに、ヒトナミーナが顔を歪める。濁った瞳、歪んだ顔のフリータのうえにかつての憧憬がぶれて重なり、どうしても気持ちが定まらない。
そして、そんなヒトナミーナを見てフリータの目からスッと感情が消えた。
「迷うとか無いわ。もういい。ついてくるなら適当に可愛がってやろうと思ったけど、お前はもう奴隷決定な。おい、お前等!」
「ようやく俺達の出番か」
フリータの呼び声に応えるように、周囲の木陰から薄汚い身なりの男達が五人現れる。その全員が手に武器を持ち、その顔は嫌らしくにやけている。
「その女はもういらねぇ。お前等で適当に遊んでいいぞ。あ、でもその後で娼館に売り払うから残るような怪我はさせるんじゃねぇぞ? 幾らいい体してるからって、所詮は年増だ。下手に回復薬なんか使わされたら赤字になるかも知れねぇからな」
「うひょー! 流石フリータだぜ! よーし、お前等囲め!」
「フリータ!? どうして――」
あっという間に男達に囲まれ、それでもなおヒトナミーナはフリータの名を呼ぶ。だが返ってきたのは侮蔑の視線と汚い罵倒。
「アァ? 俺を選ばなかった女のことなんざ知らねぇよ。気安く名前を呼ぶんじゃねぇ」
「フリータ…………っ」
「ヒトナミーナさん! ここは僕が――くっ!?」
「お前の相手は俺だよ!」
ヒトナミーナをかばおうとしたヨワゴシを、フリータの蹴りが跳ね飛ばす。ただし今度は追撃されることはなく、ヨワゴシが起き上がるのをフリータがニヤニヤした笑みで待ち構える。
「お前のせいで台無しじゃねぇか。ミーナがこれじゃ、もうあっさり殺すのはやめだ。精々いたぶってやるから、いい声で鳴けよ……なっ!」
「ぐっ、うぅ……っ!」
手加減されたフリータの攻撃に、ヨワゴシは防戦一方。必死に防ぎ続けるも、防御の合間を縫った攻撃が打ち身や切り傷を少しずつ増やしていく。
「オラオラ、どうしたどうした! もっといいとこ見せないと、お前のだーいすきなミーナちゃんがなぶられる様を見る前に気絶しちまうぜ?」
「うっ、ぐはっ!?」
「ヨワゴシ!」
「おっと、姉ちゃんの相手は俺達だぜ? もっと真剣にやらねーと……ほぉら!」
「あっ!? チッ、どうしようもない連中だね……っ!」
ヨワゴシの惨状に気をとられたヒトナミーナを、盗賊の振るう剣が捕らえる。一対一ならまず負けない相手であっても、流石に五人に囲まれてはどうしようもない。それでもヒトナミーナが戦えているのは、ひとえに盗賊達がヒトナミーナを殺すつもりがないからに過ぎない。
(せめてヨワゴシだけは逃がさなきゃ。でもどうしたら……)
「この状況で考え事はねーだろ!?」
「きゃあ!?」
そう考えた一瞬の隙をつかれ、ヒトナミーナの体が地面に倒される。そのまま四肢を押さえつけられてしまえば、女性の力ではどうしようもない。
「離せ、離すんだよこのっ!」
「おぅおぅ、気の強ぇ姉ちゃんだな。俺はそう言う女に無理矢理突っ込むのが大好きなんだ。期待しちまうぜ」
「ひぃぃ!?」
必死の抵抗をするヒトナミーナの頬を、上に乗った盗賊の男がべろりと舐める。そのおぞましい感触にヒトナミーナは思わず乙女のような悲鳴をあげてしまった。
「んじゃ、早速いただくとするか。お前等、ちゃんと押さえとけよ?」
「へいへい、わかってるよ。でも次は俺だからな?」
「わかってるって。くそっ、なかなか切れねーな。おい、暴れんな! うっかり切りすぎたら殺しちまうだろうが!」
「くっ……」
上に乗った男の手で、ヒトナミーナが着ている皮鎧や衣服が切り裂かれていく。肌に感じる冷たい感触に、ヒトナミーナの意識が狭まっていく。
(なんで、なんでこんなことになったんだろうねぇ……)
フリータと別れてからは、自暴自棄になっていた時期があった。その頃なら行きずりの男と寝たことなど数え切れないほどあるし、時にはこうして乱暴に襲われることだってなかったわけではない。
だからこの程度、なんてことない。そう思う……思えるはずなのに、心がそれを拒絶している。
新人に剣を教えるのが楽しかった。自分が指導した冒険者達が少しずつ強くなって、望む未来を手にできる自由を手にする姿を想像したら、それだけで嬉しかった。
冒険者の仕事も好きだった。自分の意思で仕事を選べる、力を振るう場所を選べる自由は、とても気持ちのいいものだった。好きなときに働いて好きなときに休んで、時には昼間から酒を飲んで羽目を外して……それはヒトナミーナが思い描いた理想の「自由」だ。
(アタイは……本当に馬鹿だったんだねぇ……)
その理想が。自分に理想を与えてくれた人がすぐ側にいる。自分に乗った男から顔を背けて横を見れば、そこにいるのは必死な形相で剣を振るう若者と、歪んだ愉悦の表情で剣を振るう男。
(フリータ、アンタはそんな顔してたんだ……やっとちゃんと見えたけど、できれば見たくなかったね……)
「ヒトナミーナさん! 待ってて、すぐ、すぐ助けに――あぐぁっ!?」
「ほれほれほれほれ! 油断するな! よそ見するな! いくらこれからお楽しみだからって、そっちばっかり意識してナニを膨らませてちゃすぐに死んじまうぜぇ?」
(ヨワゴシ……ああ、思い出した。アンタ確か、アタイが剣を教え始めてすぐの頃の生徒だね。妙に引っ込み思案で、こりゃ冒険者には向いてない、放っておくとすぐに死んじまうんじゃないかと思って少し気合いを入れて指導してやったけど……そうか、アンタあれからずっと頑張って生き残ってたんだねぇ。
ごめんよ、アタイなんかのせいで巻き込んで……アタイはアンタに好かれるような綺麗な女じゃないんだ。アタイなんかもういいから、今すぐ逃げな。そのくらいの隙は作ってやるから……)
男に組み敷かれた女が何の抵抗もできないなんて嘘だ。何せ男は急所を晒しているのだから、責める手段はいくつもある。ただ問題はそれをやっても精々一人か二人しか倒せず、残った男達の怒りを買って死ぬより辛い地獄の責め苦を味わわされることだろうが……それでも目の前の青年を見捨てるよりは何倍もマシだ。
「はぁ、やっと切れたぜ。じゃ、今度こそ……いくぜぇ?」
いつの間にか、ヒトナミーナの衣服は全て切り裂かれていた。露出した肌が冷たい風に晒されるなか、ヒトナミーナの眼前に醜く屹立したソレを盗賊の男が誇示するように見せつけてくる。
「ハッ! そんな粗末なモノでアタイを満足させれるとでも思ってるのかい?」
「そんなのやってみりゃわかるだろ? こちとら大分ご無沙汰なんだ。二回や三回で終わると思うなよ?」
せめてもの強がりを言うヒトナミーナに、盗賊の男の顔が醜悪に歪む。数え切れないほど繰り返し慣れているはずの行為を前に、ヒトナミーナの頬には何故か一筋涙がこぼれ……その顔に熱い液体が降り注いだ。
「……えっ!?」
それは、熱く赤い血潮。ヒトナミーナのすぐ横に男の首がごろりと転がり、ドサッと倒れて覆い被さった首無しの胴体からは止めどなく血が噴き出していく。
「……テメェ、やりやがったな?」
「はぁ……はぁ……決めたんだ、変わるって……僕が……僕が! ヒトナミーナさんを守ってみせる!」
怒りに顔を歪めるフリータに背を向け、そこに立っていたのは……血濡れの剣をその手に持ち、いかにも頼りなさげな笑みを浮かべるヨワゴシであった。