弱腰冒険者、吼える
「……俺さっき、お前に言ったよな? 関係ねぇやつは黙ってろって」
「うっ……か、関係なくなんか無い! 僕は、僕はヒトナミーナさんの……」
ギロリと睨み付けるフリータの視線に怯えつつも、ヨワゴシは必死にそう声をあげ……そこで口ごもってしまった。
「何だよ。お前みたいな糞雑魚が俺のミーナの何だってんだよ?」
「それは……パーティメンバー?」
「ハッ! ならミーナは俺と組むからパーティは解散だ。さっさと消えろ糞が」
「そ、そんな一方的なのは認められない! そもそもお前……貴方には関係ないだろう! これは僕とヒトナミーナさんの問題だ!」
「アァ!? チッ、糞うぜぇ……おいミーナ。ならお前の口から言ってやれ。俺の女になるからパーティは解散だってな」
「う、うん。ヨワゴシ、あのね――」
「駄目だヒトナミーナさん! さっきのそいつの言葉を思い出すんだ!」
申し訳なさそうなヒトナミーナの言葉を、ヨワゴシは渾身の気力を振り絞って遮る。
「さっきの?」
「そうです! そいつ、僕達に出会ったときにこう言ったじゃないですか! 『お前達は俺の仲間が包囲した。大人しく武器を――』って! それってつまり、そいつは野盗かなにかだってことじゃないですか!」
「っ……!?」
「チッ、本当にうぜぇなテメェ」
必死に最後まで言い切ったヨワゴシの言葉に、ヒトナミーナは驚きの顔でフリータを見上げ、フリータは忌々しげに舌を鳴らす。
「フリータ? そんな、嘘だろ? だってアンタ、アタイよりずっと腕のいい冒険者だったじゃないか。もうすぐ銀級になるっていつも言ってたんだし、まさかそんな……」
「ぎ、ギルドカード! ギルドカードを見せてもらえれば、すぐにわかるはずです!」
冒険者の持つギルドカードには、ひとつだけ特殊な加工が為されている。それは「一定期間正規の依頼をこなしていないとヒビが入って割れる」というものだ。
仕組みとしては単純で、冒険者ギルドで依頼を受ける時にはギルドカードの提示が義務づけられているのだが、その際に専用の魔法道具にてギルドカードに魔力を補充しており、それが切れると割れるようになっているだけだ。
だが、単純だからこそ誤魔化しは効かない。少なくとも冒険者ギルドに顔を出せないような人物であれば、ギルドカードを維持することはできないのだ。
「フリータ? まさか本当に……!?」
「チッ。本当に面倒くせぇ……」
それまでぴったりと寄り添っていたフリータの体から、ヒトナミーナが一歩離れる。その様子に露骨に顔を歪めたフリータだったが、それでもまだ余裕の態度は崩さない。
「確かに俺はもう冒険者じゃない。気づいたんだよ、いつまでも他人に使われる便利屋みたいな立場なんて、全然自由じゃねぇなってさ。
そう、俺は自由な風だ。ミーナだって知ってるだろう? 俺は何者にも縛られない。たとえそれが偉そうな顔でふんぞり返ってる貴族や王族、そしてそいつらが自分に都合のいいように作り上げてる法律だろうとな!」
「そ、そんなのただの無法者――」
「うるせぇ、黙れ!」
「ヒィィ!?」
苛立たしげな声と共に、フリータが手にした剣を一閃した。突然目の前に走った死の閃光に、ヨワゴシは思わず情けない悲鳴をあげてしまう。
「フリータ!? 何するんだい!?」
「決まってんだろ。俺はいつだって俺の思うようにする。この糞うぜぇゴミ虫をぶっ殺すんだよ。大した金は持ってねぇだろうが、装備もまとめて売り払えば小銭くらいにはなるだろうしな」
「そんな!? そんなの駄目だよ! そんなことしたら……」
「何だってんだ? おいミーナ、お前はまた俺を縛り付けるのか? やっと真の自由を得た俺を、お前はまたテメェの勝手で思い通りにしようってのか!?」
「ち、違うよ! アタイはそんなつもりは……でも……」
「でもも何もねぇんだよ! なあミーナ。お前が俺のもんだって言うなら、そこで黙って見てろ。なに、こんな雑魚なんて一発でぶっ殺して終わりさ。そうしたらまた二人で自由に生きようぜ?」
「フリータ。アタイは……」
「何が自由だ!」
震える足に力を入れて、ヨワゴシが叫ぶ。
「そんなもの自由でも何でも無い! ただの我が儘だ! 全部の責任を捨て去って好きなように振る舞うなんて、子供がだだをこねてるのと同じじゃないか! お前は……お前は自由なんかじゃない! 自由に伴う責任を背負うことから逃げた、ただの盗賊だ!」
その叫びに、フリータの瞳が濁った。ゆっくりと剣を振りかぶると、視線の先にあるゴミを処理するためにまっすぐに剣を振り下ろす。
「……お前もう死ねよ」
「ぐうっ!?」
ガギィンという金属音と共に、二人の男の剣が交差した。大上段から振り下ろされた一撃をヨワゴシはかろうじて防いだが、その重さに思わず膝をつきそうになる。
「フリータ!? 何するんだい、やめとくれよ!」
「うるせぇ黙れミーナ! 俺の女なら口答えするな! 手伝う気がねぇなら、そこで黙って見とけ!」
「だ、大丈夫ですヒトナミーナさん。僕は……僕はこんな奴に負けませんから!」
「ハァ? なに調子に乗ってるわけ? こんな見え見えの一撃をギリギリで防いだくらいで? 女の前だからって……
あ、何だお前。ひょっとして俺のミーナに気でもあるとか?」
「……そうだ! 僕は、僕はヒトナミーナさんが好きだ!」
ヘラヘラと笑うフリータに、ヨワゴシがはっきりと言い返す。それが意外だったのかフリータは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
「なんだ、そういうことか。妙に食い下がってくるから何かと思ったが、お前もこの体にたぶらかされた口か。まあ確かにいい体してるもんなぁ? どうだ? 俺のお下がりは気持ちよかったか?」
「そ、そんなのじゃない! 僕のヒトナミーナさんへの想いは、そんなのじゃ……」
「あれ? まさかまだ抱いてないのか? 嘘だろ!? 俺なんて声かけてから抱くまで一週間もかからなかったんだぞ!? こんな尻軽を抱けねぇとか、どれだけ腰抜けなんだよ」
「ヒトナミーナさんを悪く言うなぁ!」
剣戟の音を響かせながら、二人の男が打ち合う。だがヨワゴシの必死の打ち込みもフリータには全く届かない。
「悪く? ハッ! 俺は本当のことを言ってるだけだぜ? 知ってるか? コイツ初めての時から俺の上に乗って腰を振ってたんだぜ? 俺を喜ばせたいからって、へったくそな演技でアンアン喘いでよぉ! ありゃ最高だったぜ。
あぁ、今はどうなってるんだろうな? これだけ歳とってりゃもうガバガバなんだろうが、それでもこの乳と尻なら揉み甲斐がありそうだ。お前をぶっ殺したらたっぷり楽しんで……いや、むしろ瀕死の状態にして、お前の目の前でヤる方が楽しそうか? ギャーッハッハッハ! これぞ最高の『自由』だぜぇ!」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!!」
大きく振りかぶったヨワゴシの一撃が、笑うフリータに目がけて打ち下ろされる。だがフリータはそれを余裕で回避し、ヨワゴシの剣が地面を叩いたところで横から蹴りを入れた。
「うぐっ……」
「へっ。テメェみたいな腰抜け野郎は、そうして地面に這いつくばってるのがお似合いだぜ。ほら、これで終わりだ」
倒れたヨワゴシの頭に、フリータの剣が落ちていく。この体勢ではどうすることもできず、ヨワゴシは目前に迫る死を前にギュッと目を閉じて……
キィン!
「……おいミーナ、何のつもりだ?」
ヨワゴシの死の運命を阻んだのは、未だ色濃く戸惑いの表情を浮かべたヒトナミーナの剣だった。